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竜戦士な居候との平穏な暮らし方  作者: 河藤 十無
5章・『異世界統合の意思』
37/40

第35話・荒ぶる妹、そして小さな勝利

 そう、奴がシュリーズに何ごとかを囁いたように俺には見えたわけだ。

 だがそれだけでああも苦しんでしまう理由がどうにも分からん。借金取りに返済残高を告げられたんでもない限りは。


 「冗談言ってる場合じゃないでしょバカ!シュリーズが…」


 悲鳴に近い正宗の叫び。

 だがそれに弾かれたように、ラチェッタが動く。


 「させるか!」


 レイピアを構えてマリャシェに駆け寄り、一瞬躊躇いはしたものの刺突を加えようとして、さっさと避けられる。流石にその身姿に対する攻撃は鈍ったのだろうか。


 【容赦がないな。きみ、この女は大事な人だったんじゃないのかい】


 「うっさいわ!あんたがマリャシェからとっとと出ていけば全部解決すんのよ!」


 【なるほど。でもぼくにそのつもりはない。で、そのぼくにきみは何をするつもりなのかな】


 「くっ…!と、とりあえずあんたをぶちのめしてから考えるわよっ!!」


 【困った娘だな。まあそのつもりであれば是非も無い。せいぜい付き合ってあげることにしよう】


 「黙れ!そのデカイ口をたたけなくしてやるっ!!」


 それはどう見ても頭に血が上ってつっかかっているようにしか見えなかった。ありゃ期待出来まい。

 いや今はそっちよりもシュリーズだ。

 俺より先に正宗が駆け寄っていた所に俺も走り寄る。


 「正宗、そっちは大丈夫か?!」

 「大丈夫じゃないわよ!シュリーズ、しっかりして!またさっきみたくなったらだめだからねっ?!」

 「そ、そうは言われてもこれは…あう……二人とも離れ…」


 両手を地面について苦しそうに呻いている。また鎧が異形へと変化を始めていた。俺は思わず一歩後ずさった自分に舌打ちし、


 「どいてくれ」


 シュリーズの肩に手を掛けて揺さぶる。


 「おい、お前アレに言い寄られて動揺していたな?けど今はそのパターンじゃないぞ?いいか、お前の今の立場は魔王に掠われるヒロインなんかじゃない」

 「ちょっと小次郎?!何をわけの分かんないことを…」

 「異世界に紛れ込んだヒロイン。ライバルの登場とピンチ。それから訪れた危機に現れた救い。そして遂に登場した悪の親玉を前にお前やることは一体何だ?チートな力を使って野郎を全力でぶちのめすという、そういう最っ高にクールな場面だろうが」


 ピタリと、震えていたシュリーズの肩が止まる。


 「BGMは…エアロスミスなんかでどうだ。強敵をたたっ切って、迎えた仲間と歓喜に満ちた生還を喜ぶんだ。それが今のおめーの役割だ。どうだ、出来るか?」


 俯いたままの表情は分からない。だが、再び震えだした肩には怯えや恐れの色はない。これは間違い無く…。


 「ふ、ふふ。小次郎、よもやここに至って我が至福をお前に示されるとは思わなかったぞ…そうだ、異世界に旅する私がすべきは…自身に降りかかる不幸を嘆くことではないッ……この、力を以て全力で…」


 そしていきなり立ち上がり、金色の瞳をラチェッタと対峙しているマリャシェに向けて吼える。


 「我が祖先から続く因縁に、終止符を打つことだっ!!」

 「大変よく出来ました。シュリ、受け取りなさい!」

 「応ッ!!」


 正面を見据えたまま右手を差し出したシュリーズの手に、竜の牙と呼ばれた剣が収まる。

 それを投じたグリムナは満足そうに佇み、シュリーズは一度その方を向いて互いに頷き合うと、雄叫びと共に奔った。


 「ラチェッタどけぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 その剣幕に慌てて避けるラチェッタの脇を駆け抜け、両手で構えた竜の牙を打ち込む。『意思』はたまらず飛び退って距離をとって嘯いた。


