チサの迷い そうして
それゆえ局とお万の方とは折り合いが上手く
いかなかったのではないかと今 思うのである。
その上に局は権勢欲も強い 局にとって身分も高く
教養に深く、心根優しいと万人に好かれるお万の方が
家光の愛を独り占めにしている事が堪えられなかった。
生まれ落ちた時から我が乳を含ませ、小さな咳一つ
にも気を病んで育ててきた生き甲斐の上様である。
それを今さら他の女にうつつをぬかされては、、、と
思いこんでいるとは言い過ぎだろうか。
とにかく 大奥においても家光においても常に第一の
人でありたい彼女にとって、お万の方は煙たい存在
だった。お万の方の一件は家光を警戒させた。
それゆえにチサを局の懐に飛びこませておくべしと
部屋預かりを命じたのである。しかし局は困ってしまう。
なぜなら今 彼女の部屋にはすでにお手付き中臈
お蘭がいる。同じ部屋にお手付き中臈が二人では
考えざるをえない。上様はその事をお忘れなのか
局が返事を渋っていると家光は 「不承知か」と
いらいらしたように問う。「いいえ 上様のおっしゃる事
この婆を頼みにしてくださる事 まことに有り難き
事なれど春日の部屋にはお蘭がおりまする」
「そうであったか」と 家光はまるで忘れていたような
口ぶり 「しかし チサは気にすまい。何しろこのわしに
自分ばかり召さずに他の女も閨に呼べと言うくらい
あっさりした女じゃからのう。そうせねばわしの
勝手で手をかけられた女達が可哀相だと言うのじゃ」と
言って笑う。局は驚いた。 そうして最近他の女達も閨に
呼ばれるようになったと言われる陰に、チサという女の
口添えがあった事を知り唖然とするのだった。
その内に家光は政務を取るため表御殿に行く時間が
迫って来る。彼は局の返事を待たずに立ち上がると
「では しかと頼んだぞ」と 言いおいて行ってしまった。
後に残った局は大奥に戻る廊下をたどりながら考えていた。
どうやら今の上様はチサで占められていると思って良い。
チサは気にすまい と上様は言われたがお蘭はそうは
行かない。(可哀相に) そこまで気を配われては
いないのだ、、、だが局が心外だったのはチサが自分から
他の側室を召し出せと言ったらしい事だ。
我が身一人が愛され いち早くお腹様になる事を願うのが
お手付きになった女というものと考える局にはどうにも
解しがたいチサである。またその意見を素直に聞き入れた
家光 局の心中 穏やか成らぬものがあった。
続く。