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Frail Guardian  作者: あずみ
2/21

水出し麦茶

気象については素人が一生懸命調べた感じです。

間違っているのを教えてくれるのは嬉しいですが、基本、こまけぇこた気にしないぜ!という豪気な方のみこの先へお進みください。

でも色々なお空の写真は綺麗だったなぁ。


 昔から自分は時々人が見えないものを見ていたりしていた。

 でもそれは多分死んだ人なんていう都合の良いものじゃない。

 けど、ならそれが一体何なのかは俺にも分からない。



 梅雨前線が弱まり太平洋高気圧に覆われて盛夏を迎える頃、空は晴れ渡り白いくっきりとした積雲が浮かぶ。これの大きいものが夏の空を思い浮かべた時に真っ先に出てくる一際白い無数の綿の固まりの様な大きい雲、俗に入道雲と言われるいわゆる雄大積雲。

 気温は高く高温多湿、高く澄み渡った空なのにジメジメとしたあの日本の典型的な夏がやってきたのである。

 どこまでも突き抜けるような青空と炎天下のアスファルトの道の中、眩暈を憶える様な気分で男は何時もの帰り道を歩いていた。そして家に着くなりエアコンのスイッチを入れると、すっかり汗ばみ火照った身体をそのまま床に投げ出す。ひんやりとした床が心地よいと思いながら目を閉じて大きく息を吐いた。

 この間の梅雨が嘘のようである。

 一息入れたら喉の渇きを思い出したので、重い身体を無理矢理起こして冷蔵庫へと向い冷たい麦茶を流し込む。煮だしたりなどという細かい事はしていない、水の中にパックを入れて放置しておいたものだが、冷たいものが身体を通り抜けて些か気分も落ち着く。

 部屋に戻り肌に服が張り付くのを指で摘み持ち上げながら、まったく水出しが悪いとは言わないが麦茶だって少し前までは煮だしたものを飲んでいたのに、と八つ当たりの様な事を考えた。

 この男の言う少し前というはおよそ一年前のこと、まだ恋人がいた頃の話しである。

 沙織という名前で空模様が好きらしく、空の色だとか天気だとかそれに伴う季節の事だとか、何か色々なものを調べていた娘だった。空を指さしては嬉しそうに雲や星を語り、池や花を指さしてはそれに伴う季節の事象を男に話して聞かせていたものだが、気象の事等全く分からない男は彼女の話など半分ぐらいしか分からなかったのだった。

 ただその中にあった「空はどんなものも綺麗だ」という言葉は今も妙に頭に残っている。

 少し控えめではあったがよく笑う明るい娘だったように思う。

 因みに自分はそんな彼女の顔が好きで付き合っていたのだと思っていたが、いなくなって気づいたがどうもそればかりではなかったらしい。

 結局のところ何で好きだったのかなど今になっても説明が出来ない。ただ一緒に居た頃は、彼女の顔を見れば取り敢えず嬉しくなったから、顔が好きなのだろうなあ、と、そう思っていただけなのであった。

「…………………」


 けれどその沙織が首を吊ったのが、大体一年前の梅雨の時期だったのである。


 直接の原因は今でも分からない。

 ただその前から徐々に彼女の心身が弱り、どうも仕事がうまくいかないとか、人との付き合いに疲れたとか、そんな様な事を口にする様になっていたのは知っていた。

 自分はそれに「なら仕事を辞めれば良い」だとか、「引っ越ししろよ、手伝うから」とか、そんな事を言っていたのだった。

 そうすると彼女はいつも悲しい様な、困った様な、何とも言えない表情を浮かべて黙り込んでしまうのだ。だから、蹲る彼女に幾度となくこう聞いた。


 ちゃんと言ってくれ、全部聞くから。言ってくれなきゃわからないだろ

 なぁ、うまく喋れなくても良いからさ


 だって最近ずっとそんな顔しかしないじゃないか……

 

 でも返事はなく、そうして結局自分も黙ってしまう。


 それでも方法はあると思っていた。とにかく正体の解らない「それ」を何とかするなり、駄目なら逃げるなりすれば良いと、

 それにほんとにいざとなったら、嫌な事全部放り投げて自分の所に転がり込んだって構わないとも伝えてはいたから、だから……

 ―――だから、まさか彼女が自分の思っていた「それ」から離れもせず、そのまま死んでしまうとは露程も思ってもいなかったのである。彼女の死を聞いた時、結局自分は全く持って彼女の事など分かっていなかったのだ、と突き付けられた気分になり、そして誰も居ない空間にぽつりと取りこのされたような妙な感じに囚われたのだった。

 その後は彼女が居なくなって、しばらくは悲しいというより呆然としていた。そうしている内に薄暗い梅雨が終わり夏になった頃、何時もなら彼女が来てこだわりの煮だし麦茶を作ってくれながら、延々と星や海の話しを聞かされる筈なのにそれがなく、物凄く久しぶりに自分で麦茶を作って「あ、本当にいないんだなぁ」等と嘯いていたのだった。

