第36話・反省会と称したそれ以外のナニカ
「反省会をします」
家に着き、茶が人数分用意されると正宗がとちくる…いや、世迷い言をほざいた。
「はんせいかい?」
「さっきコジロウに反省させたからもう良いんじゃない~?」
「我らに省みるべきことなど何一つ無いと思うのだが」
いや、別に正宗に同調するつもりはないが、それにしたってお前ら図々しいにも程があるだろう。反省の色が無色透明に染まっとるわ。
異世界統合の意思、とやらをどうにか撃退した形とした後、俺達は取るものも取りあえず、俺の部屋に集合していた。といって他に行く当てがあるわけでもないのだから、何かしら選択した結果というわけではないのだが。
常識人の俺からしたら、出来の良い自主製作映画の撮影風景でも見てたような気にしかならなかった現場を後にし、道すがら繰り広げられた光景といえばそれはまあ、賑やかな以上に金髪少女二人を伴う行程というもので、人目をひくこと夥しかったわけだ。
女三人寄ればなんとやら、と言うが何が珍しいのかあれは何だこれは何だとクソ喧しいグリムナに、先輩風吹かすシュリーズがいろいろと間違った知識を吹き込み、それをいちいち正宗が訂正して俺とラジカセは他人のふりを決め込むのみ。
さてそんな三人連れも、傍から見ている分には楽しげだが付き合わされるというか、ひっかき回される形だった正宗にはさぞかし疲労が溜まったことだろうて。何度か「あんたも混ざれ」と視線で告げられながらもテキトーにそれを無視していたから尚のことだろう。
「あたしは観光ガイドでも保育士でもないんだからぁぁぁぁっ!!」
だから部屋に入るなりそんな叫びをあげた気分というのも、非常によく分かる。何せ親父相手に毎度そんな気分になっているわけだからな。
「他人事みたいな顔してんじゃないわよ、小次郎もっ!」
矛先がこっちに向いて来なければ、完璧な仕事だったのだが。
「ああ、まあそう言うな。正宗はどちらかといえば我々を見守る母親のようだったからな。それが悪いというわけではないが、我らに引き回された姿というのも、共に時を過ごす者として親しく思える。私はそれが嬉しいのだ」
「う…、そう上手いこと言って言いくるめようったって無駄だからね!」
とは言いつつ、照れているのが丸わかりなのだ。まあこれはシュリーズでなくとも可愛く思えても無理はあるまい。
「家主殿、顔がニヤついておる」
「…おめーは後ろに目でもついてんのかよ」
顔の前に掲げたままでいたラジカセが、呆れたように言ってきた。
別にそんなつもりは無かったので、殊更にそっと、足下にコイツを置く。何せここで乱雑に扱おうものならまた「照れ隠しか?」とか余計なことを言われる羽目になる。
「………フッ」
…のだったが、何か鼻で笑われたので軽く踏んづけておいた。
「それでマサムネは~、何で反省会とか言い出したの」
何故かシュリーズに頭をなでられてもじもじしている正宗を見ながら、グリムナが言う。
そもそもコイツらがそんな反省などとゆー殊勝な真似をするはずもなかろうが、確かに非を鳴らす、って程で無いにしても、何かしら物事を振り返って見るようなことを促すのは、正宗の気性にしては珍しい。
「何でも何も、自分たちのやったことを思い出してみてよ。大体ねー、シュリーズが最初から自分の事情全部明かしてくれればこんな面倒なことに…どっちみちなっていただろうけど。それからグリムナさんだってもっと前から事情知っていたんでしょ?だったら早く出てきてくれればあたしたちも苦労すること無かったと思うんだけど」
バンバンとちゃぶ台を叩きながら糾弾してみせる正宗。茶がこぼれるので大概にして欲しい。
広いとは言えない我が家の居間は、男女四人のうち女三人がちゃぶ台の席を占領し、俺は隅に追いやられて仕方なく学習机の椅子を持ってきて座っている。いまだにケツの痛みが取れないので、まあ丁度良いと言えなくも無い。
「ふむ、であれば我に咎は無いと言えよう。事の次第を明かすには主の判断が要るし、最初から事態に参加はしておったからな」
「ラジカセの人は何の役にも立ってないじゃない」
「ぐはっ!」
正宗に的確な指摘を受けて足下でラジカセが悶えていた。が、少し震えてから一応反論を試みる。
「だ、だがラチェッタ嬢を呼びだしたのは我が力に依るものであるし…」
「だってラジカセの人ってシュリーズから分かれた一部みたいなものなんでしょ?ならそれってシュリーズの力ってことになるじゃない」
「ぐぬぬ…」
