チサは過去の世界へ
「あの~ お聞きしたいのですが」 だが チサの姿に
気づいた彼女達は突然 「キャアー」と 物凄い悲鳴を
上げた。 「あの~ ここは何処」 言いかけるとまた
悲鳴を上げてお互いにしがみついて震えている。
そんなに驚かしてしまったのかと不思議に思ったその時
「何事じゃ 騒々しい」と 声がして50年輩の
これまた 時代劇の老女風の人が現れた。 女達は
救われたように 「あれ旦那様 あそこにあのような」と
震えながらチサを指さす。チサにはなぜ自分を恐ろしい
物でも見るようにしているのか分からない。
旦那様と呼ばれた老女もチサを見て驚いたようだが
年長らしく落ち着いて「そう 驚く事もない。見れば
若い娘ではないか。姿はちと 異風体じゃが」と言って
チサを手招いた。「こりゃ そちは何者じゃ もそっと
近う来やれ」 聞いたチサが今度はびっくり仰天
先程の女達と言いこの老女と言い、とても芝居とは
思えないのだ。頭にカァーッと血がのぼり眼がかすみ
身体中の力が抜けた。 「ここはいったい何処なの」
つぶやき ふらふらと気を失ってしまった。
しかし 気を失ったのはほんのしばらくだったらしい。
間もなくチサは女達に抱えられて部屋の中に、、
どうやら布団の上に寝かされた時 ハッと気づいた。
老女も女達も心配そうに、それでいて珍しいものでも
見るようにチサを覗き込んでいる。 「ここは」
何処なのですかと聞いたつもりが言葉になって
いなかった。口の中に熱い物でも投げ込まれたように
乾いて声が出ない。すると老女が「見馴れぬ顔じゃが
そちは何者じゃ なぜ庭に隠れておったのか」と
尋ねた。チサは 今はもう何が何だか訳が分からなく
なってただ オロオロと辺りを見回していた。
するとその時 「旦那様 もしやこの人はあの松島様の
おっしゃっていた娘ではないでしょうか」
先程 春江と呼ばれた年かさの女が言った。
「おおそうか そうであったな。それでこの大奥に
訪ねて参ったのか」 (ええっ 大奥って)チサは
我が耳を疑った。 しかし老女は続けて「しかしそれは
困ったのう 松島殿は先日 急な病で亡くなられた。
これ 娘 そなた松島殿を頼って来やったのか」
尋ねられても答えることが出来ない。周囲の異様な
雰囲気に気を呑まれてしまって、頭の中はこんがらがり
フイに涙が突き上げて来た。それを老女は松島という
人が死んだと聞いたものと勘違いしてしまい
「憐れよのう 松島殿の国元は遠国と聞いておる。
そなたが出てくる前に知らせは届かなかったのか」
「確か 松島様のお国は肥前長崎と覚えまする。
我が国の一番南とか聞き及びました」 春江が
賢しく口添えする。もとより春江も老女もこの場に
居る誰もが肥前という名は知っていても、それが
江戸からどんなに離れているか我々が東京と長崎を
考えるだけの力は無い。彼女達にとっては京の都で
さえ遥か遠い所であった。
続く。