斬新なお掻いどりに皆の目が、、、
「このように素晴らしい図が{御ひないかた}に
ありまして」 部屋子の一人が尋ねた。{御ひないかた}
というのは大奥衣装の図案集の事で、さしずめ今の
モード雑誌という所か。 問いに対してお由井は
「いえ 生地から柄ゆきまで全てこちらのおチサ様に
ご指定いただきました」と 言うのでみなは二度びっくり
今まで知らなかったチサの才能に驚きの目を見張らされた。
「これをおチサ様が考えられたのですか」日頃おとなしい
お蘭までが声を上げる。対してチサは恥ずかしげに
「御ひないかたを私もみましたがあまりに似通った図柄と
総模様的なのが私の好みに合いませんでした。
それで下絵を書きお由井さんに見て貰って無理を言った
のです。見た事の無い柄だったようで、呉服の間の
皆さんには厚かましいと思われたでしょうね」
「いいえ 滅相もございません。私共もお針娘も御用所に
来る商人も染職の者もみな この新しい感覚の柄に
見惚れてしまいました。商人等は叶うことなら
この模様を真似て売りに出したい どうにか成らぬかと
私めに泣きつく始末で」と オーバーな口ぶりで誉め
上げるのでチサは困ってしまう。「これならば無理も
無いこと 私だって欲しくなります」 お蘭が言うと
みな 私も 私もと言い出してチサを赤面させる。
実はチサの母方の叔父という人が呉服屋を営業していた
のでチサも小さい頃から母と仲の良い叔父の店には
出入りしていたから着物の事は多少なりの知識があった。
「私でよかったらお蘭様のものも書いて差し上げますが」
チサは局の顔をうかがう。と 局が何か言う前に
「まぁ~嬉しい 本当に書いてくださるの おチサ様」と
お蘭は手を打たんばかりの喜びよう。他の侍女達は
羨ましげに二人を見ている。それを見てさすがの局も
黙っている訳にもいかず「たいした物入りに成らねば
良いが」と お由井に目を向ける。昔人間の局には
太平の世になったからとて、女中達が妍を競い奢侈に
流れるのを好まなかった。それに対してお由井は
「いえ それほどには、、柄が新しいだけでその他は
どのお方と比べてもかなり手頃かと、、」と
あんにもっと費用をかけている中臈はいると言わんばかり
「それならば良い。くれぐれも華美に過ぎぬようにな」と
許しを与えた。
続く。