なんか正宗はラジカセに対して妙に手厳しい。というか今日のやり取り見てたりするとラジカセが正宗に懐いているみてーで、部分的に微笑ましいというか大変よくお似合いというか。
「…そういやさ、ラジカセが空飛んでラチェッタを呼びだしたのってどーいう仕組みなんだ?なんかデカイ音がしてビックリしただけだった気がするんだけどよ」
話がグダグダになりそうな空気だったので、気になっていたことを聞いてみる。
シュリーズが変態するのは大体分かったが、話に聞くこいつらの力ってのは見えない部分が少なからずあって理解が進まないのだ。
「ああ、あれは難しい話ではない。認識を換える力、といってもそれが発揮されるのは余人の認識が主体である我らに向いている時に限るから、周囲の人の認識をこちらに向けるためにやったことだ。そうすれば認識の連鎖によって目的とする相手にこちらの意図を伝えることが出来るのだ。簡単に言えば『ここに居ます』という情報を伝言してもらっているわけだな」
「なるほど。便利っちゃあ便利だが、その度にいちいち騒ぎ起こされたらたまったもんじゃないがなあ」
「あの時はうちが意図的に周囲の認識逸らしていたからね~。そうでもしなければラチェートゥングゥアリュスを捉まえられなかったでしょ~ね」
…あの人気の無さはやっぱりおめーのせいか。
「なんでそんな真似を?」
「ん~?シュリの動きは追っていたけど裏に何があるのか知る必要あったもの。シュリには悪いけど今回囮になってもらった形ね~」
「姉上…もう少しやり方というものを考えていただきたい。あわや取り返しのつかないことになるところでしたのに」
「っていうか、グリムナさんっていつからシュリーズのこと見張っていたの?」
「えっと、コジロウとシュリが会った頃かな~」
「ほぼ最初っからじゃねーかっ!」
「そう目くじら立てないでよ~。門をくぐってこっちに来てシュリを見つけるのだって苦労したんだから。シュリも目立っていたから追いかけるのは簡単だったけど~」
苦労したとは言うが、この日本で人一人見つけ出すとかイロイロ半端ねーな。どーいう真似をしたんだか。まあラチェッタもシュリーズを見つけられたってんだから、理屈はともかくそういう事が出来る連中だと納得するしかあるまいて。
「はーなーしーがー脱線しーてーる!それにグリムナさんだって結局危ない真似しているんじゃない。反省するところでしょ、それは」
「いや正宗、反省だとかそういうことではなくそもそも我々に省みるところなど無いという話なのだが」
「その自信がどこから出てくるか分かんない。小次郎も何か言ってあげてよ…一番被害受けてる立場でしょ」
といわれてもな。最早迷惑だのなんだのいう段階とっくに通り越して諦めの境地に辿り着いているわけなんだが。かといってそう言うと増長するのが目に見えているので口にするつもりも無いが。
なので、一番丸く収まるというか無難に片付けるつもりで、
「今更それを言っても始まらねーだろ。大体おめーもそこそこ楽しんでいるだろ。こいつらに反省とか無駄なことさせても疲れるだけだろうから、状況を楽しんどけ」
…てなことを言ったら、一同ポカーンとしていた。
諭された正宗が驚いているのはまあ理解出来るとして、調子にのると思われたシュリーズにマイ妹原理主義者なグリムナまで呆気にとられているのは意外に過ぎて、我ながら何かズレたことを言ってしまったのかとつい自分の発言内容を思い返したのだが。
「…俺何か変なこと言ったか?」
しかしどー考えても変なことを言ったとも思えず、驚愕というよりドン引きという空気にいささか仰け反りながら聞き返す。
「い、いや変なことというわけではないのだが…その、そう諦観されても何か物足りないというか…」
「うむ、てっきり家主殿は我が主の無軌道な所作へツッコミを入れることに無上の喜びを見出していると思っていたのだが」
「あたしも別に迷惑だなんて思ってないけど、小次郎がシュリーズに振り回されているのを見るのは愉快だったから、ちょっとつまんない」
「好き勝手言いたい放題だなてめーら!」
一体俺はどう見られていたんだ。
「で~ま~、そういうわけだから、反省なんかする理由も必要もないでしょ?コジロウが納得するならね~」
「う、うん…小次郎が困らされるだけなら実害も無いし…ね?」
「おい上手く誤魔化されつつあんぞ。精神的な害には目をつむれても即物的なモンはそうはいかねー」
「ソクブツテキってど~いう意味ぃ?グリムナちゃんわっかんなぁい~」
