お玉の懐妊 そしてチサ
「若君 楽しみに待ちましょうね」 お楽が言うと竹千代は
「いつ産まれるのじゃ 早ようせい。早く見たいぞ」と
子供らしい性急さに周りの大人達は笑ってしまう。
こうしてチサも胎児も順調に過ごし、その年も暮れて
行った。大奥では年に2回畳替えをする。煤払いが
済んだ翌日 いっせいに畳替えをするのだが、畳師が
百人以上も来るのでおよそ1時間ほどで、さしも広い
大奥も青畳のいい匂いに代わるのだった。
畳替えが済むと御三家や大名からお歳暮の品が
たくさん届く。局部屋には主の階級や人数により
分配されて届くが個人当ての物もあり、大奥の第一人者
お万の方に加え、ご寵愛第一とされるチサがいる
この部屋には積み上げるほどの品々が並べられた。
御三家からも尾張からは鯛の粕付けや鮎 柿や雁 鶴
等の肉類 紀州からは名物蜜柑をはじめ鯛 樽酒
水戸家からも鯛と酒 その他各大名からも鱈やむし鰈
干しナマコ 鰹節 鴨 鮭に至っては塩引き 甘漬け
干物といろいろあるが、実家に送るという当ての無い
チサは部屋の女達に全部分け与えて喜ばれていた。
そのお歳暮や畳替えの少し前 チサは妊娠5ヶ月目に
入り、腹帯を巻く時期になった。本来ならここで
北の御部屋に入るのだが、今そこには来月 予定日を
向かえるお玉がいる為 そのまま正月を迎える事となる。
帯を巻くと一段と妊婦らしくなり、落ち付いて来ると
思いきや チサの場合は良く食べ、散歩は欠かさず
部屋の掃除にまで手を出そうとするのを、およの達は
必死で止める。大事な 大事なお身体に障ったら
どうなさいます。と 恐い顔「だって退屈なんですもの」と
暇を持て余していた。やがて毎日のように行事が続く
忙しい正月も明けた1月の上旬 お玉はめでたく
男子を出産 花岡達も歓喜に咽んだ。これでチサの産む
御子が男子であっても年長として扱われる。
お玉はやっと胸のつかえが下りた。数多の高僧に
頼んだ甲斐があったと言うべきか、、、
北の御部屋が空いたとはいえ、チサはすぐには
その部屋に移るのがためらわれた。それはおよの達も
今では我が娘が懐妊したかのように喜んでいる梅山も
同じ考えだった。今までことごとくチサを敵対視して
いたお玉である。何か怨念のようなものが篭っている
かも知れないとおよの達は言うのだった。
お玉が高僧達に祈祷を要請していた事は周知の事実で
ある。そこでおよの達 梅山 そしてお万の方の侍女
雪野までが協力してある夜 ひそかに北の御部屋の
厄払いを頼んだ。お万の方は立場上 見て見ぬ振りをする。
お方様にとっても、妹とも思うチサの身が心配なのは
無理もなく、お方様も持仏に手を合わせて無事な出産を
祈られるのであった。その秘密の厄払いも済んだ2月の
初め チサはおよの達と共に北の御部屋に移った。
続く。