風の中で砂が混じる
今日の朝はいつも通り清々しい程の曇り空だった。視界にいくら色調補正をかけても青空には見えない。
だがカノープスはかつて気持ちのよい程に晴れ渡った青空の日であるかのように今日は何かがあるかもしれないという気分になった。この感覚は10世紀に一度くらいで久しく忘れていた感覚だ。ただ延々と無人兵器を駆るだけの自分を変える何かに出会えるような気がしていた。
遥か昔に出会った人物を思い出す。あの男に出会った時もこんな感覚だっただろうか。
とても長い時間をさまよいこれからもそうなるだあろうカノープスはそんな予感を感じた。ひょっとしたらただの勘違いかもしれない。
だが、それに出会うべく荒野を歩き続ける。自分の歩く道には砂の中から以前は人の住む世界があった事を物語る遺物が顔を覗かせている。
少し歩くとビル等も建ち並んでいたりしてそんな街のあった場所の中心だと思われる場所に大きな大穴があり、その横には不自然に砂を被っていない地面もある。
「縦穴式コロニーの跡か……」
カノープスが覗いたコロニー内部は温度センサーを通して見ればまだ温かい部分もあり、つい最近になって襲われたらしい。
コロニー内部にはまだ小型の蜘蛛型無人兵器が残っていて担架システムにマウントされた機関砲が群がっている無人兵器達を蹴散らしていく。
無人兵器は基本単体で行動し、目標を発見するとデータリンクで周囲の仲間を呼び寄せる。街の物資貯蔵庫前に無人兵器が集まっていたりするのもデータリンクで無人兵器同士が連携し長年の経験から人が集まりやすいということを学習しているからだ。
「まだ無人兵器が群れで行動しているということは近くに人が居るのか?それにこの不自然な地面も気になるな。」
カノープスは不自然な地面の事は一度置いておき、まだ生き残っているかもしれない人間を探す為にコロニー跡に飛び込んだ。
円形の縦穴式コロニーの深さは500m程で、内壁には幾つもの扉が階層ごとに付いていたが廊下は全て最下層な落ちていて、壁も焼け焦げている。
500m下まで落下してるカノープスは己の脚を守る為に着地間近でブーストを吹かし減速、その後滞空してからゆっくりと着地したが黒い煙を巻き上げた。
辺りには戦闘の跡があり、6機程の有人兵器の残骸が転がっている。スキャンシステムでそれらをスキャンする事が出来、中にはまだ使えそうな武器もあるこが分かる。
カノープスはその中から一つレーザーライフルを手に取り右腕に装備した。
「こいつは電気式ときたか。充電出来りゃ何度でも使えるし使い潰してやるか」
カノープスの収音センサーが背後で何かが動いた物音を拾った。
ブーストを使用さターンして先程手に入れたレーザーライフルを構える。
相手は無人兵器、前面に大型シールドを装備し速射砲を構えた重装甲のフロート型の4m級だ。
「こんな所にこのタイプとはな」
コロニーには幾つかの種類があり横穴式等があるが、今いるコロニーは縦穴式であまり広いスペースはない。そんな場所にこのタイプの無人兵器が居ることはあまりない。
「だが閉所では重装甲は強力な壁となり速射砲は逃げ場のない脅威となる」
装備して分かるこのレーザーライフルのエネルギー充填までの時間15秒。その間無人兵器の速射砲を受け止めればいい。カノープスは重量型であり、その程度なら造作もないだろう。
人間の耳を劈くような速射砲の発射音がコロニー内に響き、カノープスの胴体に命中した。増加装甲の鉄板が拉げて地面に落ちた。レーザーライフルの銃口に光が収縮する。
無人兵器がニ発目の砲弾を放ったのと同時にレーザーライフルが青白い一筋の光を放つ。
レーザーの威力は凄まじく、砲弾を溶かし、大型シールドを貫通し、本体までも貫いた。無人兵器は無力化され直径60cmの円形の穴が空き、縁が赤熱化している。
「中々の威力だな。こいつなら主武装にもできる」