あんた確か換算して十八歳だろうが。言動が痛々しいを通り過ぎてムカつくレベルになっとるわ。
外見年齢から想定すればむしろピッタリだがな…と言おうとして自重した。これでも俺は学習することには定評があるのだ。
「…姉上、いくらなんでもそれは歳を考えた方が良いと思うのですが……」
と思ったら妹に直球で指摘された。怖いもの知らずなヤツだとは思うが、グリムナも妹には甘々なので多少苦笑いしただけで終わっていた。
その隙にスマホを取り出して目的のアプリを起動。最後の記録が今日の昼飯だから…と、うーむ改めて見ると結構洒落にならん数字になりつつあるような…。
「小次郎、話の途中なんだからスマホいじらないの」
「話に必要だから弄っているんだっつーの。ほらよ」
と、椅子から立ち上がって正宗に画面を突き付ける。
「…何これ?」
「ここ一週間の家計簿だ。前の週との比較を見てみろ」
「家計簿って…細かいことやってるのねー」
「自分で一家の財布管理する身になってみろよ。この手のアプリのありがたさが身に染みるぜぇ」
なんかアレなことを言われたが気にしない。ウチは特段裕福でもなんでもないのだ。月予算の残高を考えないで運営する余裕なんぞこれっぽっちもない。
「アパート経営の分は別勘定だから入ってないけどな。それでも見てみれ」
「…うーん、数字だけ見たら確かに前の週からは…三倍?」
「主に食費だけでな。俺が慎ましくしてきたところをシュリーズ来てからいかに掻き乱されているか、分かるだろーよ」
単純に人が一人増えて二倍になるわけではない。食費なんぞ自炊してりゃあ一人分程度で負担は大して増えない。それが二倍どころか三倍にもなろうってんなら単純に、食う量が増えたっつーことだ。
そしてその原因となるのは。
「………わっ、私のせいかっ?!」
しかないだろう。
「言いたかないけどな、高校生男子よりもはるかに食費の嵩む女子ってのは珍しいぞ。いや好き勝手に食わせていた俺にも責任はあるけどよ、これは充分反省の要があるんじゃねーのか?」
「小次郎、あんまりそう追い込まなくてもいいんじゃない?シュリーズだって初めて見るものばっかりで珍しいんだろうし」
「おめーにだって責任はあんだよ。そりゃ晩飯は何度か世話になったけどな、朝飯を毎度ウチで食う必要はねーだろうが」
「う、それを言われるとちょっと…」
実際正宗の持ち込みで晩飯を賄うことも少なくないのである。そのこと自体は感謝するのだが、ただその費用は結局宮木家の家計から捻出されているわけであり、炊事の腕前はともかく正宗は案外そういうところが無頓着で、三回に一回は隣家の財布に遠慮して固辞しているのが実際のところだ。
そしてそういう俺の気遣い的なものが正宗には通じないので、こいつはウチで朝飯を遠慮無くばっくばく食うのである。この際そこらの機微についても叩き込んでおく良い機会だった。
「だ、だがな小次郎。私自身の食い扶持については自分で稼ぐと決めたではないか。今はまだ無為徒食と誹られてもいずれはお前を養うことさえ可能になるものと…」
「昨日の有様で順調に就職活動出来ていると言うならな?」
「あぅ…」
あと俺は居候に養われるつもりもない。というか、稼ぐということを簡単に考えているシュリーズはやはり、立場的にお姫様気質が抜けていないんだろう。
「…さっきから黙って聞いていたら、コジロウはシュリに働かせてヒモ生活をするのがお望みなのかしら~?」
おい。どう聞いていたらそういう結論になる。
「ヒモなんつー卑俗な物言いにも通じているようで頼もしい限りだよ。俺はてめーの食い扶持くらいてめーでなんとかしろ、つってるだけだ。大体今日から増える居候本人が他人事みたいに言ってんじゃねーっての」
「あらあら。コジロウも立場というものをもう少し弁えた方が良いんじゃなくて~?出自を考えればうち達はかしずかれて当然の立場というものよ?むしろ率先して居食を奉るのが筋というものじゃないかしら~」
…何と言うか突っ込みどころ満載であらせられた。いやまあ本気で言ってるわけじゃないんだろうけどさ。
「いや、姉上の分くらいは私がなんとか…」
「だからおめーはまず実績作ってから言えっての」
「………」
なんかもう涙目になっていた。ほんっとこいつは時々メンタルが豆腐だな。また嘘泣きかましているだけかもしれんけどよ。
「コジロウ?シュリをま~た泣かせた?」
「こんな狭い場所で武器振り回すなっ!…ってか、保護者来てからシュリーズも弱い立場を主張するよーになって扱いづらいったらありゃしない。おいグリムナ、おめーもいいように使われてるだけなんじゃねーのか」
