飼育種と野生種
フレイルの設定は「ひつじのはね」さまのFrail Guardianの写真集を参考にしております。
気になった方は機会があったら是非お手に取って下さい。
きっと貴方の別時空にも貴方の天空都市が出来上がるでしょう!
歩く事数分、先程の自分達が出て来た建物迄戻り、ローターに待つように言われた後、再度現れたローターは先程の制服に加え、謎の機材を身にまとっていた。
両二の腕、前腕に黒いプラスチックの様な素材の覆い、それが大腿と下腿、それからわき腹にも背中からCの字になる具合に装着されている。
器具自体はそんなに大きくなくデザインも簡素ではあるが、やはりイメージとしてはSFの世界に出てくるコスプレの様な気がしないでもない。極めつけは背中に背負ったプラスチックの様な陶器の様な、謎の素材の黒い箱である。
何を背負ってるんだ?と聞く間もなく、その背中にある籠目の隙間からベージュの毛並みが動き回るのが透けて見えたので、謎の箱の正体は大体分かった。
ローターに、じゃあ行くぜ、と声を掛けられ更に歩く。今度は先程から真反対の方向に突っ切ると、先程とは別方向の「世界の果て」に辿り着いた。
「……で、ここで何しようってんだよ?」
「此処から別の島に行くのさ。それじゃ明人もこれつけろ」
背中の箱以外、ローターが今自身の身体についているものと同じものを明人へと投げて寄こした。
「………………」
とりあえず言われるままにローターと同じ様にそれを装着していくが、付けてみれば思いのほか軽い事に気づき、明人は益々もってこれが一体何なのかが分からなくなっていた。
「付けたぞ?」
「お?中々様になってるな、よし、よく見てろよ」
言うなり、ローターは手すりを超え「世界の果て」から飛び降りてしまう。
明人が慌てて手すりに駆け寄った。
「おい!?」
だがその明人の前に、ローターがまるで空中に段でもあるかの様に空を蹴り、宙に浮かんで見せたのだ。唖然とする明人の顔を見てローターがしたり顔で笑う。
「驚いたか?これがアデーレの魔力と科学の融合だ。アデーレが何で天空の島々を天空都市として統合出来たかっていうのの答えがこの魔力と科学の融合の成功なんだが、ほら、明人も早く来い」
「……は?」
早く来いと言われて思わず柵から下を見る明人。
勿論そこに在るのはふわふわとした雲海のみ。
動物的な本能が悲鳴を上げ足がすくんだ。バンジージャンプだって紐があるというのに、素材もよく分からない無い謎の道具を身に着け、スカイダイビングよろしくの紐無しバンジーとはこれ如何に。
落ちたら助からない高さなのは確実であり、死を間近に感じたのは本日これで二度目である。狼狽えて跳ぼうとしない明人にローターは小首を傾げて促した。
「……おいどうした?早く来い」
「そ、そそそうは言ってもだな……」
「大丈夫だ。空に身体を投げ出せば自然と魔力が風を掴んで空気の段を作ってくれる。それを蹴れば行きたい方向へ進めるし、その場にとどまりたきゃその装置が自然に体を支えてくれる。感覚としては水に浮かんでる感じだ、早くやってみろ」
しれっと言ってのけるローターに明人は数秒半眼になった。そして普通の人間の意見を代表する様に渾身の勢いで叫ぶ。
「簡単に言うな!普通人は空飛ばねえだろ!」
するとローターが意地の悪い笑みを浮かべた。
「ほお?地上人てのは案外臆病だな。いけるいける、実は人ってのは飛べるようにできてるんだって!大人なのに知らねーのか明人は、しょーがねーなぁ」
「そーかそーか……なら天空人は空とか飛べるように骨とかすっかすかなのか?だったら後でタックルしてやるからな。構造的に飛ばない頑強な人体の地上人なめんなよ」
憎まれ口を叩いてはみるがこのままでは埒が明かない。明人はもう一度手すりの下を覗き唾を呑み込むが、どうせ一度死んだと思ったんだ、ままよ!と、とうとう手すりに足を掛け柵を超えた。
すると世界が青に包まれた。上も下も空と雲だけの世界の中風が全身に吹き付ける。
最初は落下する感覚に頭の中が真っ白になったが、やがて自分に吹き付けていたの風の密度が濃くなった様に感じ、掴む事さえ出来る気がしてきた。気が付けば、その密度の濃い風の固まりからジャンプする様に上空へと空を蹴っていたのだった。
すると蹴った分だけ身体が浮き上がり、止まりたいと思ったところで風船にでも支えられるような感覚で上昇が止まる。後は言われた通り水に浮いてるような心地であった。
「おう、よくやったな。どうだ、最初はふわふわして慣れないだろ?」
「前言撤回、本当に人って飛べるんだな……か、加減間違えたら変な所いっちまいそうだけど……」
そうしてぎくしゃくと動く明人をローターは笑い飛ばした。そして「練習がてらゆっくりで良いから付いて来いよ」と促し、ある方向へと空を蹴って行ってしまう。
置いて行かれまいと明人もそれに続くが、その不器用さを散々ローターにからかわれながらやっと別の島の岸について、一息つく。
そして素直に明人は感心した。
「……すごいな」
「ん?どうした」
「天空都市の人間ってのはもう当たり前に人が空を飛んでるんだな……」
それにローターがいや?と返した。それに明人が、え?と声を上げる。
「どうだろうな、それは天候保安課の業務用の装置だ。一般人がおいそれと付けられるもんじゃないからな」
