春日局とチサ
チサは局が正気だったのが嬉しく思わずニッコリして
「はっきりとは致しませんが先程 丑三つの知らせが
あったようでございます」 「そのような時刻か
こなたはずっと眠ったままであったのか。そうして
そなたは寝ずの番をしていやったのか」 局の頬に
温かい笑みが浮かぶ。「いいえ 眠っておりました。
お局様がお苦しみもなく、お休みでございましたので」
チサは心配させないように気づかう。
「それがどうして今 にわかにかけよって来たのじゃ」
「お局様がいびきをかいていらっしゃいました」
「いびきを」 局は恥じるように袖で鼻を隠すような
仕草をして「でも それがどうした」と 解せぬように
尋ねた。「私の祖父がお局様と同じ様子でございました。
すでに他界しておりますが、日頃 めまいがする等と
申しておりました」 「そなたの祖父が」 チサが
身内の事を話すのを初めて聞く。
「はい 87歳でございましたが毎日 畑仕事を欠かさぬ
元気者でした」 「それは長寿じゃ」 局は驚く。
当時の平均寿命では60歳を越えれば長寿の部類に入った。
「その元気な祖父が死ぬ2.3年前より時々 頭が重い
耳鳴りがする立ち眩みがすることがあると言って
おりました」 それはいちいち局にも当てはまる事だった。
人には言わぬがこの3年というもの、毎朝のように頭は
鉛を乗せたように重く、芯の方は痛むし耳は何かワアーンと
いうような様子でしばらくは立ち上がれない。
「そうしてある日 寝たまま朝にはこときれていたそうな、、
祖母の話では朝方 妙に高いいびきをかいておりました
そうな 卒中でございました」 局はギクッとした。
それは以前から自分も恐れていた事なのだ。
「それでこなたがいびきをな 心配してくれたのか」
小さくため息をついて局は言った。「廊下でお倒れに
なった様子を見て、まずそれを心配しましたがお局様は
意識がはっきりしておいででしたのでひとまずは
安心しました。でもあまり動かさぬ方が良いと思い
ましたので」 「それはまたどうしてじゃ」 「卒中で
倒れた時 何よりも大切なのは安静に保つ事と聞いて
おります。むやみに動かすと血の管が切れて大事に
至る事があるとか」 「それで歩くと言うのに布団で
運んだのじゃな。それにしてもそなたは医学の心得が
あるのか」 「学んだと言うほどでもございませんが
少々 存じている事もあります。お局様と先程私が
申したような症状がお有りではございませんか」
局は黙ってしまう。「もし そうならこれから私の
申す事を、日々 ご注意下さいませ」 「どうすれば
良いのじゃ」 局も病にはつい弱気になって尋ねずには
いられない。「まず お食事より塩を控えて薄味に
しなくてはいけません。これは塩分という物人の
身体には必要欠くべらざる物ですが、余分に取り
過ぎますと体内で変化して有害な物となり
それがムクミの原因になります。それに寒さも大敵で
特に暖かい所から急に寒い所に出る 例えば火鉢で
良く暖められた部屋から庭に出るとか、朝 布団の
中からすぐ起き出すような事は極力避けねばなりません。
まず 先に部屋を暖めて寒さに体を慣らして徐々に
起きるようにしなければ、また今日のように突然
立ち眩みがするようになります」と チサは順々と
諭すように話した。
続く。