チサと伊豆守 中奥で
「そうでしょうね。男の世界ですものね。
でも 生活していけないのなら、家族を養っていけない
のなら何が男ですか。また そういう人達を生活できる
ようにするのが国を治める人の責任でしょう」
伊豆守はまた黙った。「寺小屋だけではありません。
侍は武術によって体を鍛えているでしょうから、
火消し団のまとめ役等もいいのではないでしょうか。
今でも火消しはいるでしょうが、それを役人をつけ
組織化して全国的にしたらいかがでしょうか。
これから江戸の町は俗に八百八町というほど人が
集まって来て他に類を見ない位大きな町になります。
人が寄れば火事も起きます喧嘩も起きますから
取り締まる役人もたくさんいた方が良いと思われます。
私が知っているのは、昔 江戸には北町奉行所と
南町奉行所があって1ヶ月ずつ交代して治安を守り
奉行の下には与力とか、同心という人々がいたと
言う事 また火消しは八代将軍のは頃ですが
いろは48組の町火消しがいたと覚えています」
「ほう 48組も」 「後には火付け盗賊改め方という
専門の役所守できたはずです。そういう事を職を無くした
侍にして貰ったらどうなのでしょう」
「それは一考の余地がありますな」 「そうでしょう
とにかく刀を持っている浪人を野放しにしておくのは
危険だと思うのです」 「分かり申した。おチサ様の
申される事 胸にこたえることばかりでござる。
上様の為いや 万民の為にそれがしも老中達と協議を
致しより良い方法を考えねばなりません。あれも
これもとすぐには行かぬと存ずるが、良く話し合って
見ようと思う」 「ありがとうございます」
「これからもご意見 伺いたい事あればお万の方様を
通じてお越し願うやも知れませぬ」
「分かりました。私も話すことができて胸が楽になりました」
そこへ 先程の坊主が現れ伊豆守に何事か耳打ちした。
伊豆守は立ち上がり「所用ができ申した。本日はこれにて
失礼つかまつる」と チサに目をやりにこやかに笑顔を
見せて立ち去った。間もなくお万の方が静かに現れる。
「お話はもう済みましたか」 「はい ありがとうございます」
「では奥に戻ることにしましょう」 何があってのかと
聞かないお方様はやはり素晴らしいお人とチサは嬉しく
なった。その日から半年くらいたったある日
伊豆守よりチサに会いたいという知らせがあった。
前回のようにお鈴廊下に近い控えの間でまっていると
「お待たせ致した」と 伊豆守が入って来た。会うのも
4回目となると緊張もほぐれ、チサも
「どう解決なさいました」と 親しげに尋ねる。
「あの後 我等老中 若年寄り等と協議致し禄を失った
者の扱いをいろいろ考えてござる。おチサ様の申される
通り、寺小屋の件はまことに理にかなった事と
みな一致いたし上様に上申 申し上げ順次取り計らう
所存でござる」 「まぁ それはよかったこと」
「それと火消しの件でござるが、それも急ぎ制度をまとめ
今まで大名 旗本の屋敷を中心にしていた火事見回り
の者達を新たに増員致し、しかる後に町火消しの頭を
定めて指導する事にしもうした」
続く。