こうえん
午後3時。
雲ひとつない、澄み切った青空がとても気持ちの良い午後だった。
子供たちが家を出て、定年間近の夫と二人暮らしの私は、今日もひとりで窓の外を眺めていた。
家の前には公園がある。
それほど大きいわけではないが、地域の人の手によってきれいに手入れされた、とても雰囲気の良い場所だ。
それまで静まり返っていた公園に、学校帰りの子供たちが、わらわらと集まる。
楽しそうにはしゃぐ子供たちの声を聞きながらコーヒーをすするのが、私の至福の時間なのだ。
近くに公園があってよかった。
少しばかり、さみしさを忘れられるから。
「あーそぼ!!!」
わたしはなかよしのさくらちゃんにはなしかける。きょうはなにをしてあそぼうか。
かぞくごっこかな?がっこうごっこかな?
でも、さくらちゃんは、こっちをむかない。
てをうしろにくんで、したをむいている。
わたしはもういちどきいてみた。
「さくらちゃん?あーそぼ!!!」
さくらちゃんがこっちをむく。
こわいかお。どこかいたいのかな?
「さくらちゃん?どーしたの?」
「うるさい。」
いつもとはちがう、さくらちゃんのひくいこえ。
「あんたとは、もうあそばないよ。」
「え、さくらちゃん?」
「あんたとはもう、あそばないっていってるの!」
びっくりした。さくらちゃんはふだん、こんなにおおきいこえはださない。
「どうして、ねえ、どうして、さくらちゃ、」
「だってあんた!わたしのたいせつなうさぎさんのハンカチ、ぬすんだでしょ!!」
なにをいってるんだろう。わたしはハンカチをぬすんでなんかいない。
「そんなことしてないよ!!」
「うそだ!たけるくんも、かなこちゃんもいってたんだから!」
「そんなことしてないっていってるじゃん!」
「うそつき!!あんたがぬすんだんだよ!たけるくんも、かなこちゃんもいってたもん!あのハンカチはね、わたしのお母さんがくれた、たいせつなものなんだよ!」
それまでまっかなゆでだこみたいだったさくらちゃんのかおが、いっしゅんでかなしいかおにかわった。なきそうなこえでつぶやく。
「お母さんはね、もういないの。どっかにいっちゃったの。あのハンカチはお母さんがさいごにくれたものなの。ぜったいなくしちゃいけないの。」
わたしはかわいそうなさくらちゃんを、はげましてあげたくなった。
「そうなんだ、たいへんだね。たいせつなものがなくなっちゃって、たいへんだね。でもわたしはぬすんでないから、これからいっしょにさがそう?きっとみつかるよ!ね?」
これでさくらちゃんはいつもみたいにわらってくれるかなっておもった。
でもちがった。さくらちゃんは、くちさけおんなのようなこわいめでわたしをにらんでこういった。
「うそつきは、しね。」
午後10時。
仕事から帰ってきた夫と夕飯を食べ、あと片付けをしていると、このごろめっきり鳴らなくなっていた電話のベルがけたたましく響いた。
だれだろう、と思いながら受話器をとる。
「はい、もしもし。」
「こんばんは、となりの加藤ですが、」
「あら、加藤さんどうなさったんですか?」
電話をかけてきたのは、隣に住む加藤さん一家の奥さんだった。会ったら軽く挨拶する程度の間柄で、特に仲良くしているわけではない。
わざわざ電話でなんの用だろうか。
「うちの娘、見てませんか?学校から帰ってきて、急いで公園に遊びに行ったっきり帰ってこなくて。」
ひどく、緊迫した声だった。
「3時頃に公園にいるところは見たけれど、その後は知らないわ。お役に立てずごめんなさい。」
「そうなんですね、ありがとうございます。とりあえず他の方にも電話してみます。」
そういって、加藤さんは電話を切った。
近頃は、小学生の女の子を狙った悪質な事件が相次いでいるから心配だ。
騒がしくもほほえましいあの公園が、危険な場所にならないことを、私は強く願った。
「おい、これはなんだ?」
リビングでテレビを見ていた夫の声が、机の上を指さして言う。
「ああ、それ。夕方に買い物に行った時に拾ってきたのよ。うちの前の公園に落ちていたの。ちゃんと持ち主に返さなくちゃね。」
「そういうことか、やけにかわいいものが置いてあったから何かと思ったんだ。」
「懐かしい。うちの子もこういうの、使っていたわよね。」
うさぎの刺繍がついた、ピンク色のハンカチ。
明日はこのハンカチの持ち主を探しに、公園に行ってみよう、そう思った。