竹千代君毒殺未遂事件
だが その時は5日ぶりに出て来た小太郎に
彼の好きな金玉糖を食べさせたい竹千代だった。
どうしようかと戸惑う彼に「良いと申すに」と一つ
掴んで小太郎の手に乗せた。側で見ていた佐和は
「小太郎 若君の思し召しじゃ 有り難く頂きなされ」と
ニッコリ笑う 「はいっ」小太郎は嬉しそうに声を上げ
早速好きな菓子を口に入れた。ひと口飲み込み
ふた口目を食べた後 小首を傾け「お乳母様 いつもと
違う味がします」と言った。「はて そんな事があろうか」
佐和が進み寄って菓子を見ようとした時
「ああ~」と 小太郎が苦しそうに胸を掻きむしる仕草
「いかがした」と慌てる佐和や竹千代 そこへ駆け込んで
来たのはお松、、お松は「早う お匙を」と叫ぶと同時に
小太郎の背後に周り彼を膝に抱え うつぶせにすると
激しく背中を叩いた。苦しさに暴れる小太郎だったが
運良く ふたに目に食べたのは咽に残っていたらしく
胃液と共に吐き出した。その時お匙が駆け付け、
応急処置をした為 幼い命は助かったのである。
その頃には知らせを受けたお楽の方も慌てふためき
ながら駆けつけ「若君」 「母上」 「ご無事か」
「母上 小太郎が」と 小姓2人と半泣き状態
「大事ない 大事ない」と言い聞かせるお楽もシヨック状態
佐和は残った菓子を見て、もし竹千代君が食べていたらと
今さらながらに恐れおののくのだった。
これらの事はすぐさま内々に伊豆守やお万の方に
知らされた。伊豆守は人払いを願い 直接家光に次第を
報告し、早速 犯人探しの手を打った。
お万の方は知らせを受け青ざめたが竹千代の身には
障りが無いと知るとホッと安堵の胸を撫で下ろした。
それからその日は、差し迫った用事がなかった為
二の丸へお楽の方のご機嫌伺いに行くと言い出した。
急なことに不信がるチサ達に、もうすぐ来るお魂祭
(今で言うお盆)の事でお楽の方と打ち合わせがしたい
のだと言って雪野一人を共に連れて出て行った。
二の丸に着くと青ざめた顔のお楽の方が呆けたように
座っている。佐和とて同様 竹千代達もこの時ばかりは
神妙な面持ち お万の方が入ってゆくとお楽は慌てて
居ずまいを正し「お方様」 「そのまま そのまま」
お方様はお楽を制し竹千代に向き直った。
「若君様 ご無事で何よりでごさいました」
「竹千代は無事であったが、小太郎はどうなるのであろう」
小姓を心配する優しさにお万の方の頬は緩む。
「先程 お匙より知らせがありました。かの子供は
毒を食べた量が少なかったのと吐き出す等 適当な
処置をとった事により、しばらくは痺れなど残る
ことあれど命にかかわる事は無いと聞きました。
お松 そなたの早い手当がよかったからこそ、
あの子は助かったぞ」と お方様はお楽の側に控える
侍女に声をかけた。恐縮して手をつくお松に今 お楽は
気づいた様子で「まことに、、あまりの事に茫然として
しまい、、 お松 そちに礼を言わねば成らぬ。
もしや小太郎の身に大事あれば親をはじめ 若君も
みなもどれ程歎いた事であろう。礼を申しますぞ」と
頭を下げる。「滅相もございません。お方様 私めに
頭など、、、お松が困ってしまいまする。それより
お万の方様 ここはしっかりと何者の仕業か確かめ
ねばこれより先 心安らかにはおれません」
続く。