そう呟き残骸の方を見るとどうやらレーザーは壁にまで穴を開けたらしく、奥に部屋があることが分かった。しかも4mの巨駆が入れる程の大きな部屋だ。
その穴の前まで歩くと、その壁が巨大な扉だと分かる。扉から右側の位置に操作パネルがある。これはコロニーに配備されていた有人兵器を地上まで送るエレベーターだ。
穴を覗き込めばそのエレベーターが地上まで上がりきっていることが分かる。それと先程の不自然な地面の位置から考えると、あれがエレベーターの床で間違いないだろう。
これは無人兵器が降りてこないようにするためにエレベーターが地下にあるときスライドハッチは閉じている。だがエレベーターが地上に上がればスライドハッチも開きあの部分だけ不自然に砂が被っていないのも説明ができる。きっとこのエレベーターを使って誰かが地上へ上がったのだろう。
カノープスはエレベーターに乗って地上へ上がった。
地上は先程と何ら変わりない風景のままで、カノープスは大気環境測定計を使って周囲を見る。
一番汚染濃度が低い方向に廃墟の街が見える。人が身を隠すのにもあの場所は良いだろう。
都市は見慣れた廃墟群と化している。
周囲をスキャンすれば敵影を幾つか見えるだろう。その中に無人兵器とは違う姿を見つけた。
廃ビルの中に見つけたそれは人であった。六角柱の胴体下部に機銃を備えた四脚型の2m級に追われている。
助けれに向かおうとした時にカノープスの振動センサーがこちらへ向かってくる揺れを検知した。
土煙を巻き上げそれは現れる。カノープスの前に。
全身が蛇腹構造になっていて、ちょうど頭頂部の部分には大型のドリル。そして全身にはレーザー発射口が備わっている。65m級の大型無人兵器だ。
「クソッタレ。蛇土竜かよ」
*****
暗い廊下を少女は走った。必死に走った。
身につけている装甲服を脱げばもっと速く走れるかもしれない。だがそんなことをすれば今もこちらへ向けられている無人兵器の機関銃の弾丸が肉体を抉り、死に至るだろう。ゴーグルに付着した埃が視界を塞いでいく。防毒マスクが息苦しい。
曲がり角だ。角を曲がって少女は反転し、その右腕に持たれた長方形の銛撃銃を構える。装弾数は5発。コロニーの技術者達が作り上げた有人兵器に次ぐ無人兵器への対抗手段だ。
無人兵器の1機が横にスライド移動しながら角から姿を現した。
使い方は父親に教わった。銛は獲物をギリギリまで引き付けてから放つ。
無人兵器のセンサーが銛撃銃を構える少女の姿を捉えた。
「まだ、まだ撃たない。中心、中心を狙うの……」
全身の感覚を研ぎ澄ました。少女の瞳は無人兵器を睨みつけ、噛み締めた口から鉄の味がする。全身の感覚を研ぎ澄ました今だからこそ分かるこの場所のむせ返るような腐臭。気を抜けば倒れてしまいそうだ。
無人兵器が廊下のど真ん中、つまり少女の真正面にやってきた。
少女は銛を放ち、銛は無人兵器の脚に命中した。
無人兵器は転倒しながら壁に激突し、銛撃銃に自動で次の銛が装填される。
次の無人兵器がやって来た。先程と同じように銛を放つ。次も、その次も、その次も銛を放てば廊下の端から端までは転倒した無人兵器に塞がれた。
少女は無人兵器達に背を向けて走り出す。少女の背後では金属と金属の凄まじい衝突音が何度も聞こえる。成功したようだ。
廊下を走り抜け、階段を駆け上がり、扉を開いた先は廃ビルの屋上で、そこではこの廃都市を見渡すことが出来た。
全力でこのビルの屋上まで来た少女は息を切らして装甲服に標準搭載されている大気環境測定計でここの大気が多少はマシであることを確認したら、ゴーグルと防毒マスクを外した。
ここからそう遠くない所で土煙が上がり、ビルが崩壊する。
「近くで戦闘をしてるの?」
黒いシルエットが空を舞いながらビルを転々とし、それを追いかけて蛇がビルを押し潰していく。
各所で煙がもくもくと空へと立ち上って煙は雲のようになり、その雲を突き抜けて光が空をも貫くように放たれる。
