竹千代君誕生
やがて日は過ぎお蘭の産んだ若君はめでたくお七夜を
迎え竹千代君と命名 生母お蘭はお楽の方と発表
その知らせを受けた局の心中 穏やかならぬものが
あった。またしてもチサの言う通りになったのだ。
こうなると信じ難いが先日の話が真実味を持って
胸にせまる。やがてお蘭改めお楽の方の産後の日だちも
良く、お世継ぎ生母の居室 新座敷に竹千代君と一緒に
移って来た。その明くる日 長局の春日局の部屋に
早速 新座敷から使いが来て、千代に来て貰え無いかと
お楽の方の頼みだった。彼女は出産のおり局から聞いた
言葉に深く感謝していて、身体が回復したらすぐにでも
会ってひと言 礼を言いたかったのだった。
チサがおよのとおこうを連れて新座敷に伺うとお楽の
方は、飛びつくようにして入り側まで立って迎えた。
こんな所はいかにも町家の娘らしい。
「良くおいで下さいました」 言う声も嬉しさに弾んでいる。
しかしチサは、今までのお蘭時代と違って御生母に
なられたお楽の方に今まで同様に接する訳には行かない。
裾をさばいて平伏し 「若君ご誕生 おめでとうございます」
お祝を申し上げる。「ありがとうございます。」と
お楽の方も座に戻って頭を下げる
「これと言うのもお局様はじめ、皆様方の温かいお力添えが
あったればこそ 無事若君をお産み参らせる事が
できました」 「夜半に知らせがあってから、難産気味と
伺ってとても心配致しました」 「私は人より陣痛が強い
方だと産婆が申しておりました。ただ その苦しみの
中で、救いになったのはお局様より聞かされたおチサ様の
温かいお心 それが嬉しく杖にも力にもなりました。
そのお礼がひと言 言いたくて本来ならこちらから
伺う所 お匙がまだ庭先より遠くは無理と申しますので
こうしてお呼び立てしました」と お楽の方は深々と
頭を下げる。彼女がお匙うんぬんと言ったのは嘘であった。
実はお部屋から伺うと言うお方に、付き添いの老女達が
御生母たる威厳に傷がつくと頑固に反対したのだった。
すべて格式張った大奥のはしきたりは友人である二人の
間に一つの壁を作らなければ気が済まないらしい。
お楽の方の心からのお礼に対し 「何をおっしゃいます。
貴女様の身体を案ずること 私一人ではありませんのに
わざわざのお言葉 反っていたみいります」と
恐縮するが、「いいえ でもいち早くお腹様になりし
この身を恨んでさまざまな噂を流す方もいらっしゃると
言うのに、、、」と お楽は悔しげに唇を噛む。
続く。