……ちょっと待て、と明人が固まるが、ローターはさもありなんと続ける。
「大貴族でも難しいだろうよ。なんせそれまだ開発して日も浅いし、万一があったら事だ。ついでに言うなら職員でも持ち出しは許可制で、しかもそれ一個に結構な資金が投入されてる代物だからな。壊すなよ」
明人があんぐりと口を開けた。それをさっきこいつは放り投げて寄こしたというのだろうか、呆れている明人にローターは続ける。
「本来これは対天候災害鎮圧作戦時に使う装置だ。出力上げれば機動力も格段に上がるし、身体を守る鎧みたいな効果も発揮する。俺達が仕事をするときはこれを付けて災害鎮圧に向かう。まあそっちこそがその装置の本業になるわけだがな」
……なんだそれは、そんな業務用の危険物を何も知らない異世界人に付けさせたのか。しかも今開発して日も浅いだの、万一だの言わなかっただろうか。
そう思い明人が頭を抱えた。そんな明人に構わずローターはほら何時までも立ってないでいくぞ、と声を掛け明人を先へ促す。
降り立ったその天空の島は、一見首都の島の郊外を超えた所と変わらない穏やかな草原と森と青い空の島だった。一体此処に何があるのかと思っていると、やがてローターが此方に人差し指を立て小声で「いたぞ、静かに」と囁く。
「?」
静かに、と言われたのでそろそろと明人がローターに近づくと、ローターがある方向をちょいちょいと指さした。その先には草叢の中、今ローターが今背負っている箱の中に居るものと同じ生き物が数匹いたのである。
(あれは……)
ただしその翼はブチよりもずっと大きく、木から飛び降り軽やかに空を滑空しているものもいた。色もブチより濃いもの、薄いもの、班も黒いもの、無い者もおり、中には枝状の角を生やしたものもいる。明人が注意深く観察しているとローターが小声で補足する。
「……Frail Guardian。ブチと同じ奴の野生種だ。野生種は今や絶滅危惧種の貴重生物になっている」
「……絶滅危惧種?」
「―――あいつらもうこっちに気づいてやがった。けど敵意がないのが分かってんだろうな……流石だ」
此方に矛先を向けたあとそっぽを向いてしまう動物たちに、ローターにやりと笑うと隠れる必要もなくなったのか明人に堂々と向き直った。
「さっきも言ったがこいつらはFraile Guardian。空の化身とかなんとか呼ばれてて今じゃこの辺で位しか野生種はいない奴等だ。人に飼われてるのは少しずつ数を増やしてきてるが、野生種は今や希少種なんだと。ブチも此奴らと同類だ、ブチは飼育種だけどな」
「飼育種って?」
「人が飼うために繁殖させた種だよ、翼見れば大体分かる」
言われて箱の中の動物と、野を駆け回ってる動物の姿を見比べる。なるほど確かに野生種と言われた奴らの翼は大きく、ブチの翼はとても小さい。
「んで、此奴らの数が減った理由は簡単、俺達アデーレが天空都市を拡大させたからだな」
「……」
嫌な予感がして反射的に明人は黙った。起こる事はどの世界もそんなに変わらないのだろう、ローターが続ける。
「いわゆる外来種の流入ってやつさ。生息する天空の島に天敵がいなかったFraile Guardianは持ち込まれた肉食獣やらで一時激減したんだ」
「……それで?」
「その中で飼育種が数を増やしたってのも大方予想がつくだろ?一番はこいつ等を飼う有用性が人間側にあったんだな、外来種の流入で特に危険に関する感覚器の肥えた奴が生き残り繁殖した。だからFrail Guardianは危険察知能力がとんでもなく高いんだ。故に優秀な警報機替わりってんで飼育され始めたんだよ。まあこいつ等自身が生きていく為に「共生者」を求めたってのもあるが、結局は人間の都合の方が大きく優先された訳だ」
ペットか利便性か、概ね予想通りの言葉が返ってきた明人は何と言ったものか悩んだが率直な感想を述べる事にした。
「どこも一緒だな」
その答えに満足したのかローターが笑って見せた。
「それから飼育種は特に人に懐きやすい奴が繁殖されてきたから、野生種と違って子供のころから子飼いにすれば誰でもさっき言った「共生者」になれたりする訳だ。まさに人間側の都合の産物だな」
ならばこのローターもブチを子供の頃から飼い慣らし「共生者」となったわけか、と明人が無意識に箱へと視線を投げる。ローターは続けた。
「そんでこの共生者をHost Animalと呼ぶ」
「飼い主みたいなもんか?」
「少し違うな、どっちかって言うと主従関係よりも相互扶助って感じだよ。Frail GuardianはHost Animalに危険を知らせ、Host Animalはその危険を回避、解除する。そうする事で互いに生存率を上げて共闘して生き残る」
ローターの背負う箱の中でブチががさがさと音を立てて動き回った。何かを要求しているのだろう、ローターが分かったよ、と声を掛けると背中の箱を開け中からブチが飛び出してきた。
そして尻尾を上げ自分のHost Animalへ駆け寄ると頭を擦り付けて甘えている。
「明人には此処で少し、こいつらの話を聞いて欲しいんだ」
そう言うと、先程までのきびきびとした様子から、若干雰囲気が変わったローターが慣れた手つきでブチの頭を撫でていた。
ひつじのはね様
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