 【…よわったな。竜の牙を携えた上に、半端とはいえ力を取り戻した状態でかかってこられると簡単にはきみを手に入れられそうにないよ】


 「ほざけぇぇぇっ!」


 そして自分から撃ってかかる。勢いだけで押し込みそうな戦い方は先刻見たものと同様だったが、今度は不思議とシュリーズに焦りのようなものはない。

 これなら大丈夫、とは言わないまでも酷いことにはならないだろうなと、傍らの正宗にホッとした吐息を見せたら、コイツの方も何か嬉しそうに頷いていた。


 「…竜の娘が生まれ、役割を果たした後もその立場で生きながらえさせられたのは、その力の強大さ故だったのよね~」


 グリムナが俺たちの傍に寄ってきて、独り言のように話を始める。

 俺も正宗も、どこか疲れたようではあるが何かを祈るようなその口調に耳を傾けると、彼女は一度こちらを見て微笑み、そして戦うシュリーズに視線を戻すと言葉を継ぐ。


 「祀る人々と、祀られる竜の娘の家系。その関係は何時までも続くかのように思われたけど、竜の娘に狂戦士という存在が現れてからは敬意と業績への畏敬を基とした関係から、単純に恐れを封じるような関係に変わった。簡単に言えば祀り上げられるような感じに、ね~」

 「………」

 「何故、竜の娘に狂戦士が現れるようになったのか。それに関しては諸説紛々よ。曰く、かつて濃い血を維持しようと身内の間で重ねた婚姻が災いとして顕れた。あるいは逆に、人と竜の血が混ざることで本来の姿を失っていく過程である。ま~、うちはそのどちらでもなくって、『異世界統合の意思』を封じるという本来の役割を果たした竜の娘が、世界にとって不要となって滅びるために必要な手続きを踏んでいると思っているのだけれど~…」


 …どっちにしてもひでぇ話ではある。


 「一人のヒトとして、その運命に抗うのがあなたの意志であるというのならば…」


 ふと、牙を振るうシュリーズの姿に目をやる。

 相変わらず中空を飛び回るマリャシェを追い回しているが、目の錯覚か、腕から生えた、光に編まれた翼のようなものを巧みに駆使して、前回よりはよっぽど自在に戦っているように見えた。


 「その気概を世界に示してみせなさい、シュリーズ!!」

 「はぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 グリムナの叱咤に背中を押されたかのように、空を舞うシュリーズの速度が増した。

 それをあしらえなくなったか、攻撃を受けようと腕を交差させて構えるも、それに届くよりもずっと前で、シュリーズは音速も斯くやの勢いで牙を振るう。

 その蹟に続くのは光輝の一筋。それは溢れる力を制御しきれないように光の奔流を伴って『意思』に届いた。

 爆音や煙などは無かった。ただ、マリャシェの姿が光に包まれただけのようだった。

 そして呆然とそれを見ていた俺たちが、光の掻き消えた後に見たのは間違い無く何事もなかったかのような、人の姿。

 けれど彼女は空に止まったまま微動だにしない。

 一方シュリーズは、一仕事終えたかのように落ち着いて着地し、キッと空を見上げた。

 それを機にした、というわけでもないのだろうが、交差した腕で顔を覆っていたヤツはその腕を下ろし、本当に驚いた様子で地に立つシュリーズを見下ろし、ため息をつく。


 【………参ったね。その姉君まで追いかけてきたのは予想外だったけれど、牙も全然力を失っていなかったのも驚きだよ】


 「降参したのならば、大人しくマリャッスェールス殿の体を明け渡してもらおうか。それでお前が力を失うわけでもあるまい」


 【正当な勝負であれば勝者の権利を根拠にした要求として不足は無いのだろうね。けれど、もうぼくは目的のためならある程度手段は問わないことにしたんだ。リリィア本人にあらぬ身のきみたち相手であれば尚更だね】


