フィーリア
前にも書きましたが気象については素人が一生懸命……(以下略)
間違いを教えてくれるのは嬉しいですが、基本は細かい事は気にしねぇ!という豪気な方のみどうぞ。
人生で、一番最悪の気分の時の事だった。
この世の、いや、己の全てを呪いたい気分で歩いていた女の前に現れたのは、薄茶色の身体に黒い班のある、野生種のFrail Guardianだった。その獣に彼女は言った。
―――どうしたの?あなた、私になんて構ったら碌な事が無いわよ
―――それに、あなたのHost Animalはどうしたの?
するとその獣は、じっと女の眼を見据えたかと思えば、しきりに倒れた大木へ誘導し、座るよう促した。
促されるまま女が大木に腰を下ろすと、その獣は素早く肩へと駆け上がる。
驚く女に構わず、獣は彼女の肩に腰を下ろし、まるで己のHost Animalが見付かったかの様に、高らかに鳴いて見せたのだった。
地上からの上昇気流により大規模な積乱雲が発生、現在は上昇流と下降流の共存した成熟期となり、間もなく雲は対流圏界面に達し、雷を伴った雷雨が発生する模様。
―――総員直ちに出動
天候保安課が保持する飛空艇に乗っていた職員達に、緊張が走る。その場にいた人間は、全員が濃い青の制服の上から、黒いプラスチックの様な素材の装置、Feather Protectorを装着し、背中にはFrail Guardian専用のシェルターを背負っていた。
天候保安課の現場担当者の保安員の面々、その中でもFrail GuardianのHost Animalにして、天候災害鎮圧に直接当たる実行部隊の者達である。
アナウンスと共に分厚いゲートがゆっくりと開かれ、気圧差による突風が吹き込んだ。同時に彼等は一斉に飛び出しFeather Protectorの機能を業務レベルに引き上げる。
すると保安員達を球状のバリアが囲み、薄く発光する。
この事象から、業務中の彼等の様子はまるで妖精が飛んでいるようだ、と評されている。素早く空を蹴り目的地へと向かっていく様相は、まるでゴムまりが彼方此方の見えない壁に弾かれる様な動きを見せていた。
その球状のバリアは、一見すると使用者が透けて見え、まるで膜の様に薄いもの見えるが、その実、膜とは言えないほどの頑強さ厚さを誇り、むしろ「壁」といった方が程近い造りになっていた。
今回天候保安課より飛ばされた飛空艦艇は8隻、こうしてそれぞれの艦艇に割り当てられた保安員達は、指定されたエリアに着くなり投下されていく。
各々のポーチに魔力を相殺させる為の投機物、対魔力消滅用投擲物こと通称Destroyerを五つ持たされており、これが現在の唯一有力な天候災害に対する手段となっている。Destroyerは保安員を包む光の壁をすり抜け、「ある目標」を消滅させられる武器であり、また、こちらに向かって来た「ある目標」に向かって投げつけ、消し去る防御にもなっている。
そしてこの五つが尽きた時点で、保安員は作戦が成功しようが失敗しようが引き上げる事が義務となっているのだ。
目的地である積乱雲は、巨大ですぐに視認が可能。むしろその大きさから圧迫感すら覚える雲の固まりに、各々の投下ポイントから向かっていく。
第二艦艇から投下された、肩の辺りで髪を切りそろえた金髪碧眼の保安員が口を開いた。
「……嫌な風ね」
「上昇気流が空気を吸い上げてんだろ、今は上昇気流が優勢だが、もう少ししたら下降流も起こる。吸って吐いてってところだな」
それに別の職員が返すと、突如金髪の職員の背に負っているその箱の中からFrail Guardianの甲高い警戒音が発せられる。
「!」
すぐに体を反転させ、自分の相棒が鳴き声を上げた方向にDestroyerを投擲。するとその先で何事もなかった筈の空間が、突如ガスに火でも付けたかのように爆発を起こした。
保安員の女性の顔がしかめられた。
「……残存魔力、こんな所にまで」
