ええっ チサが家光と、、、
こういう時 春日局がいて下さればと思う。
局の言う事なら上様もお聞き入れになるかも知れない。
梅山の言葉を聞いてますますチサという女が側女には
ふさわしくないと信じる和島は残念でならなかった。
家光自身が第二の母とも慕う乳母 局の言う事なら
ともかくいっかいの年寄り 和島の言う事を聞き入れて
くれるかどうか、、、将軍が御寝所に入られる時刻は
大体 夜10時頃と決まっていたから少なくても
その1時間前までに長局を出なければならない。
時間がないのが惜しかった。これが明日というなら
今夜 局の屋敷に行って伺いを立てる事もできるし
他の同役を集めて相談の結果 何かと手のうちようも
あるかも知れない。急病とか、、、
だが今夜ではそんな事をしている暇はなかった。
これから梅山にチサを説き伏せさせて(一筋縄では
いかないかも知れない) 髪形を変えて風呂に入れて
心得事を言い聞かせて等などその他いろいろする事は
たくさんあった。早くしなければ上様 大奥にお渡りに
なるまでに間に合わないかも知れないのだ。
和島は決心せざるを得なかった。自分の独断で
チサをお閨に上げないという訳にはいかない。
そこで 梅山に自分も後で言って聞かせるがくれぐれも
失礼の無いようにと言い聞かせよと注意して
早く用意をはじめるようにと言いつけるよりなかった。
重大な責任を負わされた梅山は、ヨロヨロと宙を踏む
ような足取りで帰ってゆく。梅山は本当に肝も潰れん
ばかりに驚きもし その上に心配だった。
これが他の娘だったら自身もどんなに嬉しく誇らしい
事だろう。だが 他の部屋子達といつも言い争いを
しているようなチサである。見ていないと足で襖を
開けかねないチサである。もし 上様の御前で何か
失礼な素振りをしでかしたら世話親たる我が身も
ただできる済まされまい そう思い出すとキリがない。
心配がつのりつのって部屋にたどり着いたとかは
顔面蒼白 足もとはよろめいてフラフラだった。
そんな主の様子に侍女達は慌てて廊下に走り出てきた。
「旦那様 どうなさいました」 「ご気分が悪そう」
「早く お床を」等と口々に騒ぎたてる。
今はそれを止める気力もなく春江達の手に抱えられて
部屋に入る。時ならぬ騒ぎに同じ縁続きの他の部屋からも
何事かと侍女達が顔を覗かせた。
いっ時 ボオッとなって気を失なったように春江達に
身を任せ床に伏せていた梅山は、間もなく正気づいて
起き上がろうとする。「お休みになっていて下さいませ
今 何か薬をお持ち致します。それともお匙を呼び
ましょうか」と 春江が尋ねる。
続く。