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竜戦士な居候との平穏な暮らし方  作者: 河藤 十無
3章・惑いのカルテット
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第24話・クラスメイトのおねいさん

 「ふふ、みっともないところをお見せしましたわ」

 「まったくもってその通りよね」


 立ち見もなんだからと、俺たち四人もイスに座らされて面接?が再開した。どう見てもこの態勢は面接というより授業のやり方に問題のある教師へ抗議にきた熱心な学生たち、という態だが。

 しかし最早グダグダになることが目に見えている以上、ざっくばらんな歓談に徹した方が被害がいろいろと少ないんじゃないだろうか。


 「…その、なんだ。やっぱり帰っても、いいか?」

 「えええ?シュリーズももう少し覚悟決めようよ…これくらいで尻込みしていたらこの先就職なんか絶対出来ないよ?…まああたしもそろそろ帰りたいとは思っているんだけど」

 「であるな?!うん、正宗は正に私の心を救ってくれる真の友だ!小次郎、さ、さあ帰ろう!帰ろう、な?!」

 「落ち着け、アホ。別に取って食ったりゃあしねえよ。…多分。若干想像を遙かに超えてたけどもフツーの人間相手にしてんだから尻込みする程じゃねーだろ」

 「そうは言ってもだな……う、うむ…慣れればなんとかなるとは思うのだが…彼の人の視線がなんだか不穏というか身の危険を感じてだな…ひっ?!」

 「あー、お姉さん。舌なめずりしながらウチの居候ガン見しないでください」

 「もういっそ縛っておこうか?目隠しと猿ぐつわもしておく?」

 「それでどうやって面接すんだよ…せめて猿ぐつわだけは外しておいてくれ」

 「あんた達初対面なのに遠慮無いわね…」


 取り繕うのを止めた浅田姉はすっかりぞんざいな口調になっていた。いやもう、俺としても見破れないレベルの猫かぶりは気疲れするからこっちの方がありがたいんだが。


 「しかし、こうなるともう面接などする意味も必要も無いのではないか?シュリーズさんがこれだけ怯えているところに世話になりたい、など言うはずもないし日高だって任せておきたくはないだろう」

 「相良先輩がそういうなら仕方ないわねーお姉ちゃんこの話は無かったことに…」

 「ちょっと待って待って!アイドルがダメならそう………モデル!モデルなら出来るでしょ?!」


 分かってない。このダメな人は全く何も分かっていない。シュリーズの腰が引けているのは、アイドルだとかモデルだとかそういうことではなく、想定外の角度からの強い押しにほんっと~~~に、弱いからなのであるが。


 「小次郎ぅ……」


 かといってそーいう風に捨てられた子犬みたいな目で見るのはやめて欲しい。多分きっと、正宗もなんとかしろとこちらを睨んでいるだろうし。


 「……あー、まあ保護者としては今のところ他にアテもないし、まっとうな働き口を提供して頂けるなら是非お世話になりたいところなんで、そろそろまともな話をしません?」

 「……ぐぬぅ…もうこうなったら近くで愛でるくらいで我慢するとしましょうか。あ、自己紹介がまだだったわね。浅田承理、そこの日依子の姉です。一応、この村枝企画の事務を取り仕切っているわ。デザイナーが本業だけども」

 「やっとまともな話が出来そうっすね…日高小次郎です。こいつの保護者やってます」

 「相良大剛です。生徒会長やってます」

 「宮木正宗でっす。女子高生やってます」

 「…ヒコの友達にしてはいいノリしてるわね」


 そうか?学校での様子見た限りでは浅田も似たようなもんだと思うが。


 「ま、それはそれとして。事務の補助が欲しいとこなんだけど出来そう?」

 「…う、ぐ、具体的にはどんなことをすればいいのだろうか?」

 「資料のとりまとめや管理、取引先が近場に多いからバス電車で移動出来る範囲でのお使いとかが多いわね。出来れば電話番と来客の応対もしてもらいたいトコだけど…その口調だとちょっと難しいかもね。ちなみにコピーとお茶くみは基本よ」