 「…もう一度喰らわなければ理解出来ないようだな」


 竜の牙を両手で構え直し、シュリーズが再び飛びかかる構えを見せる。

 すると『意思』はマリャシェの身を同じ地に下ろし、ここで始めてその姿で嗤いを見せた。


 【ぼくがこの体を返してなんとする。どうせこの女も狂戦士に堕した身だ。元に戻ったところでいずれ終の姿となってきみたちに討ち取られる運命だろう?】


 「戯れ言を言うな!竜の牙の力において、それをさせたりはしない」

 「よく言ったシュリーズ!わたしが全力で支援するからやっちまいなさい!」


 【そこの姪御殿も随分と物わかりがよくなったものだね。まあ別に今である必要もないんだ。また次の機会を待つとするよ】


 そう言って身を翻すと、マリャシェの姿を纏ったままに『意思』はこの場からの逃走を図った。


 「させるかっ!」

 「待ちなさい!」


 シュリーズとラチェッタは即座に跡を追う構えを見せたが、グリムナの制止で二人とも動きを止めた。


 「姉上、何故止める!」

 「グリムナ!」

 「…シュリ、あなたもう体ガタガタでしょうに。追いついたところでまた終の姿に追いやられるだけよ。ラチェートゥングゥアリュスも。今のあなたの力でどうにか出来ると思う?」

 「くっ…それは確かにそうですが…」


 言われてシュリーズは膝をついた。絶好調に見えていたのだが、結構ダメージはあったのだろう。


 「わたしは納得できねーわよ!一人でも追うからねっ、邪魔すんじゃねーわよ!」


 だがもう一人の方はそれでも踵を返して、既に豆粒のような大きさに遠ざかった影を睨み付けている。


 「…そ~まで言うなら止めないけど。けどね、ラチェートゥングゥアリュス、いいえラチェッタ」

 「…っ、あ、なによ」


 呼称を変えられて、何故か狼狽えるラチェッタ。


 「一人でどうにかしようなんて考えないこと。せめて居場所を突き止めるくらいにしときなさいね~」

 「………はっ、年長者の貴重な助言として受け取っておいてあげるわっ!じゃあね、見つけた時は手伝いなさいよっ!」

 「それは請け合うから、そこまでは存分にど~ぞ」


 割と呑気な調子で手を振るうグリムナに些か調子を狂わせたようではあったが、「ふんっ!」と鼻を鳴らしてマリャシェを追いかけていくラチェッタは、なんというかその…。


 「ツンデレであるな」

 「ツンデレっていうんでしょ、あれって」

 「あれが話にきく『つんでれ』というものか」


 …まー、そういうことにしておくか。




 ラチェッタの姿が見えなくなってようやく、シュリーズもグリムナも武装を解いて普段の姿に戻った。

 シュリーズの方はあれだけ切った張ったのと大騒ぎした割には衣類に汚れなどもなく、流石に疲れた様子ではあったが、一体どういう仕組みなのか。

 そして姉のグリムナの方はといえば、パッと見た目は、なんとも形容に困るが高校の制服にしてはあっちこっちひらひらしたものの目立つ、身長に見合ったと言えば見合ったがどっか現実離れした、派手ともけったいとも言い難い妙な服装をしている。

 基本パンツルックで、上も清潔感のあるブラウスにせいぜいがリボンで飾る程度のシュリーズとは正反対である。姉と妹が逆にしか見えなかった。幼女扱いされると怒る割にはむしろ幼さを強調するような衣装で、これがまた似合ってるとしか言い様がない。


