春日局とチサ
「それはもちろんじゃ」 「その人はもう決まっているのですか」
「内定はしているようじゃ 先日 中奥に伺いしおり
伊豆殿(松平伊豆守信綱)より聞いておる。
しばらくすれば差し紙(召喚状)がゆくであろう。
しかし そちがなぜそれを気にする」
「お局様 これはチサのたわ言と聞いて頂きたいのですが」
「何じゃ」 「その内定された人 どこかの藩の馬廻り役の
夫人ではありませんか」 局は黙った。確かにこの前
伊豆守より牧野内臣頭の家臣で夫は馬廻り300石を
賜る家柄もそこそこの夫人と聞いていたのだった。
伊豆守の他に表でもあまり知る人が少ない事をなぜ
チサが知っているのか、、、「もしや その人の夫の
名が矢島という名でしたら禄高をもう一度 お調べ
下さいませんか。確か高く偽っているはずですが」
「どうしてそんな事がそちに分かるのじゃ」 局は額に
シワを寄せて問う。急に目の前にいるチサが
うす気味悪く見えてきた。「詳しく説明するととても
難しくなります。それにきっと誰にも分かって貰えない
事なのです。だから私のざれ言とお聞き下さって
調べてみては頂けませんでしょうか」
「伊豆殿にもう一度調べ直せとこなたから 言えと
いうのか」 局は乗り気ではないというより不機嫌らしい。
チサは後ろにすざって畳に手をつき 「付してお願い申し
上げます。お局様には私の申すこと にわかに信じ難いと
思われるでしょうが、そこを曲げてお願いいたします。
なぜならそれは この先徳川家が永く続いて万民を
幸せにして行く為には必要な事なのです」
「どう言う事じゃ」 局はチサが何を言い出すのかだんだん
分からなくなって来る。チサとてどう言ったら分かって
貰えるのかと考えても分からない。いや 理解しろと
言う方が間違っているのだ。チサは途方に暮れた思いで
顔を上げ「お局様 これから私の申し上げる事 無理に
信じて下さいとは申しませんが、ただ 一種の占い
とでも考えてお心に留めておいて下さいませ」
「占いか まぁ申して見よ」 「ありがとうございます。
まず 始めにお蘭様の御子 九分九厘 若君でございます」
「何 若君と」 たわいがない占いにしても局は嬉しい。
「はい 乳人が矢島という人ならなおさら確かなのですが、、
めでたく若君 ご誕生 長じて四代将軍となられますが
惜しむらくは非常にご病弱で有らせられまする」
局はまた額にシワを寄せた。「その為 お世継ぎを得られる
ことなくなりご他界 五代将軍には」 「もうよい そちは
何という不埒な事を、、、もうよい 聞く耳持たぬ」
怒り心頭 裾を蹴散らし立ち上がる局の足にチサは
とりすがった。「お待ち下さい。でもそれは止める事が
できるのです。お小さい時から身体を鍛練して行けば」
「まだ 姫か若か分からぬ内にたわいがない事じゃ」
局はすっかり気分を害して座を立ってしまった。
後に残ったチサ 成す統べもなく打ち萎れる。
この上は直に家光に頼むしかない。
続く。