 最後は冗談のつもりで言ったのだろうが、残念ながらシュリーズには通じていない。


 「こぴー?」


 と、首をかしげている。

 …時々思うのだが、こいつはカタカナ語にえらい弱い。どういうもんかは知っていてもおかしくないだろうに、どういう仕組みなのだろうか。


 「あー、コピーってのはね、アレよ、アレ。reproduction。でなけりゃゼロックス!」

 「いろいろ誤解を生みそうな発言よね…」


 ジョークにしても酷い内容に正宗が暗い顔をしていた。いや、米国だとゼロックスでも通じることはあるんだけどな。あと日本のおっさん連中とか。まあどっちにしてもシュリーズには意味が分からんのでどうでもいいことだが。


 「難しくてよく分からん。ともあれ見せてもらえれば手順は理解出来ると思う」

 「ふむ、ま、そういうのならそこは信用しましょう。他に聞きたいことは?」

 「聞きたいこと………その、ショウリ殿?あなたのような人は他にいるのだろうか。ここで」

 「ん?事務担当ってこと?いないわねー、ってか兼務が多いから経理は当然別だけど総務的な仕事は社長含めて何人かで分担してはいるね。ま、基本的には私がメインってところよ」

 「え?あ、いや聞きたいのはそういうことではなくて、だな…」


 流石に言いずらそうではあったので、横から助け船を出す。


 「コイツが言っているのは、変わり者の多い職場だと辛いな、って心配ですよ」

 「変わり者…ねえ。非常識ではないにしても規格外な人間が多い業種だとは思うけど」


 まだ若干伝わってはいないようだった。


 「あのね、お姉ちゃん。お姉ちゃんみたいな変態には付き合いきれないから、これ以上増殖するようなら辞退します、って意味よ」


 言い直すかどうか首をひねる俺に、今度は妹の方が助け船を出してくれた。


 「増殖てあんた。姉をアメーバみたいに」

 「何よ。唯一無二の変態とでも言い直した方がいい?」

 「ふ。変態でも天才でも…人類において並ぶ者無き存在として崇められるのであればそれも本望」

 「そんなことになったら本当に縁切るからね」

 「いやぁね。夫婦は離婚すれば他人だけど姉妹は生涯死ぬまで姉妹なのよ」

 「…なんか絶望したくなってきた」

 「……ぷっ、あははははは」


 この、心温まる姉妹漫才に最初に吹き出したのは、意外なことにシュリーズだった。


 「…お姉ちゃんがバカ言ってるからシュリーズさんにも笑われたじゃない」

 「………はははは、はあ……い、いや済まない。馬鹿にしたわけではない。仲睦まじいな、と思っただけだ」


 この一連の会話のどこに微笑ましさの要素があったのか是非問い詰めてみたいところだったが、続く一言でそんな気も吹っ飛んだ。


 「…私にも姉がいたのだ。ちょうど今のショウリ殿とヒイコ殿のように遠慮の無い会話でいさかいが絶えなかったものだ」


 そう言って目を細め、並んで座る浅田姉妹を交互に見やった。

 …そうか、そういやこいつももう身内に会えることは無いもんな。

 正宗と俺はそんなシュリーズの境遇を知っている。相良や浅田には知らせていないが、俺たちのそんな様子で察するものがあったのか、そっと目を伏せていた。


 「姉?!今姉って言ったわね!!」


 が、ただ一人空気を読まない輩が。


 「姉妹ユニット!いいじゃない…あんたの姉なら間違い無く眉目秀麗は保証付きよね?姉妹、しすたぁ……ふっふっふ、最高の響きよね。さあさあさあ、今契約書作ってくるから!あ、もちろん二人分ね!お姉さんの分も渡すからサインもらっておいて!今日この日が…伝説の始まりよぶっ!!」