「こいつに積乱雲の電子が反応して放電でもしたらまずかった。お前の相棒は優秀だな、フィーリア」
「余計なお世話よ」
言いながら積乱雲をめざし保安員達は進んだ。その時々でそれぞれの箱から鳴き声が響けばその場からは急いで撤退、または各々の相棒が示した方向へDestroyerを投げつける。投げつけた先では先程と同じく何もなかった場に突然電光が走ったり、発光したり等の反応が見られる。やがて第二艦艇の五人は積乱雲近辺へとたどり着き、その周りを探る様に動いていった。
フィーリアが背中の相棒に向かって呟く。
「さあ頼むわよレベッカ、まだ積乱雲の餌はこの付近にあるだけで、雲の中には取り込まれていない筈。この雲を増長させる残存魔力はどこ?」
残存魔力、これこそがあり得ない天候を引き起こす元凶と言われている物質である。
実行部隊の面々は、主にこの残存魔力を掃討し、異常気象を消滅、もしくは減退させるのが仕事なのだ。
他の四人も轟音と共に、雲の中で発光する積乱雲の周りを警戒し始める。
視線の先には対流圏界面に達し、かなとこ雲を広げ始める凶悪な雲の柱が、威圧感を持ってそこにあった。その巨大さ、雲の中で放電した時の轟音は圧巻であり、彼女が初任務で出動した時も積乱雲周辺の残存魔力の掃除任務であったが、その時は足がすくみ、何も出来ずに帰って来ていたりもした。
すると再度激しく箱の中の相棒が鳴き声を上げた。フィーリアは何も考えずそのまま全速力で高く左へと飛ぶ、その数秒後、フィーリアのいた場所に稲妻が走った。
眼を焼く閃光に轟音、Feather Protectorの壁越しにも感じるビリビリとしたエネルギーに全身の毛穴が開いた。衝撃が止むのを待ち、深く息を吐き、焦る己の心を殺して相棒の合図が出るまで辛抱強く目に見えない敵を捜索する。
すると一番先に動いたのは別の職員だった。下の方からDestroyerを投擲したであろう光と爆発音、更に別の職員も別方向から投擲を始めている様子が伝わってくる。
だがまだフィーリアにレベッカからの撤退の合図は出ていない、ならばまだ何処かに彼女の探す残存魔力は残っているということである。
更に探索していると、背中の相棒が突如が高く警戒音を発したので、フィーリアが素早くDestroyerを投擲する。
「!?」
だがDestroyerと接触した残存魔力はそのまま消える事なく、巨大な閃光を発した後、光の鞭の様なうねりを見せ、それが自分のFeather Protectorのバリアを強かに弾いたのだ。
衝撃を感じながら後方に吹っ飛ばされるフィーリア。障害物のない天空ではこういう場合不意を突かれると、物凄い距離を飛ばされてしまう。だがFeather Protectorが機能していれば気圧を調整し、魔力を利用して、まるでエアバッグに支えられる様に空中に停止する事ができる。
意識的に体制を整えればそれは尚更で、慌ててフィーリアが体制を整え、姿を現した残存魔力の光へと向き直る。すると自分を弾き飛ばしたその魔力の鞭は、目標を無くし、海藻の様に空をたゆたっていた。
「……物質化に使われて垂れ流されたのね」
そしてもう一本Destroyerを取り出すべく、大腿の辺りに装着されたポーチに手を伸ばす。だが一度Destroyerは投擲されている、ならばこのまま効果が及ぶのを待って自然消滅を待つ方が良いか、そんな事を思う間に、その光はうねり乍ら自ら積乱雲の中に突っ込んでいった。
「……いけない!」
積乱雲は通常、発達するだけ発達すればその大体が三十分から一時間ほどで萎み、衰弱し消えていく。だから発生した場所が天空都市から離れているのなら、そのまま放置すればよく、態々自分達が出張る必要もない。
だが、彼らが此処に居る理由がこの残存魔力にあるのである。
近年、空の彼方此方でこうした目に見えない残存魔力が放置されており、最近起こる天候災害は、通常の気象現象がこの残存魔力を取り込むことによって変異し、引き起こされている。
