初めは楽しかった。
「キヤァ~」叫んで飛びのいたがすでに遅く足袋はもちろん
華やかな前裾 振り袖の下部がしたたか濡れてしまった。
「ああ~ すみません。大丈夫ですか」と 言う声と共に
横手の庭から顔を見せたのは70がらみの品が良さそうな
老人だった。「あっ これはいけない。ど どうも大変な
ことをしてしまって」 老人はチサの姿を見るなり
玄関脇きのくぐり戸から走り出して来た。「すみません
花に水をやっている内に手が滑ってホースを落として
しまった。これは大変だ 早く乾かさなくては、、、
ま とにかく中へ」 「でも」 「いや クリーニング代は
出させていただくとして、まず 泥を落として乾かさ
なければ、、 ああ 足袋なんかびしょびしょだ。
このままでは風邪を引いてしまう」
「ええ 冷たい」 「あいにく妻は外出してますが婆やが
おりますから お~い 婆や キヨさんや」老人が内に
向かって大声で呼ぶと、中からこれまた品の良さそうな
60歳前後の老女がエプロンで手を拭きながら出て来た。
「はい 旦那様 なにか まあっこれは」老女もチサの姿を
見てびっくり 「花に水をやっていて手を滑らせてしまっ
たのだよ。早く乾かさないと大変だろう。足袋まで
濡らしてしまった」 「まあ 本当にこのままでは
お着物が染みだらけになってしまいますわ」
「中に入って貰って乾かした方がいいだろう」
「ええ ええ それはもちろん 乾かしたところで薄く
染みは残りますけど今日中にクリーニングに出せば
いいでしょう」 「そうか まぁお嬢さん とにかく
このままでは さ どうぞ」と 老人はチサを招き入れた。
チサとてこのままでは帰れたものでは無い。
「お手間を取らせます」 「いや 悪いのはこっちなのに
そう言われては 大切なお着物を濡らしてしまって」
中に入って見るとそれは、それはたいへん洒落た感じの
お屋敷と言ってもいいくらいの家 通された洋間も
落ち付いた中にも華やかさがあるような部屋だった。
続く。