少し辛辣に言ってやったらむしろ「むしろ望むところよ~」と胸を張られた。妹可愛がりもそこまで到達したらいっそ清々しいわ。
「…まあそれは当面期待しないでさておくとしてだな、シュリーズも嘘泣きで男を操ろうとか悪女の真似事も大概にしとけよ。狼少年って話知っているか?普段から嘘ついていると本当にヤバい時に信用されないんだぞ?」
「うむ、嘘泣きは確かだがな」
認めんのかよ。
「…だが、その狼少年、とやらの心配はしていない」
と、正宗が差し出した湯飲みを受け取りながらどこか鷹揚な態度でシュリーズは深く頷く。
「はい、小次郎も」
「…さんきゅ」
いつの間にか煎れられていたお代わりの茶はまあ、朝沸かした湯だったから温めで乾いた唇にはちょうどよく、一息であおってシュリーズの次の言葉を待つ。
だが、胸の前にある背もたれに腕をのせて聴き入る俺を焦らすように、シュリーズは湯飲みを両手で持って一口喉を湿らす。
「美味いな」
そして本当に満足そうに、ホッと息をついた。
それから言葉を選ぶように思案していたが、自分に集中している視線に気がつくと、スッと柔らかく微笑んで言葉を継ぐ。
「…他の誰でもなく、小次郎であれば、私がどんな状況にあっても信じ、救いの力を尽くしてくれることに疑いは無いからだ。私にはそれで充分だ」
………………。
………って、おい。
いや、そのなんだ。要約するとそれはコイツはどんなバカやらかしても尻拭いしてくれると言われているわけなんだが、なんで俺はこうもホッとしているんだ。
それは他の二人にしても同様なのか、グリムナはニヤニヤと、正宗はほっこりとしているのが余計に腹立たしい。
「…チョロいな、家主殿」
「やっかましいわ!」
なもんだから、この場はむしろラジカセの軽口も俺にとってこそばゆい空気を変えるのに大変ありがたく、乱暴な物言いで乗っかっておく。
「あ?なんだおい、おめーにとって俺はそこまで簡単で扱いやすいヤツだってか?おいおい、安く見られたもんだなァ。こいつは明日から扱い方も考え直さないといけねーじゃ………」
「…ぷっ」
「…ふふ」
「…気に入られてるわね~」
……なんか、見透かされていて余計にムズくなった。
何なんだろうなー、この居づらい雰囲気。いや、それを喜んでいるっぽい自分自身を持て余す感じマックス。気分の整理がつかないっつか、何だコレ。本当によ。
思わず天井を仰いで嘆息。
なんか誤魔化された気がしないでも無かったが、そこまで言われてこれ以上本気で言い返す言葉を俺は持ってない。
シュリーズがこういう時に言う言葉はいつだって本気だ。このアホが本気で言う時は何があってもそれを違えることを嫌う。
だからまあ、俺もその信託に応えることを、口にこそしないけど実践したいと思うのだ。それは凡そ俺の育ちによるもんだろうけれど、そんな自分であれば良いなぁ、くらいには思ってきたのも事実だ。
「ああもう分かったよコンチクショウ。取り立てて要求はしないがシュリーズは早めに稼ぎの手段見つけること、それまで飯は家計の負担にならない程度に自重!グリムナはシュリーズと同じ部屋に突っ込んでおくが、こっちもなんとか稼ぐ手立てを探せ。正宗は…まあいつも通りでいいか」
どうせ放っておいたってこの迷惑姉妹の面倒見に来るだろうしな。
「家主殿、我は?」
「見ざる聞かざる言わざるを貫け」
「…我に死ねと申すか」
要らんことを言わなければそれでいいんだよ、てめーは。
との意図を言外に込めて踵でグリグリしてやる。意外に気持ちよさそうにしていたのが面白くなかった。
「あたしの扱いだけ適当すぎない?」
「正宗はそれで良いのだと思うぞ?小次郎だって信用しているからこその物言いであろう」
「…その通りだけど改めて言うことでもないだろ」
「んー、でもたまには言葉で言って欲しい時もあるかな。はいどうぞ」
と、期待に満ちた目で、手のひらを上に向けた両腕を突き出して何事かを促す。
「…おめーは今のままが一番だろ」
アホらしくなって、多少言い回しを変えてやっただけで済ました。
「まあ小次郎だしね。それくらいが関の山かな」
なのに満足した風なのが面白くない。いっそ心にも無いことを満載して褒め殺しにしてやろうかと思って三秒で諦めた。そもそも俺のアタマは正宗を正面から褒められる構造になっていないのだ。故に虚実いずれにしても単語そのものが出てくるはずもなく、ヤツもそんなことを期待してなどいるまい。
「………じー」
…してないよな?