黒いシルエットが少女へと近づいて、隣のビルの屋上にスラスターのバックブーストを吹かしながら風と共に舞い降りる。
それは有人兵器だった。その姿は"全てを焼き尽くした後に残された灰"のようであり、悠久の時の中の"虚無"のような黒であった。
少女はそれと目が合ったような気がした。
その有人兵器は前方へと視線を向け後方へと飛び、大蛇がやって来る。その大蛇は風と共に煙を巻き上げ全てを連れ去ってしまうようだった。
煙が晴れて大蛇が過ぎた後にはビルすら無かった。
*****
カノープスはどんどんと無人兵器に追い詰められていく。
このままでは埒外が開かない。このあたりで一転攻勢しなければならない。
先程着地したビルの隣の屋上では人が居た。恐らく彼女が予感の正体なのだろう。
「なんとしてでもこいつを倒さないとな……」
接近すればその巨体に押し潰され、離れたのならばレーザー。適度に距離をとってもドリルが向かってくる。一言で表すならただ"強い"だ。
こいつとの戦闘にあまり時間をかけ過ぎると苦しくなる。速攻でケリを付けよう。
無人兵器のドリルがカノープス目掛けて迫り、それを避けるためにカノープスが跳躍した。さっきよりも高く、ビルの壁を蹴りもっと高く跳んだ。
雲に隠れた太陽が雲の切れ目から顔を覗かせ、逆光がカノープスの黒い機体色をより一層黒さを増させる。
無人兵器が、その大蛇がまるで咆哮のような機体の軋む音を上げて空へとその体を伸ばしながら赤いレーザーを幾つもカノープスへ向けて放つ。
空に浮かぶ黒い影には光が収縮していく。
1秒がとても長く感じられる。
かなりの高度まで上昇したが、それでもあの巨大な無人兵器との間には不十分な距離だった。
無人兵器はカノープスが手を伸ばせば届きそうな所までやって来て、レーザーは装甲の表面をジリジリと削り取っていく。
今は12秒。元々の威力を出すにはチャージが足りないが3秒待てば無人兵器のドリルに穴を開けられる。
仕方なくカノープスは不十分なチャージでレーザーを放った。
不完全で途中途切れることもあったが青白いレーザーは無人兵器を真正面に捉えてドリルの先端を抉り、その奥にあるCPUを露出させるが、残った本体の質量がそのままカノープスに直撃して落下した身体は地面に叩きつけられる。
「クソ、これはまずいな……」
無人兵器は地面に叩きつけられたカノープスを見下ろしている。
その時何かが無人兵器の開いた穴に飛び込んだかと思うと、無人兵器は悲鳴のような音を上げて倒れ伏した。
一瞬カノープスは何が起きたのか把握できなかったが、無人兵器の穴から出てきた者を見つけると左手の親指を立てた。
「良くやってくれたな。感謝する」
*****
逃げてしまっても良かったのかもしれない。
だがこのまま逃げればあの大蛇がビルを押し潰し、それに巻き込まれたかもしれない。
そう考えて少女は無人兵器の露出したCPUに飛び込んだのだ。
結果として無人兵器は倒すことはできた。しかしそれはかなりの無謀だった。
「ねぇ、私はスズ。一緒に旅をしてくれない?」
その少女スズは地面から半身を起こした状態の黒い有人兵器にそう言った。
しばらくの沈黙の後にスズはその有人兵器を見て吹き出してしまいそうになった。その有人兵器には表情なんてものはない筈なのに何故だかうんと考えてるような顔をするのだ。
気に入った。私は嫌だと言われても無理矢理にでも着いていくと、スズは決めた。
「あぁ、やっぱりやめたって言われたって無理矢理にでも連れていくさ。一人旅は飽きた」
「それはよかった。私も一人旅はもう飽きたの」
有人兵器は立ち上がり、その有人兵器をスズは笑顔で見上げている。また、有人兵器も彼女のことを見つめていた。
廃都市にはやや砂混じりの爽やかな風が吹いた。まるで二人の新たな旅立ちを祝福するかのように。