例を上げるならば、それこそ目の前にあるこの積乱雲は、今までならばこんな場所に発生した試しなどないのだが、周辺にある微小な残存魔力を小さな積雲が吸いエネルギーとし、上昇気流やそのほか現象を膨れ上がらせ、今やこの有様で自分達の前に立ちはだかっている、といった具合である。
しかも巨大化しながら、周辺にある別の残存魔力を取り込むことでエネルギーを増し、通常ならばとうに衰弱し消える筈のものが、延々とその場に鎮座して、そのまま天空都市の方角へと流れてきたりするのだ。
そして天空都市にこんな帯電した雲の柱の様な物が来たりしたら、大打撃を食う事になる。その対策として、異常気象を引き起こす元となる残存魔力を排除すべくDestroyerが開発されたのだ。
苦々しい表情を浮かべながら、フィーリアはDestroyerを握りしめる。今のでまた雲に魔力が取り込まれてしまったのだ、雲の中で激しい光が明滅している。恐らく雷の元となる氷晶の摩擦と電子が増幅されているのだろう。消し掛けたものをみすみす取り込まれてしまったのは苦しいが、今はそんな事悔いている暇はない。
他の職員もあちこちで奮闘しているらしく、何処かでDestroyerが投げられたであろう光が明滅している。そんな中背中の相棒が今、一際身を固くし耳をそばだて、警戒しだした事が背中越しに伝わってきた。
何かがくる、だが相棒は自分に逃げろとは示していなかった。フィーリアは慎重に空を蹴り積乱雲に近づいていくと、タイミングを見計らった様に背中の相棒が激しく鳴いた。それを逃さずフィーリアが跳躍しDestroyerを投擲する。
その一瞬後、残存魔力を喰らった積乱雲から、魔力を帯びた雷がフィーリアに向かって不自然な軌道で襲い掛かって来た。だがその前に投げていたDestroyerに魔力を相殺された雷は、それ以上彼女を追うことなくその場で雷鳴を轟かせ、消えていく。彼女は額に滲んでいた汗を拭った。
こんな感じで天候保安課の現場保安員達は、相棒の警告に一瞬でも遅れればダメージを喰らう。そんな油断ならない状況下、Frail Guardianと共に限界まで己の神経を研ぎ澄ますのである。
だが今回の作戦はまだマシな内容なのだ。雲がそんなに魔力を食っておらず、雲周辺の指定されたエリア内に残る、残存魔力を掃除すればいいという命令なのだから。もし雲が「それなりの残存魔力を食った後」で、作戦内容が雲の中へと入らなくてはならない様なものであれば、災害そのものがもっと大規模に膨れ上がるし、鎮圧の難易度も桁違いに上がる。
レベッカが更に高く鳴き、フィーリアが身を翻して別の空間に二本投擲。更にDestroyerに反応し活動をはじめた残存魔力に向かって、防御の一発を叩き込む。
そこで手元のDestroyerが尽きたので、フィーリアが腕のFeather Protectorを指でなぞり、そ撤退の連絡を入れて引き上げる。これで仲間には連絡が行っている筈で、後はまだ手元にDestroyerが残っている保安員にその場を任せる事になるのである。
―――その後彼女は待機していた天候保安課の事務所で、周辺魔力の掃除により、無事積乱雲はその後弱体化した事を知った。通常よりも三十分程長く存在したが、減衰期に入りやがて収束してそのまま消滅したとの報告を受けたのであった。
そんな彼女の肩には、薄茶の身体に黒い班のFrail Guardianが腰を落ち着けていたのだった。
今日も高温多湿、高気圧により晴れ渡り、夕方には地熱により発生した上昇気流により積乱雲が発生。夕立が降り雷を伴った激しい雷雨となり、一時酷く天気が荒れはしたが特にその後は問題もなく衰弱して収束。
すでに今は雲も少なく空には星が見えており、窓の外を眺めて明人はぼんやりとため息をついた。
あれから地上に戻された訳だが、特にローターに報告するような異常気象はなし、順調に日本の夏が過ぎていっていたのである。
