チサは過去の世界へ
しかしその事については局は局なりの計算があった。
それは未だに恵まれぬお世継ぎの為である。
家光には現在側室が5人 上臈 お万の方はじめ
中臈 お蘭 お夏 お玉 お里沙がいたが誰一人として
若君を授かった者はいない。ただ一人の御子は姫であったし
その生母 お振りの方はすでに他界していた。
この5人の内 家光がもっとも親しんで寵愛しているのは
お万の方であった。公家の出身でずば抜けた美貌を
持ちながら出家して尼になっていた。彼女を家光は
自分から望んで還俗させ側室としたが、惜しむらくは
産まず女であった事だ。それについては春日局がお万の方
に大奥での実権を握られるのを嫌い、医師と計らい何やら
画策したと言う噂があるが真偽のほどは定かではなかった。
だが 将軍家の血筋に公家や皇族の血が入る事を
極力 避けていた事はあったようだ。
お万の方は天性の美貌の上に心根も素晴らしく
教養も深い人だったので、家光の愛は深くその事が
何事にでも家光にとって第一人者で有りたい局の気に
入らず二人ので仲は決して穏やかなものではなかった。
だが そんな局に反抗するかのように彼はもっぱら
お万の方のみを愛し、局が奨めたお蘭やお玉(お玉は元々
お万の方の部屋子であったのを局が引きとって指導し
側女として家光に奨めお万の方と対抗させようとした)
正室の孝子から奨められたお夏やお里沙ともあまり
親しもうとはしなかった。それゆえに局は6人目の
側女の必要を感じていたし、それも先の4人のことから
考えて人から奨められたのでは無く、自分から見初めた
女でなければならないと悟っていたので、家光が大勢の
奥女中達を自由に見て回れる花見の宴を、絶好の機会と
して積極的に奨めたのだった。あいにく自分は風邪を
引いて参加できないが、すでに昨夜 局の息のかかった
年寄り 和島をひそかに私邸へ呼び 「明日の宴にて
少しでも上様のお目に止まりし女があれば、わらわに
知らせてくりゃれ」と くれぐれも念を押して
頼んであるのだ。
続く。