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Frail Guardian  作者: あずみ
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片道切符

二、三日中にもう一本上げたいなぁと思っております。

ブクマ、評価下さった方々ありがとうございます!


 明人がその獣に目を奪われていると、横にいたローターが女に声を掛ける。

「お、フィーリアか。今日はもう上がってる筈だぜ?どうした」

 すると女が此方に振り向く。白い肌に透き通る様な金髪、涼し気な青の眼、凛とした雰囲気の、雪の結晶が人にでもなった様な冷たい印象の美人。これが彼女を見た瞬間の明人の印象だった。

 その美女がこれまた冷たい印象の声で口を開いた。

「夕食を食べてただけよ。帰って何か作るのも面倒で」

「そうか、丁度いい、こいつが明人だ。あの地上から呼びだされた、地上人の」

 ローターにおもむろに自分を指さされ明人が狼狽えるが、フィーリアと呼ばれた女性がじっと明人を見詰める。

「……そう、あなたが。悪いわね、私達の都合で振り回して」

「いや、大丈夫だ」

 明人が答えると、「さてと」とフィーリアが立ち上がる。

「何だもう行っちまうのか?まだいるなら報告が終わった後、こいつの保安課の案内を頼もうと思ってたんだが」

 平然と言うローターに、え!?と明人が素っ頓狂な声を上げるが、フィーリアは構わず明人をじっと見た後嘆息してこういった。

「そうね、この人がその明人なら、私もそうしてあげた方が良いのは分かるけど、悪いけど明日私非番なの」

 その言葉から何かを察したようにローターが「ああ」と声を上げた。訳が分からない明人は、狼狽する様に二人を交互に見比べる。

 すると明人は、フィーリアの肩のFrail Guardianが、ローターと自分ををじっと見つめていたに気がつく。ローターがそのFrail Guardianの視線に気づき眼を合わせると、Frail Guardianの尻尾が上機嫌そうに揺れていた。

 そして恐る恐る自分もそのFrail Gardianの眼を見ると、そのFrail Guardianはまるで明人の心もお見通し、とでもいわんばかりに此方を真っ直ぐにみつめ、ローターの時と同様に尻尾を上げたまま軽く振ってくれた。

「それじゃ、私急ぐから」

 そしてフィーリアがそのまま席を立って行ってしまうと、何処となく緊張がほぐれ胸を撫でおろす。その後明人が思い出したよう、にフィーリアが消えた方向に指を指した。

「……なあ、今のFrail Guardianってもしかして」

 ああ、とローターが声を上げて答える。

「野生種だ。フィーリアは野生種のHost Animalに選ばれている」

 驚く明人にローターが笑う。

「つっても楽じゃないぜ、野生種は基本野生での生活を好むんだ。だから野生種のHost Animalは通常自然の中で生活しなきゃいけなくなる……んだが、どうもあの「レベッカ」は相当フィーリアに入れ込んでるみたいでな。お互いの折衷案で、フィーリアは野原に近い方の郊外に住居を探した。この間一緒に行った「端」とはまた別の方向の、ずっと遠い所にある場所だ。此処に通うのも一苦労だろうよ」

 さて、案内人を逃がしちまったなぁとローターが嘯いた。

「ま、報告が先か。適当に座ってくれ」

 促され、明人がすぐ傍の椅子に腰を下ろすと、ローターが暖かいお茶を出してくれた。それに口を付け乍ら、で、そっちの天気はどうだった?とローターに話を振られたのだった。

 明人は地上でつけていたメモをテーブルに置きながら話す。

「……どうもこうも、こっちの天気は別になんも変わってない。此処二日は良く晴れて、今日は晴れた後、夕方に夕立が降って雷が鳴った。一時間とちょっと位だな、いつも通りすぎて特に報告するような事は何も起きてない」

