家光と愛姫とチサ
世継ぎの竹千代には自身 二の丸へ訪ねて行ったり
するが長松は向こうから会いに来るだけだし
三男 徳松は三の丸にいるが今だに医者の手が離れぬらしい。
もっと父親らしく見舞いに行ってやらねば等と考えるの
だった。間もなく愛姫は満1歳になる。昔の年齢で
言うと2歳になるのだが、それは昔は正月になると
1年加算する数え方であった為である。
だが周りはどうであれ、チサの中では1歳である。
近頃は「あ~あ」「おぅ~」とか少し人語に近い発音になって
来ているし、1歳2ヶ月にはチサと手を繋いで歩く事を
覚え、それから半月もすると一人歩きをするように
なった。それはお万の方がチサの部屋を訪れている時の
事だった。「まぁ~姫はもう一人で歩くように
なりましたか」と お万の方も侍女達もびっくりする。
正子が「はい つい先頃までは手を繋いで歩いておられ
ましたが、ある時 私の手を離して2歩 3歩と
フラフラと、、 でもすぐに歩き出されたので私共は
もうびっくり致しました」 「そうであろう わらわも
見た事も聞いた事もないわ。2つになられたばかり
ではないか」 「本当に 姫様のお育ちの早さには
驚いてしまいます。おチサの方様の子育ては、これから
子を産む女にはいい手本になると思います」と
正子はチサの子育て法を書き記していた。
「私は姉がしていた事を覚えていたのです」と チサは
姫を愛しげに見やる。その時 座っておもちゃで
遊んでいた姫が振り返り「あ~~ちゃん」と言葉を発っした。
「ええっ」と驚くチサに「あ~~ちゃん」と また聞こえる。
ワアっとチサは泣き伏した。突然のことに一同唖然とする。
チサが泣くなんて、、、だがチサの涙は止まらない。
号泣と言ってよかった。「チサ そんなになぜ」お万の方は
チサの肩に手を置いた。「お方様」チサは涙でグシャグシャに
なった顔を上げる。そしてしゃくりあげながら
「私が 私が母を 小さい時 母をまだお母さんと
呼べない頃 (あ~ちゃん)と呼んでいたのです。
それをそれを愛ちゃんが今 私を(あ~ちゃん)と」
と言って泣きじゃくる。嬉しかった血のつながり
我が子が同じ事を言うなんて、、、
「そうであったか 嬉しかろうな」 子を持たぬお方様は
ちよっとうらやましく思いながら「嬉し泣きであったか
いや 驚いたぞ ほら 姫も驚いているではないか」
愛姫はチサが急に泣き出したのでびっくり
そこで固まっていた。正子は自身も覚えがあること、、
瞼を濡らしながら姫を抱き寄せ安心させた。
およのは心の内で嬉し泣きしながらも、チサが
(愛ちゃんが)と言った言葉を思い出していた。
(おチサさんは愛姫様を いと姫でなく愛ちゃんと
心で呼んでいるのだわ)と 察していた。
その後も愛姫の人語らしき言葉数は増え、「あ~ちゃん」
と言えばチサが「はい はい」と 答えて寄って来て
くれるので(あ~ちゃん)=好きな人=母親という
認識が出来た。
続く。