 水をポットに注いでパックを入れる。そこでふと、そういえば俺、何であの時無理矢理あいつを引っ越しさせなかったんだろ、と我知らず呟いていた。

 ……今思えばそれが全ての始まりとなった。

 些細な事ではあったのだが、これがまずかったのだ。

 其処から堰を切った様に、いや、いっそ親御さんにも相談して他に何か原因があるか聞けばよかったんじゃないか?だとか、いやいや、それ以前にいっそ同居すっか?って言った時に何か逆に困ったような顔をしてたし、あれが寧ろ追い詰めていたんじゃないか?だとか、いやいやいや、それ以前に諦めずに粘って話を聞き出していたらだとか、あらゆる後悔が己の腹から湧いて来た。


 あそこでああ言ったのが悪かったのではなかったか、

 あそこでああ言わなかったの悪かったのではないか、

 あそこでああしたのが悪かったのではないか、いや、ああしなかったから悪かったのではないか―――

 思い出される自分の言動の一つ一つが恐怖を招き、吐き気がして、背筋が凍った。

 今後悔しているものの中で、何か一つでも上手くやれていたらこんな事にまでなっていなかったのではないか、そんな思いがぐるぐると頭を巡る。

 だがもうどうしようもないのである。

 彼女はもういない、そう思ったら目の前が真っ暗になった気がした。


 ―――昔から自分は時々人が見えないものを見ていたりしていた。

 ―――でもそれは多分死んだ人なんていう都合の良いものじゃない。


 いっそそうだったら良かったのにと考えた。

 そしてふと気づけばまるで自分の心の内でも投影したかのように、先程まであんなに晴れていた空に雲が覆い、しとしととした梅雨のような雨が降り始めている事に気がつく。

 雷を伴う夏の夕立とも違う、奇妙に柔らかな雨。

「……変な天気だな」

 とはいえ理屈で考えればおそらく理由はつくし、別に変な事でもないのかもしれない。

 だが何というのだろうか、実に主観的で感覚的ではあるが、所謂「気持ち悪い天気」だったのだ。

「なんかこういうの、最近……多いな」

 ぼそりと呟くが当然、返事が返る事は無かった。

 そして男は再度ごろりと寝転がると、深く息をき、ゆっくりと瞼を閉じた。



  ̄ ̄ ̄明人、明人、と自分を呼ぶ声が聞こえる。

 ふと目を開けると目の前には見慣れた顔がいた。

「ちょっと、人の話し聞いてるの?」

「え?……ああごめん」

 自分の顔を覗き込む彼女の顔を見て、何だ来ていたのかとほっとすると沙織は窓の外を指さすとハキハキとした口調でこう言った。

「ほら、春がすみ。空がぼんやりして綺麗でしょう?」

 彼女が指さす方を見ると、窓の外には海と空が広がり水平線がボケて見える。そこであれ?なんで俺の家の窓から海が見えるが、すぐに、あ、これ夢なんだっけとぼんやり考えていた。

「あれはね、塵や水蒸気でぼやけて見えるのよ、春の昼間は塵や花粉も飛んでるから尚更よね。ああもう何で人は上空には住めないのかしら、空に浮かぶ国があったら私絶対住みたいのに」

「ラピュタみたいなやつか?」

 男こと明人が言うとそうよ、と彼女は頷いた。

「きっと其処には不思議な動物も居たりするのよ、まるで空が生物になった様な、長い尻尾と翼を持ってて青空や太陽を思わせる様な子が!」

「……いるかね?そんなの」

「きっといるわよ!そんな子いたら私絶対友達になりたいわ。まあでも、そんな上空で果たして春がすみとか、地上程色んな現象があるかは分からないけれど……」

「じゃあ、ここでいいじゃんか」

 そんな動物もいるとも思えないし、とからかう様に言うと彼女が頬を膨らませる。

「きっといるったら……!それに、だって…………此処じゃ……駄目だし」

「なんでだよ」

「だめよ、だって」

 突然そこで沙織の声のトーンが暗く落ちた。


「だって、此処はとても息苦しいでしょう」


 ――――明人がはっとして目が覚める。

 じめついた空気、まだ外には物悲しい雨が降っていいた。

 エアコンは付けていた筈なのに、まだ自分の身体がぐっしょりと濡れていた。

 そんな自分に、もう仕方のない事だろ、と胸中で叱咤を飛ばすが……

 心臓が、信じられない位早鐘を打っていて止まらなかった。


    挿絵(By みてみん)

ひつじのはね様


小説「もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた」web版→小説家になろうhttps://ncode.syosetu.com/n7009fc/ 書籍化もされているのでそちらも是非!


羊毛フェルト作品→ひつじのはねhttps://sheepswing.theshop.jp/


幻獣好きは必見!


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