 ローターの顔見るなり明人がため息を吐いた二番目の理由、それを言うと意外な事に、興味深げに「へぇ」とローターが声を上げた。

「実はこっちの天候も此処二日は落ち着いてたんだ。だが、今日の夕方保安員が派遣されたらしい。天空都市の島々から少し離れた場所に、積乱雲が発生したみたいでな」

「……積乱雲って、要するに雷雲だよな?」

 明人の言葉にローターが「ああ」と頷く。

「事が大きくなる前に手を打って鎮圧。少しばっかり長く居座っちゃいたが積乱雲も無事衰弱して収束。大事には至らなかったよ……が」

 ふむ、とローターが明人のメモを眺め何かを思案しながら口を開いた。

「もしな、こりゃ俺の私見だが、今日こっちの空で鎮圧に失敗して積乱雲が暴走したら、恐らく明人の所もただじゃあ済まなかったんじゃあないかと思ってな」

「…………………」

「いや、こじ付けかもしれない。こっちじゃ珍しい場所に積乱雲が出来たが、明人の世界じゃこの時期の積乱雲は別に珍しくないっていうからな。だが、俺はやっぱり関りがあると思ってるんだ。だから引き続き、明人は明人の世界の空を観察しててくれ、何でもない日でもその状態が何日続いてどう変わっていったかとか、注意すべき点はある筈だ。このメモは研究職の奴等に回すから貰っとくぜ?」

「……分かったよ」

 返事をすると嬉しそうな笑みを浮かべながら、メモ用紙をローターが回収する。明人が紅茶によく似た味と香りのするお茶にもう一度口を付けると、さっさとローターは席を立ってしまった。

「さて、まだ初回だし今日はこんなもんか。俺はこれから書類作りだ、明人はどうする?忙しいなら帰ってもいいし、何だったら誰か捕まえて保安課を見学してってもいいぜ」

「……見学って、それ仕事の邪魔じゃないのか?」

 怪訝な顔をする明人にローターが人懐っこく笑って見せた。

「構わないさ、一応お前の事は保安課の人間には周知してあって、恐らくこれからもっと別の事でも頼られるだろうよ。そん時にざっとでも施設の事を知っておいてもらっておいて損はない。ま、興味があればだが」

 興味がない事もないのだが、ここの職員の誰かの時間を取らせるのも忍びない。それにこの夜に他に誰かなど―――

 明人が慌てて答える。

「いや、俺今日はもう帰るよ、案内は今度でいいからさ」

 そうか?とローターが答えると明人は急いで頷いた。

「ああ、俺も明日仕事あるし、今日の所は退散する」

 これ以上邪魔をしたくなかった明人は、そう言って首を振った。そしてどこか残念そうなローターが、「分かった」と頷いて明人を促し、保安課の、今日明人が最初に現れた部屋の中央に連れていかれる。

 此処まで来たら仕方がない、と言わんばかりにローターが何かの機械の前に立ったが、

「行くぞ……と、そうだ」

「?」

 慌ててローターが此方に走り寄り、明人の手に固めた樹脂の様な物を握らせる。

「何だこれ?」

 透明な、イミテーションのプラスチックでできたクリスタル、によく似た何か。やはり素材は今一何かよく分からない。それを眺めていると、ローターが嬉しそうに説明する。

「明人の世界でどこまで動いてくれるかは分からんが、急いで作らせたんだ。天空都市への片道切符だよ。帰りは此処で誰かが協力しなきゃならんが、それは適当にそこらにいる職員に声を掛けてくれ。これがちゃんと動作してくれれば、お前さん一人でも此方へ来れるんだ。何か急ぎ知らせたい事とかがあったら使ってくれ、それこそ暇な時なら、観光目的でも俺は構わない」

「観光って、お前……そんなこと言っていいのかよ」

「ああ、さっきも言ったが明人にこの都市や、施設の事を知っておいて貰って損はない。治安も悪くはないから出歩いても問題ないと思うしな。ただ通貨を持ってないだろうから何かを買ったり、ってのが出来ないとは思うが、腹減ったらさっきの食堂で保安課の現場担当にツケといてくれ。カウンターに話せばそれで話は通る」

「……わかった」

「それじゃいくぜ、引き留めて悪かったな」

 ローターが離れ機械の前に戻ったところで、明人は再度目を閉じた。音を立てて機械を稼働し、やがて明人の身体の周りに風が集まったかと思うと、次に眼を開けた時は自室の開け放した窓の前に立っていたのであった。

 そして我知らずそのまま自分の世界の空を見上げた。

「…………………」

 そこには天空都市で見た降る様な無数の星々が、これでもかと煌めく空ではなかった。が、夏の、まだ明るさの残る夜空に雲が流れ、その合間を控えめではあるが星が美しく瞬いていたのである。

