お玉の懐妊 そしてチサ
思えばお楽とチサがより親密になったのはこの歌合わせで
お楽の代理を務めたことからだった。
今 二人は和歌の方もそれなりに上達し、それぞれに
趣がある一首を披露していた。「思い出しますおチサ様
あのおり、おチサ様のお助けがなければ私はどのように
恥をかき、惨めになったでしょう。月を見上げて
成す術もなかった私 事前にお局様に教えて頂いた歌を
すっかり失念してしまったのです」その局も今は
この世にいない。チサやお楽にとっては厳しく懐かしい
人だった。今月光の中に仲良く並んで座る二人を見て
局は何を思うのだろうか。全ての歌の詠み上げが終わり
優秀な作者には、お万の方から褒美の品が渡される。
それを眺めながらお楽は「お局様もきっと 見守って
下さるはず、おチサ様 元気な御子をお産み下さい
若君も待っていらっしゃいます」お楽の言葉は静かに
続く。「この頃 貴女様があまり来られぬゆえ、チサは
どうしたとお尋ねになりました。本当におチサ様を
慕っておられる」と優しく微笑み「私がおチサ様は
お母上になられるのですよ。御子様がお腹におられる
のですと申し上げると、それは喜ばれて竹千代に
弟が産まれるのかとお尋ねしたなりました」
「まあー若君が」聞くチサの胸も温かくなる。
現実には弟君 長松がいるのだが離れて暮らす為
兄弟という感情がわかないのだろう。
「まだ 弟か妹かわかりかねますが、若君が待って
おられるなんて嬉しいこと 弟君はすでにおられます
から妹もよろしいですね」と チサは嬉しそうに微笑む。
それを聞くお楽もおよの達 側近くにいた年寄り
何人かは耳に入り、みな不思議そうな顔をした。
側女なら男子誕生を願うのが当たり前の風潮だった。
しかしチサには毛頭 そんな考えはない。当然である
チサの中身は現代人 20世紀の人間なのだから、、
こうして月見の宴も終わり、観菊会 玄猪の祝い
冬至と進み、チサは目立ちはじめたお腹を抱えて
二の丸へと訪れたが、チサのそんな姿を見て竹千代は
ビックリ仰天 小姓の中には親類 縁者の中に
身篭った女を見た事がある者がいたが当然 竹千代は
初めてである。目を丸くしてチサを見る竹千代に
二人はにっこり「若君 若君もこうして母のお腹に
いたのですよ」と 聞かされ2度ビックリ
「竹千代が母上のお腹にいたのですか」 「そうですよ
若君 若君だけでなく人はみな母のお腹で育つの
です。おチサ様も佐和も吉松達も母も、みな母上たる
人のお腹にいたのです」信じられない様子の竹千代に
助三が「若君 私の姉上が前にこのようにお腹の大きい
時がありました。だんだんもっと大きくなって助三は
怖かったのですが、他の大人達はみな嬉しそうに
していました。そしてある日 姉上は男の子を
産みました。助三は見る事ができませんでしたが、
父上も母上もたいそう喜こんで、こんで助三に
甥っ子が出来たなと申しました」
「助三の姉上の子は甥と申すのか」 「はい 名を一朗丸と
申しとても可愛いいのです」 「可愛いいのか」
「はい 可愛ゆうございます」 何ともほほ笑ましい
二人のやり取りだった。
続く。