竹千代君と百日咳
医師は「おチサ様は医学を学ばれたのでしょうか」と
不審な様子 「いいえ でも私には姉がおりましたから
その子育てを見ていたので分かるのですよ」
「ほう それで」と 一応納得したようだった。
そうしてすぐに「では お薬湯を」と 竹千代にすすめ
ようとするのでチサは止めた。今 こっそり飲ませた
薬に反作用があってはならない。
「もう少し 後にはできませんか。それはまずいでしょう
せっかく召し上がったお粥を吐かれてしまっては
困るからもう少し後で 時間を空けてからお薬湯を
すすめてはいかがでしょうか」と 頭を下げる。
するとお楽が「私からも願います。今 若君は眠りに
付こうとなさっています。お目覚めになってからでも
良くはありませんか」と 小声で竹千代の眠りを
妨げぬようにと気遣いながら言った。医師もそれを
認めて引き下がった。お楽は「おチサがに来て頂くと
本当に心強うございます。ありがとうございまする」
「何をおっしゃいますやらお方様」 「ああ やめて
やめて下さいおチサ様 前のように気楽にお蘭と
呼んで お方様なんて私には似合いません」
「とは言っても」 「お願い せめて二人だけの時だけ」
「わかったわ お蘭様 実は私の方も堅苦しくて
困っていたの。二人だけの時は今まで通りにしましょう」
「嬉しい 嬉しいおチサ様」 本当に抱きつかんばかりに
喜ぶお楽の方だった。その様子を次の間にひっそり控える
お松も涙する思いでお楽の為に喜んだ。思えば世継ぎを
産んだとは言え友と呼べる人など、いないに等しい
お方様である。お松は芯から嬉しかった。
「また 明日も来てくださるかしら」
「では 私の勉強が始まる前に、、若君の朝ご飯の時は
どうかしら」 「それでいいわ」 「それと若君には
冷ましたお茶をたっぷり差し上げてね。熱のある身体
には水分が必要なのよ」 「わかったわ 本当に心強い
いつでも来て下さったら嬉しいわ。でも 我が儘を
言っては駄目ね。おチサ様にもいろいろ都合があるし」
「できるだけ来るようにするわ。 でもお蘭様も知ってる
でしょうけど、お局様のお習いは長いの 本当に、、
それと上様ね。ああ見えて若君の事は本当に気に
かけていらっしゃっるのよ。私にも良く話して
くださるるの」 「若君の事では 私にも良くお声を
かけて頂いて、、、だから私はおチサ様と佐和が
付いていてくれるから心強いと、いつも申し上げて
います」 「まぁ 私の事なんか言わなくてもいい
のよ。でも私 上様にはちょっと腹が立っているのよ。
お蘭様を大奥から追い出して、、」
「おチサ様 それは違うわ。上様は御母上様からあまり
その なんて言うか あの~つまり親しみを持たれ
なかったと言うか」 「可愛がって貰わなかったと
言うこと」 「まぁ早く言うと、、、人によってそれは
お局様のせいだと言う人もあるわ」 「まぁ本当に」
「上様は私に竹千代をしっかりと抱いてやり いつも
側近くにいてやるようにして、強く育ててくれと
おおせられました。きっとご自分がお寂しかった
のでは無いでしょうか」 「そうなの それで
お蘭様も一緒にねぇ」 チサが初めて知る幼い日の
家光の姿だった。
続く。