春日局の死 その後
「さようでござる。お局様が申されたのは我が身
亡き後 大奥を任せられるのはお万の方より
他に無い。チサの事もよう頼んでおいて下され
とのお言葉でござった。聞けばお方様とおチサ様は
さながら姉妹のように御仲睦まじいとか」
「そんな事までお局様はご存知でしたか」
「チサにもお方様の立ち居振る舞いを少しは見習って
欲しい等と言っておられました」 「まぁ」お万の方に
とって聞くのは二度目とはいえ、心外な気もする。
お方様が大奥に入ってから何かにつけ、姑のような
目付きで見 口ではきれい言を並べていても決っして
心を許してはくれなかった局がいったいどうした事で
あろうか。人間 死を目前にするとそんなに人が変わる
ものなのか。訝しげなお万の方に伊豆守は冷や汗
吹きでる思いである。もとよりこれは彼自身の造り言で
あるからお方様が不思議がるのも無理は無い。
局のお万の方に対する反目を良く知っていた伊豆守で
あった。しかしここは何としてもお方様に納得して
貰わなければならない。「それゆえ お局様は
気掛かりな大奥の事 おチサ様の事をお方様に託して
いかれたのではございませぬかな。ご生前お方様に
対するとかくの噂は、この伊豆も聞いておりますが
心の奥底ではお方様の人柄を良く見抜かれて
ひそかに心頼りにしておられたのでは無いかと
推察する次第でござる」と 言いきってじっと
お万の方の澄んだ瞳を見つめた。真剣な伊豆守の言葉に
お万の方も半信半疑ながら頷かざるを得ない。
「分かりました。チサの事は私が引き受けましょう。
お局様亡き後 誰か年寄りの部屋を決めねばと
考えていましたが、こなたの部屋で預かりましょう。
して 中奥へ御用のたびチサを連れて行くのですか」
「いや それはおチサ様次第でござる。あのお方が
みどもに用事がある時にお連れ下され その事柄に
よればお方様にも、お助け頂かなければならない事も
多々あると思われます」 「分かりました」
「お引き受け頂いて有り難く存じます。実はこの件
無理では無いかと案じておりました」
「なぜですか。 チサとこなたは姉妹のようなと伊豆守様は
申されたではありませんか」 「それはそうでござるが
何しろ身分違いとはいえ同じ、、」とここで 言葉を切る。
続くのはご侍妾同士でござるからとでも言いたかったのか。
ここでお万の方はホホッと爽やかに笑って
「そうですか。 でもそのご心配は無用にございます」
「えっ」と 不信げな伊豆守にお方は答えずにっこり笑った。
どこか淋し気なその笑顔だった。
続く。