春日局が病に、、、
局はしばらく考えていたが、やがて意を決したらしく
伊豆守に向き直り 「伊豆殿 これから婆が言うた事
決っして他言して下さるな」 「受けたまわり申した」
「あのチサ 実に変わった女での。あれの言う事
こなたも頭から信ずるつもりは無いのじゃが
伊豆殿 あのチサは今の世でなく、これからずっと
後の世300年余り後の世に生まれた等と、
申しおるのじゃ」 「そんなたわけた事が」伊豆守は
一瞬 局は気が変になったのかと思う。
「そう たわけた事じゃ こなたもそう叱り付けた
のだが、その後 起こった様々な事柄を見ていると
もう分からぬようになってしもうた」
「詳しく お聞かせ下さい」 「もとよりそのつもりで
今日ここにお呼びたてしたのじゃ。実は話して
おこうかどうかと思い迷ったが、、、
こなたのような学の無い女より博識深いそこもとの
こと、良いお考えもあろうかと思いましての」
「それほどの事もございませぬが、一応お聞かせ下さい」
「事の始まりはあの乳人の一件 矢島何がしという」
「ああ あれが」 「あのおり 申したようにあれも
チサが調べてくれと言い出した事 あの時も大奥より
外に出た事の無いチサがどうして相手の名や禄高の
こと、知り得たのかと不思議であったが」
「まことに」 「それから後もチサの言った事が気味の
悪いくらいに当たるようになった。その頃じゃ
お蘭が産むのは若君と言い出したのも」 「ほう」
「それに 伊豆殿はご存知無かろうが出産のおり
お蘭は危うく大事に至るところであった。上様が
北の御部屋にお成りの時 お蘭がしとねに起き上がって
危ないからと事前にチサがこなたに言い聞かせて
おりましたのじゃ。こなたもまさかと思ってさほど
気にも止めずにいたところ、上様 初めての若君に
勇んで部屋に参られ、お蘭にお言葉をかけられた
瞬間 お蘭がやにわに起き上がろうとして、、、
とっさにこなたが止めたからよかったものの」
局はその時の事を思い出し、今さらながら愕然とする。
伊豆守も今は真剣に局の言葉を聞いていた。
「その日すぐ こなたはチサを庭に連れ出して事の
真相を問いただしたところが、先程のあの言葉じゃ
チサは自分が後の世の生まれだからこそ知り得た
事だと申すのじゃ。だが こなたはそんな馬鹿な
ことがと信じなかった。するとチサはその日
今は信じられぬかも知れませんがと言いおいて
お七夜に知らされるはずの、若君のお名とお蘭が
お楽の方になる事をズバリと言い当てたのじゃ。
若君御誕生のその日にですぞ。控え目に見て若君の
お名は上様のご幼名 察しがつくとしてお楽の事は
誰も知り得ぬことでは無いか お七夜にそれを
知った時のこなたの驚き 言葉に言い尽くせぬ」
「まこと 不思議な そのような事がありましょうや」
「それから後にも 竹千代君 あのように元気にお育ち
それもこれもチサがお楽や乳母と心を通わせ
3人で力を合わせてのことじゃ。その事はお匙も
良く存じて要るはず 彼の者も若君は元来病弱な
気をお持ちとこなたに申しておった」
続く