 「…………………………何か言いたいことがあるなら言ったらどう?」


 俺の視線に気付いたグリムナの反応はマジトーンだった。

 慌てて話を誤魔化す。


 「…そういえば一つ気になるんだがな」


 それで気がついたことを一つ、グリムナに問う。これは誤魔化しとか話逸らしではなく、普通に懸念だったからだ。


 「お前さん、これからどうするつもりだよ?」

 「どう?」


 どうせ右も左も分からんことに、妹と違いはねーんだろうし。

 そもそも、ラジカセっつー相方がいるシュリーズからしてあんだけ右往左往していたのだ。一人で行動していると思しき姉の方が困窮していても不思議ではないのだが。


 「そう。どうせ行くとこなんざ無いんだろ」

 「決めつけられるのも面白くない話よね~。ま、シュリが住んでるところに転がり込もうと思ってたけど」


 ま、そんなとこだろうな。


 「姉上、それは少し考えが浅すぎます。とにかくこの小次郎と来たら実に固い男で、私が一宿を求めた時も首を縦に振らすのに往生しまして…」

 「別にいんじゃね?狭いけどよ、それでよけりゃ」

 「こっ、小次郎ぅぅぅぅっ!!」

 「…なんだよ、別に自分の姉の窮状救うのを嫌がってる場合じゃねーだろ、お前としても。あと一人も二人も大して変わんねっての」

 「そ、それはそうかもしれないが…それにしても私の時とあまりにも態度が違い過ぎやしないか…?」

 「当時とは事情が違うだろーが、事情が。大体おめーの時は正体不明の不審者感丸出しでむしろそれをほいほい引き受ける方が怪しいわ」


 黙ってじっとしてりゃ普通に目を惹く外見だったしな。下心のある奴ならむしろ大喜びで引き受けてんだろうが。

 それにしても、親父のことがあったとはいえ、こいつはこいつでよくもまあ知らない男の家に住み込もうとか考えたもんだ。警戒心が無かったのか、そうでなけりゃ親父がよっぽど信用されていたか。

 …まあ普通に後者なんだろうが。非常に腹立たしいことだが。


 「…あのな、小次郎。私はそんなに怪しかったか?」

 「怪しいっつか、よからぬ意図を感じたっつーか。大体うちの親父の口利きがあったとはいえ、同年代の男の家にほいほい上がり込むとかありえんだろ」

 「普通、そーいう心配は女の子の方がするものだと思うんだけどなあ…あと小次郎さあ、同席した身としてはあの時のシュリーズ見てそんな警戒するのもちょっとおっかながりも度が過ぎると思うんだけれど」

 「ばっ、誰がおっかながり過ぎだ。別にこんなヘタレ怖くなんかありまっセーン。俺を怖がらせたければ家計を食い潰す居候でも連れてこいってんだ」

 「ほう、それは私に対する挑発と受け取っていいのだな?ならば望み通りお前の身上を食い潰してやるから覚悟するがいい!」

 「いい歳した女が大食い宣言デスかーっ?!少しは恥っずかしいとか思わないんですかネーっ?!」

 「なっ…なんだとこの……っ、か、甲斐性無し!」

 「はっ、元凶が言うに事欠いて甲斐性無しと来たか。誰かさんがちぃっとばかり自重してくれてりゃさあ…俺の甲斐性なんぞが問われる事も無かったんだがなぁ……」

 「きっ、き、きききさきさきさ…」

 「二人とも子供じゃないんだからさあ…っていうか小次郎もよくそんなにポンポン煽り言葉が出てくるわね」

 「褒めるな褒めるな。言葉さえ通じりゃ口喧嘩だけで世界渡り歩く自信あるぞ?」

 「威張ることでもないでしょーが…シュリーズもいちいち本気にしちゃ駄目だよ。小次郎も反射的に言ってるだけなんだから……え?あれ、ちょっとシュリーズ、だいじょぶ?」


 正宗の言い草も大概だったが、この程度で凹むよーなヤツでもあるまい、と思って高を括っていたら、なんかシュリーズの様子が妙だった。


 「………そ、そこまで…そこまで言わなくてもいいではないか…っ」


 完全に涙目になって上目遣いで俺を睨んでいる様は、まあ普通にこちらの後ろめたさを喚起するに充分な仕草ではあるが。

 非難めいた視線に対してもじ~~~っと黙って、真正面から睨み返してやる。

 正宗がシュリーズを宥めるよーにしているうちに何か本格的に半ベソになって段々俺が悪いみたいな空気になってきたが、どうせ嘘泣きである。


 …だよな?


 「…申し開きを、してもらいましょ~か?」


 だが、一部においてはきっちり通用してしまっているようだった。

 間近で俺を睨み上げる、知らない世界からやってきたちみっ子が、ひとり。


 「…天地に誓ってとまでは言わんけど、特に後ろめたいことなど無いぞ?」


 正直にそう言ったら、右側の眉がピクリと跳ね上がっていた。

 一緒に俺の心臓の鼓動も跳ね上がったので、不穏な空気が両の眉の間から立ち上がっているのは間違いなさそうである。


 思えば、だが。

 このちみっ子姉とこおして直接相対し、会話をするのはようやくにして初めてのことではなかろうか。

 いや、そりゃあこの場に姿を現してからさして時間も経っていないのだから、別に不自然なことでもなんでもないのだが、なんかこう、なんかすっげぇ反応が分かりやすいんだわ、このちみっ子。