いささかざーとらしい擬音も込み込みで、ふて腐れ気味に立ち上がった俺のことを見上げている。
それがどんなツラをしているのかっつぅと…正直よーわからん。いや、無表情とかそういうんでなくてだな。表情は読めても感情が読めないというか。
「あのさ、小次郎」
「んだよ」
「女の子の頭撫でるとか、あたし以外にやったらダメだよ?いいとこシュリーズくらいにしといて」
「………おう」
そんなことを考えていたらいつの間にかそのよーな行為に及んでいたらしい。無意識恐るべし。正宗の頭をくしゃくしゃしていた右手をじっと見つめて首を捻った。
「…家主殿のスケベ」
「むぅ、私も…いやなんでも」
「ひゅーひゅーぶあいつよー」
なんか一部おざなりで義務的にはやし立てられているんだが、別に変な意図があったわけではない。強いて説明すれば何かごまかそうとしただけだと思うのだが。
大体、俺の風体で女子の髪触りまくってたら通報もんだわい。
「うるせーよ。そろそろ時間も押してんだから今日のところは解散解散。正宗は自分ちに帰れ。シュリーズは自分の部屋片付けてグリムナ入れるスペース作っとけ。グリムナは…っと、正宗わりいけど布団貸してやってくれ。ウチの分じゃ足りねーわ。親父帰ってきたらなんとか調達すっからよ、それまでお前ん家の客用のでも…って、何か不満でもあるか?」
気がつくと三者三様の表情で見上げられていた。
シュリーズは何やら感心したように。グリムナは意外なものを見たように。正宗は…まあ割と見慣れたっつーか最近よく見るようになった、どっか満足したように。何なんだコイツら。
「んだよ。何か文句あるのか?」
「…文句というか。何だな、小次郎。お前は本当に、自分から事態を引き回そうとする時に生き生きするのだな。しかも指示に澱みが無い。ふむ、優れた指揮官としての資質には恵まれたようであるな」
「そうね~。かき回されて右往左往する性格かと思ったら意外だわ~」
「引っかき回してくれているのはお宅の妹さんなんですがねえ、主に。そこんとこどう思うんだよこの諸悪の根元」
褒められているとは思えない言われっぷりに思わず棘のある口調で言い返してしまう。まあそれを真に受けて深刻ぶるようなタチでないのが分かっているので、じゃれ合いみたいなもんだと承知はしているが。多分、この迷惑姉妹の方も。
「そこはほら、シュリの資質に呼応してコジロウの隠された才能が目覚めたとか、そ~いう感じで」
ドMに開眼したみたく言わんでもらいたい。
つーか。
「大体切った張ったと物騒な立ち回りが目立つけど、おめーらそういう世界観で生きているように見えないんだけどな!」
「それは何か、聞き及ぶ『やくざ』とかいうもののことか」
「むしろ発想がそっちに飛ぶ時点で平和ボケしているように思えるが?」
「戦争だとかそ~いうものであれば…まあ多分この世界よりは平和だとは思うわよ~、確かに」
「ふむ、戦なるものと我が国が縁のあったとなると、私たちの生まれる前に規模の小さいものがあったと聞く程度であるしな。諸国を見ても戦乱と呼べそうな時代は長く無い。悪いことではあるまい」
「まあそりゃ結構なこったな。だったら指揮官の資質だのそんなもん犬にでも食わせとけってーの」
「何を言う。我が祖リリィアの時代においてはそれこそ戦国の様相であったのだ。外つ世界の存在を知って人が大同団結した記憶があればこそ、それに倣って人は世界を穏やかに治めることを殊更に重くみているのだ。軍兵の仕儀を軽んじないこととてそれに通じる。ま、煙たがられていることは事実であるがな」
「…そういうのって、お前ら竜の娘には関係無いのか?」
