春日局の死 その後
一同シンと静まる中家光は「さて 春日亡き後の大奥を
まとめる者がいる。それを決めねば成らぬが、わしは
その役目 お万に任せようと思う」と 言うので
お万の方は驚く。美しい顔を曇らせ家光を見上げた。
本来ならばこの役目 お世継ぎの生母 お楽の方に
なるのが準当だったからだ。しかし家光は
「これはわし一人の考えでは無い。春日の遺言でも
あるのじゃ」と言う。聞いてみなは一様にアッと息を
のむ。驚きで座は水を打ったように静まりかえった。
生前 敵対視していたお万の方に春日局が大奥を
託すとは思いも寄らなかった。
「春日の申すには、本来ならばお楽に任すのが普通
なれど竹千代はまだ幼く、母が必要な年頃
大奥取り締まりとの兼任は可哀相ではないかとの
言葉であった。竹千代を元気に育てるよ事こそ
お楽に与えられた大切な役目と言うておった」
「お局様のお心ざし お楽は嬉しゅうございます。
お言葉は肝に銘じて」この時 お楽の方はそう言って
泣き伏した。事実 彼女は嬉しかったのだ。
出身が町家で身につく教養も少ない彼女にとって
大奥を統率する大任は気が重かったし、それだけの
力量もなかった。また そうなれば気位いの高い
お玉達の嫌がらせもあるだろう。それを見越しての
お万の方に後任をとの遺言 春日局はやはり一代の
女傑と言うべきかと誰もが思ったのだが、、、
ともあれお楽はホッと胸を撫で下ろすのだった。
お玉達にとってもお万の方の統率となれば
従わない訳にはいけない。堂上出のお万の方は
上臈でもあり、お玉とお里沙を大奥に呼び寄せ
奥向きの行儀作法を教えたのはお方様であったからだ。
チサもまたお万の方には大賛成 慈悲深く優しい中にも
凛とした人格のあるお方様ならきっと大奥を正しい
方向に導いて行けると思う。
「わしもそちならばこの大任 立派に果たせると思って
おるぞ」 家光はお万の方の不安を取り除くように
きっぱりと言い、さらに声もなく平伏すお方を前に
「本日よりお万を春日同様と心得て、みな尽力する
ように」と 一同に言いおいて座を立った。
将軍をお鈴廊下にお見送りした後 一同は元の座敷に
戻って、今度はお万の方の就任の挨拶が行われる。
お楽の方はじめズラリと居並ぶ奥女中達を前に
お方様は途方に暮れたように口を切るのをためらって
いたが やがて「このたびの事は こなたにとって
思いもかけなかったことゆえ 何としてもお断りする
べきであるが、他ならぬお局様のご遺言とは、、」と
ためらいがちに一同を見回す。「何を仰せられます
無用のお気遣いはなされますな。我等にとってお方様の
ように若くしてご人徳 ご教養も備えたお方に
取り締まり頂ける事は有り難きことにございます。
本日よりお方様のお指図に従って諸事執り行う事に
誰が不満を申しましょうや」と 奥女中を代表して
お年寄りの筆頭格 和島が言うとみな同感し深く頷いた。
続く。