あの後、ローターからは「兎に角まずはそっちの空の様子をよく見ていてくれ」とのことだったので、その日その日の天気を軽くメモに書きつけてはや三日。
おかしいおかしいと思っていた天気も、こうしてみると別に特別な事はなく、特に目立って報告するような事も無い為、こうして明人が溜息を吐いているのだ。
まあ、こちらの世界とあちらの世界が連動しているというのなら、恐らくこれはあちらの世界も何事もなく穏やかで、特に問題はなくいい兆候だ、という事なのかもしれない。そう思えば良い事なのかもしれないが、如何せん確証がなく、何もかもが手探りの自分にはじれったいことこの上ない。
何にせよ、協力すると言っておいて、これでは何の話も出来ないではないか、ともう一度ため息を吐いた。
「どうしたらいいんだ俺は」
軽く途方に暮れるが、アイディアは出ない。そしてそのまま窓辺に立って窓を全開にした。
其処から我知らず空を見上げる。
実は今日は、そろそろ約束の時間なのだ。
あの日の帰り際ローターに、今日のこの日この時間にこうしていろ、引っ張り上げるから、それじゃそれまで頼むぜ、といった具合に言われているのである。
取り敢えず頷くしかなかったので大人しく頷いてこうしている訳だが、
「………………」
正直、明人は心の中で葛藤していた。なにせあんな現実離れしたあの世界から、此方の世界に帰って来た時、実は自分は白昼夢でも見ていたのではないかと思ったりもしたのである。
ただそれにしては随分と生生しい夢であり、ただの夢幻と切り捨てられずにいるから、結局ここでこうしている訳なのだが。だが大人としてどうにも自分への突っ込みは止められない。
だが今は取り敢えず言われた通りの事をするだけである。これでもし何もなかったら、あれは本当にただの夢幻でいいと、そう腹を括ってこうしているのだ。
さて、また俺風にでも飛ばされるのかな、と思っていると、明人の身体に風が纏い始めた。
「よお明人」
明人を出迎えたのは何時かと同じ制服を着たローターである。肩に何時もの相棒を乗せて、何やら不敵な笑みを浮かべている。その顔を見ると出し抜けに「はあ」と明人がため息をつき、それにローターが虚を突かれたような顔をした。
「なんだぁ?いきなり人の顔見て溜息なんざ吐きやがって。夜だからって景気わりいぞ明人」
「夢じゃなかったんだな……じゃない、こっちも今は夜なのか。以前昼に来た時も普通に明るかったし、時差はないんだな」
「そうみたいだな、悪いな夜なんかに呼び出して。今日は俺が夜勤だから此処に居るのが夜になっちまった」
「……大変だな」
しみじみと明人が告げるが、ローターは特に気にもしていないように笑みを浮かべる。
「仕方ないさ、災害が何時発生しても良いように、常時何人かは待機してないとな。業種によっちゃこれがしょっちゅう、何ていうとこもあるんだろ?なんていう事はない」
ほら行くぞ、と促され明人が歩く。通されたのは職員用の食堂のようで、だだっ広い空間に無数のテーブルと椅子が並べられたそこは、勿論今の時間帯は人気もなくがらんとしていた。
だが明人は目を見張った。基本殺風景な場所ではあったが、その食堂には壁殆どと言っていい巨大な半円形アーチ窓が立ち並んでおり、シンプルながら趣向の凝らされたその窓のお陰で、これでもかと外の無数の星の煌めきが飛び込んできたのである。
その星の輝きの見事さに、明人はしばし呆然とした。田舎の夜の空だって此処まで美しく星は見えないだろう。前に来た時も思ったが、こちらは本当に空が清々しくて美しい。
その視界の隅で、何かが揺れた。
それは薄茶色の大きな羽だった。
促される様に目をやると、そこには誰も居ないと思っていた食堂の片隅で、いつか草原で見たものと同じ大きさの翼を持った生物と、その生き物を肩に乗せた金髪の女が座っていたのだった。
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