「兵士として扱われているか、ってことかしら~?」
「それ以外に何がある」
「力が違いすぎて扱いにくいみたいだからね~。よっぽど危ないことでも無い限り、戦場に駆り出されることは無いでしょうね~」
「聞き及ぶに、およそ三百年ほど前だったか。周辺諸国が糾合し我が国を攻めたことがあった。もともと我が国は大きくはないのでな、当然衆寡敵せず、だったのが時の竜の娘が集結して対抗したことがあったと聞く」
「ふーん。どうなったんだ?」
「十名に満たない竜の娘の一団が、十数万の諸軍を蹂躙してあっさり戦役は終結したらしい。その後、我が国の周りで戦時に入ったという歴史は無い」
「それ、ただ物騒な団体があるから関わり合いにならない方が良いって放置されてるだけじゃないのか?」
「それの何が悪い」
…などと、ぎゃあぎゃあやってるのに正宗は相変わらずニコニコとしていた。で、何が楽しいのやら、と話を向けようとした時。
ぐきゅぅぅぅぅ……。
という、何とも緊張感の乏しい音が部屋に鳴り響く。
「………」
「…………」
「……シュリ?」
「わっ、私ではないぞ!!小次郎ではないのか?!」
「俺でもねーよ。大体この状況で空きっ腹抱えて抗議するなんざ容疑者は一人しかいないだろーが」
「しょ、証拠でもあるのか!無いというのであれば謝罪の証に小次郎手製の『ちんじゃおろぉす』をだな…今日の昼に食べ損ねた!」
「今の言動が立派な証拠だよ!ていうか放っておいたらまだ食うつもりだったんかい!」
「待て、誤解だ!これは…その、そうだ、誠意を。小次郎の誠意を示す場面だということだ!」
「逆ギレして誠意を要求するとかどこのクレーマーだおめーは!いいから吐け!『わたしがやりました』とな!今のうちに白状しとけば三日間飯抜きで済ませてやるわ!」
「それのどこが済ませてやる、になるのだ!私にとっては死刑宣告に等しいではないか!」
「三日飯抜いたくらいで死にゃしねーよ!空腹がイヤならとっとと仕事見つけて稼いでこいや!」
「な、なにおう…それが出来るのであれば先週の時点で何とかしている!」
「アグレッシブニートが威張るんじゃねー!」
「ちょっと、小次郎言い過ぎだよ。シュリーズだって好きでニートしてるわけじゃないんだし」
「ま、正宗…庇う態で追い打ちかけるのはやめてもらえないだろうか…」
「うん、まあシュリはちょっと箱入りに過ぎるところあるからね、少しは世間の荒波にというのに揉まれた方が良いんじゃないかしら~」
「姉上までっ?!」
「おーおー、とうとう身内にまで認められてしまったナァ。悔しいなら早いとこ身の振り方考えておけよー」
「こっ…こ、小次郎…貴様……覚悟を決めての発言であろうな、今のは!!」
「あ、なんだ?やるのか?やるならかかってこいよ、おめーなんか怖くもなんともねーぜ!」
「ようしよく言った!すぐに後悔させてやる!」
「って、お前武装するのはやめ…ちょっと待てここ部屋の中!せめて外に出て…」
「問答無用!」
言うや否や、例の鎧姿に自前の得物まで取り出して、天井をつつき回すのも構わずちゃぶ台を乗り越えてくるシュリーズ。
危うく俺は一太刀目を避けるとラジカセを広い上げ、盾にして後退する。
「…さっきのあれ、我が鳴らしたのだが。場を和ませようとしてだな…」
「そういうことはシュリーズに言えぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
もちろん聞く耳もたないシュリーズに散々追い回されたのは言うまでも無い。
そして二階のアナが仕事の邪魔すんなと怒鳴り込んでくるまで、その乱痴気騒ぎは続いたのだった。