 妹が無言で振るったお盆が、顔面にヒットしていた。


 「おお…」


 思わずシュリーズが唸るほどの、完璧な角度だった。




 まあそんな感じで、シュリーズのバイトどころじゃなくなったのでそっち方面の話はうっちゃってしまい、社会見学みたいな展開になった。

 正直俺にとってもバイト関係のコネが増えるのは歓迎なので、浅田姉の個性はともかくとして繋ぎ作っておくに越したことはない。連絡先を交換しておき、仕事の内容なんかを聞いていたりすると「ほお、これが『こぴー』か…どれ」「ちょっとシュリーズ勝手に触らな…あ」とか不穏な会話が聞こえた気もしたが、浅田姉のひくついた顔からは目を逸らしておいた。


 浅田妹の方は相良と何やら窓の外に向かって話なんぞしている。相良の前だとすこーしばかり挙動不審になるヤツではあったが、今のところはちょいと良い雰囲気だ。後で相良にどんな話をしていたか確認しておこう。からかうネタを増やせそうだ。


 「ま、あの娘のバイトの口探すんなら気にはかけておくわ。あんたのしたいスポットとなると…舞台の設営や撤収なら世話出来るわよ。力仕事だけど」

 「あ、そういうのならむしろ歓迎ですよ。休みの日にガーッとやって払いのいいのは学生向きなんで」

 「今時の高校生にしちゃ勤労精神旺盛ねえ。あんなに女の子の知り合い多いなら休みの日はデートでもしてりゃいいじゃないの。…うちの妹だったら許さないけど」


 まともに話してみりゃあ仕事の出来るお姉さん、ってな印象に相応しい凄味で釘を刺してきた。


 「ははっ、俺にその気があってもあっちにその気は無いですって。俺、不粋が服着て歩いてるようなヤツ、ってえ専らの評判なんで」


 まーこういう時は自分を落として身内を持ち上げときゃ相手は悪い気はしないもんなのだが。


 「…小賢しい」


 ……どうもお気に召さなかったようだ。


 「今日が初対面の小僧に説教する気もないけどね、これから仕事の関係になるなら一言言っておく。…あんま大人舐めんな」

 「……心得ておきますよ」

 「そういう言い草が小賢しいってのよ」


 苦笑しながら、ではあったが呆れられたようではなかった。

 なんつーか、変態的な言動には散々振り回されたが、こうして話してみると落ち着きも頼り甲斐もありそうで、妹の方がいくらぶうたれてみてもアテにはしていそうな雰囲気であったり、決して悪い人ではないんだな。アイドルがどうのこうの、って点では若干不安は残るが、シュリーズのことで幾らか頼りにしても悪くはないみたいだ。


 「…どうも、ありがとうございました」

 「ん?何よ、唐突に。ま、心当たりが無いわけじゃ無いから理由は聞かないけどね」


 片手で持ったコーヒーカップをあおりながら不敵に笑って応えていた。


 「あとアイドルがどうのこうのとかいうのだけは控えてもらえると。アレ、そういう押しの強いのにゃあほんとーに弱いんで」

 「それは無理な話ねぇ。ライフワークだもの。止めたら死んじゃう。ココが」

 「そりゃ心臓止まったら死ぬでしょーけど」

 「あんでよ。魂よ、魂。ライフワーク止めたら魂が死ぬ、っつってんの」


 自分の胸に指突き付けて力説する姿には妙な迫力があり、強いて押し止めるよりは精々いなした方がまだマシだろうかと、俺に宗旨替えを迫るくらいの勢いではあった。

 まあこういうふざけた話をマジ顔で語ってしかもこのヒトの場合ヘタすりゃあ貫徹しかねない、そんな強かさはあるようにも思う。であるなら、つかず離れずいた方が、いろいろと都合よろしかろう。近付きすぎないでいた方が良い理由の大半はシュリーズの精神衛生面からの心配、って辺りがなんとも情けない話ではあるが。


 「まあいいけどね。他に何か訊きたいことでもある?」

 「お歳お幾つで?」

 「二十七」


 即答だった。隠すつもりも無いらしい。


 「妙齢の女に歳を聞くのは失礼、なんてぇ教育受けてないのでね。残念でした」

 「そういうわけじゃねーですよ。浅田が随分懐いていて結構近しいやりとりはする、けど俺たちじゃあ全く縮められないくらいの経験はありそうだ。そんな大人が実際には何歳くらいなのか、あとどんだけ歳月重ねれば近付く資格が得られるのか。そいつを知りたかっただけですよ」

