ええっ チサが家光と、、、
やがて御寝所のあるお小座敷に着くと将軍家光公は
先に着いていて、今夜の出仕年寄り 和島や梅山と
同役の吉井を相手にしばし、雑談を交わされた後
はや 寝所に入られていた。チサ達の来るのが遅いと
和島達はいらいらしながら待っている。 そこへ
「チサ様 お召しにより参られます」 春江の言葉と
共にチサが現れる。早速 髪をとき改めて寝間着の裾を
長く引くように直しながら和島は、今初めて近くで見る
チサに(こんな取り柄のないような女)と 改めて思う。
「良いか 上様の御前では諸事振るまいに気をつけて
阻喪のないよう頼みますぞ」 声を強めて言った。
いよいよチサは寝所の中へ、、、
襖が開かれると十二畳の寝間の奥の方に行灯の光に
照らされて端座する家光の姿があった。
チサはスッスッと恐れげもなく進み入り、家光の真近に
ピタッと座る。平伏などしない。顔を真っすぐ家光に
向けたままキラキラと良く光る瞳でじっと見つめている
その家光は美男子と言うには程遠いが、骨格のがっしり
した男らしい風貌だった。決して熊には似ていない。
彼はチサがじっと自分を見つめるので不思議に思った。
かつて 女からこんなに真近かでまともに顔を見られた
事はない。いつも閨に来る女は恥ずかしげに面を
伏せているのが普通であった。(こ奴は馬鹿か)
そう思った。しかしいつまでも黙っているのもおかしい。
そこで「急なことゆえ 驚いたであろう」と 尋ねて見たら
「はい」と 間髪入れず馬鹿とも言えぬはっきりした声が
返ってきた「しかし 恐れることはない。さ ここに
参るが良い」と 手を取るとチサはゆっくりその手を
払いのけ「その前に一つ お尋ねしたい事があります」と
言った。その頬にわずかに赤みが指している。
床入りの前にこんな事を言う女も珍しい。家光は内心
驚きながら「何じゃ 言うて見よ」と 答えた。
「上様はどういうお心持ちで、今宵 私をお召しに
なりましたか」 「なにぃ」 家光はびっくり仰天
まさか側女にしようと思う女にそんな事を聞かれるとは
思ってもいなかった。しかしチサは落ち着いて尚も
「私を美しいとお思いになったのか それとも愛おしいと
お思いになったのか または別の理由で」と 尋ねる。
家光はすっかり慌てていた。そうして問われるままに
考えて見たが、これと言う理由はない。
ただ 美しいとも愛らしいとも思ってない事だけは
確かだった。思えば過ぎる日 仏間近くの庭での話
あれでちょっと興味を持ち、今日の花見で面白かった。
他の奥女中とは一味違っていたので閨に呼んで見る気に
なったのではないか。家光が答えを迷っていると
「私が聞き及びましたところ 上様は花見の庭で私を
ご覧になり、あの尻を叩いた面白い女は誰じゃと
お尋ねになりました。そうですか」 「うむ そうじゃ」
「そうして今宵 私をお召ししてなりました と言う事は
私は変わった女 面白い女ところお思いになって
珍しいからお召しになったのですか」
「まぁ それもある」 問い詰められて本音を言うと
チサは顔をまっ赤にして「それでは私 お断りします。
お側女なんて真っ平らです」と 低いがはっきりとした
声で言ったので「なにぃ」 とまたびっくり仰天
思わず声が大きくなった。
続く。
