春日局とチサ
「その矢島の妻女の事を調べ直してほしいとこなたに
頼むのじゃ。夫の禄高を高く偽ってるやも知れぬと
申してな」 「そうでござったか。いや 実はみどもも
かの妻女よりその話を聞いた時 馬廻りにしては少し
高禄なと思い牧野に問い正したところ、間違い無しと
言って参った。思えば牧野が嘘偽りであったとは
申す訳がございませなんだ。おチサ様の言われる事が
真実なら、これはお上を謀る由々しき大事にございます。
もう一度 他の方面より手を廻して調べて見ましょう」
と受けあった。確かに牧野家が矢島治太夫の嘘を認めれば
そのようなお上を偽る不埒者の女を乳人に推薦したとして
面目を失ってしまう。それゆえ 治太夫に急な加増をし
話を合わせていたのだった。「されどこの話がたわいない
嘘で 牧野が誠なれば」 「ご心配めさるな その時は
みどもの胸一つに納めるつもりでござれば」
「そうしてたもれ 良きように願いまする」と 頼んで
局は大奥に引き上げたがそれから2日後 伊豆守の
調査の結果チサの言っていた事が真実だったと知らされ
驚く。「それは誠か まぁ 何と言うことじゃ」
「牧野が家ではひた隠しにしておりましたようで、、、
しかしおチサ様の慧眼には感服 致しますな。
どこでそのような事を知られたのか」「それについては
わらわも不思議で成らぬ。チサに問うても占いで
分かった等と言うし」 「ほう 占いで」 「それも
まことでは無いのじゃ。自分でも占いとは言い切れない。
すべて分かっている訳ではないと言うて、、
こなたも頭が痛いわ。あれは本当に大人かと思えば
子供のようでもあるし掴み所のない女子じゃ」と
局は本当に頭痛がするかのように頭を抱えて歎く、、、
その事件があって2ヶ月後 かねてより北の御部屋に
移っていたお蘭が産気付いた。実はその前日 局が
お蘭を見舞って部屋に戻って来ると、チサがお茶を
立てて待っていた。「ご苦労様でございました。
お蘭様も後 2・3日 お疲れでございましょう。
どうぞお茶を一服なさってお疲れを癒して下さいませ」
しごく手際良く座布団をすすめる。(これは何かあるな)
思いながらすすめられるまま愛用の茶椀を手に取る。
「お蘭様の様子はいかがでございました」
「いつ ご誕生あっても不思議からずと産婆は申して
おった」 「それはようございました。めでたく若君
ご誕生」 「また それを言う。それを申すな もし姫君で
有られたらどうするのじゃ」 またかと顔をしかめる
局に、チサはいたずらっぽく笑いながら
「お叱りついでにもう一度 ざれ言占いを聞いて
頂けますか」 「もうよいと申すに」 「でもお蘭様の
お身体の事なのです。このままご出産あれば、若君は
ご無事でもお蘭様は大変なのです」 「お蘭の身に
大事あると言うのか」 ついお蘭の事となると局も
気にかかる。「はい 若君ご誕生の後 上様は
大喜びで北の御部屋にお出ましになり、お蘭様にお褒めの
言葉をかけられた時 周りの人々がみな揃って平伏す
姿につられて、おしとねの上に起き上がって
平伏しようとなさいます。 それこそ大変 出産を
終えたばかりで絶対安静にしなければならないのに
起き上がったばかりに大出血を起こしてその後の
一生 半病人で過ごすと私には分かっているのです」
聞いて局は驚いたがもとより、にわかに信じ難い。
だが この前の乳人の一件もあるので無下にタワケと
言い切れないものも感じる。
続く。