名前は愛姫(いと姫)
お方様自身も少し気疲れしていた。チサの陣痛が
始まったと聞いた時から、何か自分も力が入り
体のあちこちが強張っていくようだった。
今 それらから解放されて息をするのも楽になった。
チサの子が女の子だった事は、すぐに知れわたっていて
聞いたお玉は安心する。姫様なら我が子徳松の競争相手
にはならないからである。一夜明けて家光は朝の
仏間拝礼の後 その足で北の御部屋に向かった。
母子共に異常なく健やかであると聞かされても自分の眼で
見たかったし、親としての自然な感情もある。
部屋に入るとチサは布団の上に起きて上がり畳で作った
寄り掛かりを背にして待っていた。
「チサ 変わりはないか」 ここでも家光はまずチサの
事を気にかける。「はい みなの力添えのおかげで
無事 産むことができました」 答えるチサのいつもと
変わらぬ姿に家光もホッと安心した。見れば肌の艶も
良く、一皮むけたと言うのか女ぶりが少し上がって
見える。次に彼は隣の小さ目の布団に眠る娘を見た。
今までには見た3人の息子達より しっかりした顔つき
生後 半日以上過ぎてまた一段と可愛いらしくなって
いたのだ。元々 家光の母は戦国一の美女と言われた
お市の方の娘である。俗に女の子は父親に似ると言う
からお市の方の血を引いていても不思議ではなかった。
「可愛いい姫じゃなぁ」第一声がそれであった。
「はい」 答えるチサも女達も、もちろんお万の方も
嬉しそうに頷く。 家光はその後もお七夜を迎える
までに2回 チサと娘に会いに来た。
そのお七夜に名前が決まり、大奥でのお披露目がある。
チサはまだ産褥にある為 乳母の正子が姫を抱いて
代行するのだった。チサの子の名は愛姫(いと姫)と
名付けられた。家光の第一声が(可愛いい姫)と言った
のが考慮されたのかも知れない。
「愛姫 いとしい姫 愛ちゃん」チサはつぶやく。
いい名前だった。この日からチサは中臈ではなく
お部屋様(もしくはお腹様)になる。そうなると今まで
同居していたお万の方の部屋からでなければならない。
お万の方の部屋は長局の右角にあり、続いて年寄り
和島の部屋 姉島とお里沙の部屋 二つおいて花岡
続いてお玉と徳松の部屋 他にもいくつか部屋があって
左角は亡き春日局が使っていた部屋があった。
お万の方は年寄り達と相談し、局が世話親だったチサを
入れる事にする。隣部屋は年寄り仲里でついでに
今まで四人だった年寄りを一人増やし、五人にする事に
した。元々五人だった年寄りの一人 波野はお夏の方に
ついて天樹院館に行った為 四人になっていた。
そこでお方様はチサと親しいお客会釈の梅山を年寄り職に
して仲里の隣の部屋を与えた。一の側の中ほどにある
お玉の方 花岡達に対する牽制とでも言おうか、、、
愛姫が生まれて3週間後 チサは元いた局の部屋に
娘と共に戻って来た。
続く。