 追いやられた妹のために生まれ故郷をあっさり捨て、その上置き土産に父親をどつき回してくるとか、妹可愛がりにも程があるっつーの。

 そしてその行状から想像するに、今の俺が彼女の目にどう映っているかっつーと。

 …。

 ……。

 ………。


 「オーケイ姉さん、ときに落ち着け」

 「誰が誰の姉さんよ」

 「ていうか、小次郎キャラ付けが雑…」


 うっさいわ。宥めにまわるに相応しい態度ってのがあるんだよ。地味に命の危機なんだから黙ってろっての。


 「…いや、外野のことは気にすんな。俺が言いたいことはただ一つ」


 せいぜい勿体ぶって話をごまかしてくれよう。

 その意図から、たっぷり間を取って姉の方の様子をうかがっていたならば。


 「…遺言なのに一つでいいわけ~?」


 身の丈を越える物騒な得物を突き付けられていた。うぉぃ。


 「いや落ち着けって言ったじゃん!人の言うこと聞けよ!」

 「い~え。コジロウの言い分など聞く耳もちませぇん。今この世界で最も大事なことは…うちの可愛い可愛い妹が悲しんでいることだもの」

 「だーらアレ嘘泣きだっつーの!見て分かんねーのかこの節穴姉!」

 「嘘泣きねぇ…あの涙を見てまだそんなことを言えるのかしら~この子は」

 「あん?」


 苛つきを隠さない様子のまま、あごをしゃくって示した先には正宗に肩を抱かれて泣きべそをかいている女の子。いやまあ、泣きべそは言い過ぎか。けど涙目でこっちを睨み上げている姿には流石にそのー、う、嘘泣きだとしてもわるいことをしている、という糾弾を如実に示しているように思えて、ひじょーに居たたまれない。

 そしてこうなるともう、どうすりゃこの気まずさから逃れられるかだけしか考えられず、とった手段となるともう。


 「…う、わーったよ!俺が悪かった。謝る。スマンて」


 正宗の視線まで程よくキツくなってきたとあってはもう下手に出るしかないわけで。

 しかも今週いっぱいの生存はある意味こいつに依るところが大きいわけで。


 「…もういじめないか?」

 「いじめないいじめない」


 弄った覚えはあってもいじめた覚えは無いのだが。


 「…今日の夜ははんばぁぐにしてくれるか?」

 「するする」


 …冷静に考えれば宮木家に頭が上がらない状況になっているのはコイツのせいなのだが。


 「…じゃあ、もうほっぺたをぐにぐにしないか?」

 「悪い、それは自信ない」

 「小次郎っ?!」


 正直に答えた。

 何せ、である。もち肌を存分に玩びたい。普遍のこの欲求に逆らう術を、人類はまだ手にしていないのだ。

 このヨロコビに比肩するものといえば、猫の肉球を好きにすることくらいのものだろうが、如何せん猫はコイツと違って逆らうので無茶な話になる。


 「…さっきから聞いていると~、随分好き勝手してくれてたみたいだけど?」

 「いや待った、誤解だそれは。むしろ好き勝手されてたのはこちらの方だ。主に胃袋の件で」

 「いぶくろ?」

 「おたくの妹さん、とにかくよく食う。健啖家とかいうレベルじゃない。我が家の財政が破綻しかけてる、既に」


 いや実際今日の昼の有様を見せてやりたい。


 「…成長期だから?」

 「姉上、なぜ私の胸を見ながら言う」

 「その前に自分の成長期を疑った方が…いや、何でもないッス」


 口は災いの元。人を殺せそうな目線と正宗の呆れた視線に晒されながら痛感する。


 「…シュリ、それ返して~」


 だがそれにも関わらず、メンチ切る目線を俺から逸らさず、グリムナはシュリーズの持っていた得物を受け取ると、具合を確かめるように何度か振るってそれから、


 「……あのー、ガン付けながら刃物を人に突き付けるってのはどーいうつもりでいやがりますか、この幼女様は」


 俺の胸元三センチ前に刃先を置いていた。

 …って、冗談じゃねーっての!命に関わるほどの軽口をたたいた覚えはねーしそもそもこっちは突然飛び込んできた居候に振り回されてる立場だっつーのに。

 両手を挙げて必死に無抵抗をきめても胸元からヘソの辺りを武器で突っつくのを止めてくれん。そりゃ本気で貫こうととかしているわけじゃないにしても、流石にコレは怖すぎる。手元が狂ったら…とか思うだけで膝から力が抜けるわ。

