本当の終わり
その夜の寝所で何となく元気のない家光に
「上様 いかがなされました。お疲れでございますか」
チサは問うた。何かいつもと違い心に気にかかって
いる事がある様子。「いや まだ早いのじゃ」
「何がでございますか」 「今日 伊豆がいとの縁談の
話しをしおってな」 「縁談? 愛姫は一歳いえ二歳で
ございますよ」飽きれるチサに「もう 申し込みが多数
来ておるとの事じゃ」 「おかしいですよ。そんな事」
思わず言葉使いも忘れるチサに
「わしもそう思う。だがな 先の千代姫は三歳で尾張二
嫁いでおる」 「たった三歳で 親元を離れるなんて」
信じられない事だった。「わしも今になってそう思う
あの頃のわしは春日に任せきりにしていたし、娘が
こんなに可愛いいものとは思わなんだ。千代の母は
身体が弱く、寝付いてばかりいたから千代はまともに
ふた親に会う事もなく、訳も分からぬまま尾張に
行ったのじゃ 哀れなことをしたと今思う」
肩を落とす家光にチサもかける言葉がなかった。
しかし チサはキッと顔を上げた。
「上様 愛姫にそんな事はさせないで下さいませ。
私は チサは姫が大人になって十分に人への気遣いが
できるようになるまで、嫁がせる事は出来ませんから」
と宣言する。チサの気迫に唖然とした家光は
「大人になるまでか」と聞き返す。「立派な娘になるまで
です。そうなるように育てて嫁に出すのが親の責任
なのです」 「そうか そうじゃ 親の責任じゃ
いとは娘になるまで手元におこう」 「当たり前です」
「そうか まだまだ先のことじゃ」と嬉しそうな父 家光
こんな話しも二人だけでの閨だからこそできる話で
あった。それから半年後 チサは枯れ葉の舞い散る庭を
見ていた。愛姫はすっかり子供らしくなり、父上 母上は
もちろん兄君 竹千代のことを兄上と呼んで彼を
歓喜させた。今この人気のない晩秋の夕べ
チサは初めてこの世界に来て向かえた雪の正月を
思っていた。あの時は雪が散っていた。
突然 引き裂かれた家族の一人一人を思い浮かべ
涙したあの日 梅山の当時の部屋の庭の奥
この世界に放り出された場所に行った事も懐かしく
思い出す。(お母さん)チサは心で呼びかける。
(お父さん お母さん お姉ちゃん 私はチサは
過去の世界で一人の娘の母になりました。
お母さん 愛姫と言うのですよ。私だけは愛ちゃんと
呼ぶ時もありますが、、、可愛いい娘です。
私とは段違いに美人なのですよ。皆さんに家族の
皆さんに見せて上げたい)いつしか頬は涙で濡れていた。
(でも私はここで ここで娘を立派に育てます。
助けてくれる人がたくさんいます。そうして私を
愛してくれる人も、、、、私は娘を守ります。二人で
守ります) その時「母上」 まだ舌たらずな愛姫の
声が呼びかけた。「はい」 チサは娘をぬぐい優しく答えた。
題名のない物語 終わり。
所変わってここは中規模な都市のお祭りイベント会場
会場内には金魚すくいや射的 小さなステージも
あって若い娘が4.5人揃いの服で歌っている。
食べ物の屋台もたくさんあり、広場は賑わっていた。
そんな広場の一角に迷路や昔ながらのお化け屋敷
みたいな所もある。その一つにテント張りのマジック館の
ような物があった。外では魔術師風の装いの品がいい
老人が呼び込みをしていた。「さあー お若い方々
不思議な体験をしてみたくは無いですか。
変わらない日常生活に飽き飽きしている方
面白い事 珍しい事を試してみたい人はいませんか。
恋人同士でもお友達同士でもいいですよ。
一度お試しあれ 私と息子があなた達に珍しい体験を
させて上げましょう」と 呼び込みをしているのは
あの老人 チサを過去の世界に送った山中老人ではないか
少し歳は取ったが血色のいい、人良さげな物腰
それと40代と思われる息子と二人で呼び込みを
している。 と言う事はあのテントの中には{オズ}
というあの装置があるのでは、、、、
そうなのだった。山中老人と息子はあれから{オズ}を
改良し小型化させる事に成功し野外に持ち出せる
ようにしたのだ。ああ 何と言う事を、、、、
チサという娘を20世紀から放り出したのに懲りず
またもや新しい実験者を探しているのだ。
「何か面白そうじゃない」 その時 四人連れの高校生
らしき若者達が寄って行く。満面の笑みで迎える二人
危ない 危ない 皆さん 怪しいテントを見ても
決して近寄ってはいけません。
本当の終わり。