名前は愛姫(いと姫)
そんなー件もあった後も愛姫は周囲の愛情を十分に
受け、日に日に可愛いらしく成長して行った。
本当にお玉の言った通りチサに似たところは見られず
家光の母 お江の方の血を引いているらしい。
その事がまた彼を喜ばせた。母に愛されたかった家光は
亡き母に似ているという愛姫を愛し、その母であるチサ
を愛した。姫は9ヶ月になるとつかまり立ちを始め
這って行っては側の者につかまり立とうとする。
家光の前でも、じっと抱かれておらず誰かれなく這って
行ってつかまる。試し似て彼が手を指し述べると
ためらいもなく、スピードハイハイをしてその手に
つかまり立ち上がって得意顔 その仕草に家光の頬は
緩んでしまい 娘とはこのように可愛いものかと
胸が切なくなる。初めての経験だった。竹千代の場合は
世継ぎという事もあり、強く育てと気負っていた部分も
あったし、長松 徳松にしても男子は強くあらねばと
いう気持ちがある。彼自身も春日局からそうしつけられ
生きて来た。だが 娘は別のものだった。
理由などなくただ ただ可愛いいのだった。
家光は大奥に来るのが楽しみになり、滞りがちだった
大奥泊まりもチサの復活と共に増えて行った。
チサやお玉がいない間を努めたのはお里沙だったが
彼女はついに懐妊せず姉島を落胆される。
チサのお閨 再開はお玉の方を刺激し、新たな恨みを
買ったが今は どうする事も出来なかった。
チサは愛姫がしっかり立つようになるとすぐさま歩く
練習をさせ始めたので、周りの人々は驚いた。
もうすぐ1歳になる頃である。
「まだ お小さ過ぎるのでは、、あまりに早く歩かせると
足が、、、」と 正子は危ながる。幼児の足はがに股で
あるから足裏全体をつけて立つ事が出来ねば歩くのは
難しい。チサは笑って「大丈夫 初めから一人歩きは
させないわ。練習よ 練習 姉がしていたのを見て
いたのだから」と 姫の両手を肘の辺りからしっかりと
持ち、足を自分の足の上におかせてゆっくり 一歩
二歩と足を出す。毎日 繰り返していると姫はすっかり
この遊びが気に入り、正子やおよの達にも要求して来た。
その姿はペンギンのヨチヨチ歩きに似ているから
微笑ましい。たまたま 用事で部屋に来たお万の方も
侍女達も、およの達の格好に笑いを禁じ得ない。
お楽が竹千代共々 訪れた時も愛姫はかな江の手に
つかまって歩き遊びの最中で、それを見た竹千代は
自分がしてみたいと言い、小さな妹の手を持ち一緒に
歩く懸命な様は、見る者の胸を熱くする。
チサとお楽達 みなこの兄妹の仲がいつまでもと
望むのだった。家光も忙しい政務の合間のひと時を
朝の小座敷以外にも訪れ、愛らしい姫との触れ合いを
楽しんだ。思えば先の姫 千代姫の時は姫かとがっかり
したし、その後もあまり交わる事もなく わずか3歳で
尾張家へ嫁いで行った為 記憶に残っている事は少ない。
かわいそうな事をしたと今になって思うのである。
幼い頃の思い出がない。
続く。