 「…それはまた随分高く買ってもらったもんよねえ。ただのアイドル狂いのねーちゃんかもしれないってのに」


 明後日の方を向いてそー言う様子は、分かってて誤魔化しているというよりは照れ隠しのようにも見えた。まあそれを指摘して怒りを買うのも本意ではないので黙っていたが。


 「あ、そうそう。こっちも聞いておくことがあんだわさ」

 「おたくの妹さんとは単なるクラスメイトですよ」

 「興味も無いと言われるのもそれはそれで腹が立つ」


 面倒くさい人だな!


 「…ま、それはさておいて。あんたの連れさ、あれ何者?」

 「と、いうと?」


 別にとぼけたつもりは無かったのだが、俺を見つめる浅田姉の目がスッと細められ、探るような気配が強まる。


 「生まれを聞いて返ってきた答えに馴染みがなさ過ぎんのよ。国名じゃないのは間違いないだろうけど、地名にしたってちょっと変じゃないの。どこから連れてきた子?」

 「…うちの親父が海外を放浪する癖のある変わり者でしてね。どっかで知り合って日本に来たいと言うから連れてきたらしいですよ」


 嘘は言っていないぞ、うん。


 「ふぅん。何か隠している、とまでは言わないにしても表沙汰にしづらい事情があるようには見えたけど、そこのとこどうなの」

 「いちいちそういう細かい事情を詮索しない家風なもんで。俺も危険は無いだろーなとは思ってますし」


 重ねて言うが、嘘は言っていない。嘘は。

 俺が言い返すと、睨み合いに近い空気が短く漂う。ってか、今気がついたが目つきキッツいな、この人。あと俺に正面切って見られて目も逸らさない人はホントーに珍しい。

 そんな風に感心していると、先に緩みを見せたのは相手の方だった。


 「………まあいいでしょう。悪い子では無さそうだし。アンタへの信用を前借りにして信じることにしましょ」


 俺の信用随分高いな。


 「その信用、取り崩したとしてあとどれくらい残ってます?」

 「二、三回仕事回して満足いく結果なら取り戻せるわよ。良かったわね」


 なるほど。俺に対する評価で購ってやろうという魂胆か。シュリーズへの信用を保証したいならしっかり働けよ、という風に取ればまた随分と計算高いこったな。

 けどそういう駆け引きは嫌いじゃない。

 取り引きとしては経過も結果も満足いくものだったし、話はここまでとメモ帳代わりのスマホを仕舞い、雑談に興じる。


 「ところで仕事の邪魔じゃなかったんですかね」

 「んあ?ご覧の通り本日は私一人で切羽詰まった仕事もありゃしないわよ」

 「その割には睡眠にも事欠いているように見えますけども」

 「今朝やっとこさ納品が完了してね。今は納品先からの連絡待ちってところ。ま、電話一本来れば帰れるだけの楽なお仕事よ」


 徹夜明けで一人でボーッとしてるのが楽とはとても思えんのだが。


 「そういうわけだから、逆に来客は眠気覚ましになって助かったわ。眼福にも預かれたことだしねえ」

 「だからそういう不穏な発言は止めて下さいっちゅーに」


 いささか獰猛な目線をシュリーズに送りながら言っていた。当然、背中でそれを受けたシュリーズはビクッとして、辺りをキョロキョロ見渡している。


 「…可愛い子じゃない。大事にしときなよ」


 そんな姿を見送る目は、棘のない優しげなもんで言葉も気遣いに満ちてはいる。どれが裏か表か分かりづらい人ではあるが、あるいはどれも表なのだろうか。そんな表裏の無さはちょっと御免被りたいのだが、年長者からの助言っつーことで俺は頷いて納めておいた。

 …どっちかっつーと可愛いワンコなんだけどなー、今ン所。

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