 だがそれで一通り気が済んだのか、すっと得物を下ろし、腹に一物抱えたよーな笑みでこちらを見て言う。


 「コジロウの罪は、まず一つ」


 あーはいはい、もうどうにでもしてくれよ…。


 「成長期のシュリに対し充分な食事を与えなかったこと」

 「んな育児放棄した親みたいに言われても」


 大体アレの要求するまま食わせていたらフォアグラ用のガチョウが出来るわ。


 「二つ目。嗜虐心を刺激するのをいいことに、思うがままにその尊厳を踏みにじったこと」

 「人聞きが悪すぎるっ!」


 嗜虐心云々はまあワカランでもないが、そこまでのことをした覚えはねーし。


 「…そして何よりも、その可愛い肌を…姉であるうちを差し置いて蹂躙したこと!これが最大最悪の罪よっっっ!!あれは、あのぷにぷにした肌は…うちのものなのだからねっ!」

 「憤慨するポイントがズレ過ぎとるわ!コレを姉として戴いておいていいのか、おめーも!」


 と、シュリーズを見たら、両手を胸の前に重ねて何故か感動した風に目を輝かせていた。なんでやねん。


 「これらの罪を雪ぐことを望むのであれば、コジロウのすべきことは。まずシュリーズに対する無体な真似を控えること!そしてその求めることを全て受け入れること!それから、うちの住む部屋を用意しなさい!」

 「…まあおっかないお目付が出てきた以上、多少は態度を改めるくらいは仕方ねーけどよ。三度の食事、もーちょい手加減をする、でアンタの居場所を提供する。それでいいか?」

 「う、何かそう素直に出られるとすこ~しばかり罪の意識も…あ、いやそ~でなくってね、まあそういうことだからシュリもそれで良い?」

 「一日二度のおやつも追加で!」

 「調子にのってんじゃねえぞこのは虫類娘!胃袋までドラゴン並かオラ?!胃拡張も大概にしやがれよ!!」

 「いひゃいいひゃい!ふぉえんらふぁいひょうひりふぉりふりまひふぁっ!」

 「早速手が出てるじゃないのよ~!」


 げしっ、と横にした竜の牙でアタマを引っぱたかれる。使い方根本的に間違ってやいないだろうか。


 「いや待て姉さん、今のはジャパニーズ・ツッコミだ。あまりにも見事なボケだったから体が勝手にツッコミに。そして芸人気質旺盛なおたくの妹さんに対する正当な対応だ。むしろここでスルーしたりしたら失礼にあたる。いわばこれは礼儀だ。正しい礼節。おーけー?」

 「ほっぺた握ったまま言っても説得力無い気がするんだけどなあ」

 「むしろ家主殿的にはライフワークと化していやしないか?このやりとり」


 外野うるさい。

 とはいえ、殺傷力のある(?)武器で頭をどやされるのが心地良いわけがないので、手触りを惜しみながらシュリーズを解放する。


 「うう…もうこんな生活いやだ…」


 どこまで本気で言っているのか分からんが、そもそもそんな目に遭うのは自分の言動に原因があるとゆーことをそろそろ分からせてやりたい。


 「な?」

 「いや、『な?』じゃなくて~。無体な真似をするなと言ったでしょ~が」


 振り返って同意を求めたら剣呑な顔で睨まれた。


 「ど~もコジロウは体で分からせないといけない性格のよ~ね~」

 「もうこのやりとりも天丼になりつつある気がするからこれで最後にしたいとこだが、そっちの要求は呑むから終わりにしないか?」

 「コジロウの好きな喜劇の理論で言えば、最後は道化役が酷い目に遭って笑いをとるところでしょ~?多少強引だけど幕は引いてあげるから覚悟しなさいな~」

 「いや待て、ちょお待てって。ストップと言ってるだろうが俺は別にお笑い目指しているわけ違う、ただ待ちには突っ込まざるを得ない生来のツッコミが似合うキュートな少年…待てやぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 往年の某大打者もかくやの一本足打法で、逃げる俺の尻はハリセンが如き唸りを上げる竜の牙にて、打ち抜かれた。下半身と上半身が生き別れしなかったのが、せめてもの救いだった。

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