 先程見た天空都市の空が、無数の宝石があしらわれた豪奢なアクセサリーが並ぶ店のショーケースなら、此方は思いの詰まった宝石を大切にしまった、箪笥の宝石箱といったところか。

 地上から見る低高度の夏の雲は、焼き立てのパンの様に密度が濃くふわふわで、空を泳ぐ様はゆったりとして見えた。天空都市から見える中程度から高高度に出来る、薄いベールの様な透けて見える雲とはまた違うのである。

 「空はどんなものも綺麗」

 誰にそう声を掛けられたわけではないが、ふと浮かんだその言葉に明人は誰ともなく妙に落ち着いた気分で「そうだな」と呟いていた。



 ―――疲れた体を引きずって扉を開ける。直ぐにシャワーを浴びて楽な服に着替えてしまい、ベッドに身を投げ出した。

 ベッドフレームのヘリに留まっていた相棒が、此方の額に自分の顔を近づける。それに微笑しフィーリア言った。

「ごめんなさいねレベッカ。三日ぶりの家になってしまったわね」

 指で首を掻いてやると、相棒は心地よさそうに眼を閉じた。その後深くフィーリアが息を吐く。

 職場から此処まで二時間以上……天候保安課の現場保安員は、心身共にハードな職で、彼女も帰宅が面倒な時は職場近くの安宿に泊まったり、夜勤はそのまま職場に泊まったりで帰らない事も多いが、なるべく休日前には無理をしてでも帰宅する様にしているのだ。

 無論レベッカの為である。心地よく撫でられていた相棒はやがて満足すると、自分の手をすり抜け野へと出て行ってしまった。

 それを見送りフィーリアは眼を閉じてしまう、後はレベッカ一匹に任せておけばいいからだ。

 なにせ此処はレベッカが選んだ場所なのだ。

 フィーリアは当初、もっと職場近くの郊外を探していたのだが、一日中レベッカと外で過ごす訳にもいかない都合上、どうしてもレベッカ一匹でも動き回れる安全な野原が必要だったのである。

 中々該当する場所が見つからない中彼方此方探し回り、やっと見つけたのが此処だったのだ。日ごろ命がけの仕事を手伝ってくれている、優秀なセンサーを持った相棒が此処なら安全であると判断した場所、レベッカが野生へと帰れる所。

 日ごろからフィーリアは、私が命を掛けて守る、とレベッカにそう宣言していた。それは天候保安課や他の人間も知る所である。なので、この野原近くでの生活はその一端であり、なくてはならないレベッカの栄養の様な物なのだ。

 レベッカは一匹で行動する際、この家を拠点として活動する。何かあった時は家に予め作ってある、幾つかのレベッカ用の小さな入り口から中へと逃げ込めば、大抵の脅威からは逃れられる。そして中にはHost Animalであるフィーリアもいるのだ。

 よしんばフィーリアが家から出ても、優秀なセンサーを持った相棒は、彼女が外に出た事を容易くキャッチできる為、活動の拠点を家からフィーリアへと移すのである。

 これが彼女とレベッカの間で取り決められた折衷案。野生種と人間の共存の環境であった。

 正直苦労がないとは言えないが、レベッカはフィーリアを選び、フィーリアもレベッカを守ると約束してHost Animalとなった以上、人間側の都合を一方的に押し付けるのではなく、お互いに落としどころをみつけていかなくてはならなかったのである。

「……………」

 とはいえ大変な事ばかりでもなかった。

 ベッドの中が暖まり疲労にまみれたフィーリアの意識は、あっという間に眠りの中へと落ちていく。それは実に心地よく、フィーリアはこの土地に来てから不眠などとは縁が無くなっていた。そうして起きれば大抵気分はスッキリしており、朝には最も優秀な検知器である相棒が選んだ、極上の自然の環境の中で休日をすごすことになるのであった。


挿絵(By みてみん)

カップ・写真素材提供 photo by すしぱく様(頂いた素材を少々トリミングして使っています)


フリー素材ぱくたそ→www.pakutaso.com


使いやすい写真素材が沢山ありますよー!



ひつじのはね様


小説「もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた」web版→小説家になろうhttps://ncode.syosetu.com/n7009fc/ 書籍化もされているのでそちらも是非!


羊毛フェルト作品→ひつじのはねhttps://sheepswing.theshop.jp/



幻獣好きは必見!

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