チサは過去の世界へ
「おチサさん 止めなさいったら」と およの一人が
気を揉んでいる。この中でも同じ部屋の中でも彼女
一人がチサの味方だった。だが チサは尚も続けて
「大体 将軍様はなってないわよ。なぜこんなに多くの
女を大奥に閉じ込めておくのかしら。私達は自由に
町へ買い物に行く事も出来ない。家にも3年に1回
しか帰らさないし、まったく人権蹂躙だわ」と
一人いきまいている。しかし 女達には人権蹂躙と
言っても分かるはずがない。「なぁにそれ あなたは
私達の知らない言葉を、たくさん知っているのね~」
「人権蹂躙と言うのは、、 ええと分かり安く言えば
人を人として扱わない。つまり私達は踏みにじられ
てると言う事よ。人は自由に行き来したり恋を
したっていいはずだわ。それを何さ こんな檻の
ような所に閉じ込めて自分は何人でも側女を
持てるんでしょう。不公平だわ」 そう言われると
みな返す言葉もなくシュンと黙ってしまった。
「だってここは大奥よ。あなたもそれを承知の上で
ここに来たのじゃないの」と およのがやり返す。
そう言われるとチサも言葉がない。
「私は自分で望んでここに来たのじゃないわ。仕方が
なかったのよ」 「どうして」 「訳を言っても分から
無いわ。まだ自分でも信じられない理由でこの時代に
来てしまったの 私だって帰りたい。家に帰りたい
帰りたいわ」と しょんぼり つぶやくように言って
部屋に帰って行く。およのは急に元気を無くしたチサに
慌てて「待ってよ おチサさん 私も行く」と 後を追う。
「なあにあの人 本当に変わってるわねぇ」と 後に
残った女達 「あの人は本当は家の部屋子じゃなくて
亡くなられた松島様を頼って来たらしいのよ。
それを家の旦那様が憐れだと言ってお引き取りに
なったのよ」と おりゅうと呼ばれたチサの仲間
「梅山様はお優しいからねぇ」と 他の部屋子
これで家光は彼女達がいつもは 目にする事のない
下っぱの女であることが分かった。
「それで 国元はどこなの あの人の国ではみんな
ああなのかしら」 「確か松島様は肥前と聞いているけど
本人は何も言わないのよ。それがまた変わってるの
私はこの時代で育ったんじゃないの 何て言ってるわ」
「それ どういう意味」 家光もその話に興味を持ったが
あいにく その時 人が近づいて来る気配である。
ここで立ち聞きしていた事が分かると、女達にどんな
咎めがあるかも知れない。そこで急いで立ち去る事に
したが、歩きながら家光はチサと言う女に何か心惹かれる
ものを感じていた。熊みたいな男かも知れぬ等と無礼な
口を叩いていたが女には珍しく自分の意見 主張
考えというものを持っていると思われた。
いつも彼の側に侍る女は何を言っても はい はいと
浮き草が流れに漂うように従うだけで、どこに心が
あるのか 本当は何を考えているのかはっきりしない。
男性的な気質の家光はそういうウジウジしたのを
あまり好まなかった。
続く。