チサの出産 そして
「まあーこれは」チサはびっくり仰天 頼んだ物が
その日の内に届くなんて、、、
「上様よりおチサ様にお下げ渡しになりました」と役人
「ええっ私に、、それは恐れ多いことを」これでまた
他の人々のやっかみが増えると思いもしたが実際
椅子があると助かる。早速 かけて見て「ああ~いい
ちょうどいいわ。腰が楽」と 立ったり座ったり満面の
笑みを浮かべる。現代なら家庭に椅子があるのは
しごく当然のことだが、当時の大奥には置いてなかった。
チサは久しぶりに座る椅子の感触が懐かしかった。
「上様にお礼の文を」と思い付き、丁寧なお礼の言葉の
端っこに椅子に座る自分の想像図をちよっこっと認める。
後でこの文を受け取った家光は満足そうに微笑んだ。
文に挿絵を入れるいつものチサらしいと楽しくなった。
チサの予想した通りこの事はすぐに、大奥雀の噂になり
「思い上がり者めが」と 眉をひそめる年寄りも多かった。
お玉の嫉妬は火に油を注いだごとく燃え上がり、怒りの
炎で椅子を焼き、または椅子の足に切り込みを入れて
転ばせてやろうか等を思い付く 心底恐ろしい事を
考えつく女だった。だが北の御部屋の内にある物では
手も足も出ない。それがまた腹立たしく俗に言う
ヒステリー状態 母親の苛立ちは子も敏感に悟り
徳松はよく腹を下し水のような便をした。
泣き声も弱々しく首の座りも遅い。お玉はヤッキに
なってお匙や乳母に当たり散らし、又も高僧や名僧と
言われる人々に徳松の健やかな成長を祈らせた。
お万の方はチサが下しおかれた椅子を見て眼を細め
「これは立派な物ですね」 お方様も異国の人達が
椅子にかけて食事を取ったり仕事をすると言う事は
知識として知っていた。「はい お方様 私は絵に
書いて、椅子は木で作れるから作って頂きたいと
頼んだつもりなのですが、その日の内に上様から
これが下しおかれました」 「そうですか。上様の
お優しい御心が丈夫な子を産めと申されているような」
「椅子に腰掛けると立ち上がる時も無駄な力が入らず
足も楽なのです。お方様 私 これは私だけの物に
せず、この後 この部屋を使う人達に残して置いたら
いかがな物でしょうか」 「上様がそなたに下しおかれた
物にか」 「はい いけないでしょうか」 「上様の御心も
配慮せねばなるまいの。それより今は元気な御子を
産むことに専念せよ。椅子の事は後で良い」 「はい」
まさにお万の方の言う通りだった。その2日後
伊豆守からチサの子の乳母が決まったとお方様の元へ
知らせがあった。それは旗本 井原成十朗の妹で
嫁ぎ先で二人目の男子を産んだ後 主人に死に別れていた。
嫁ぎ先の家は長男 次男共に家に残し母である妹を
実家の井原家に帰して来た。もともと姑との折り合いが
良くなかったのである。正子という言うその女性は
二人の子を産んだとは思われぬような若さと品の良さを
感じさせた。
続く。