無人兵器狩り
いつから世界はこうなってしまったのだろうか。
誰が始めたのかも分からないような戦争により文明は滅び、過去の遺物が聳える大地は荒れ果て、空は気化した重金属が大気中に充満し閉ざされ、海は大量の汚染物質が流れ出し毒々しい海水で溢れている。
何故だ。世界に残された大人達は嘆き、産まれたばかりの赤子は咳込んだ。それを知る術はもうない。今から遠い昔を見てきた我々ですらもう分からないのだ。
今はただ目的を果たそう。かつて我々が誓った目的を。
我々は無人兵器を世に放ち人間を抹殺する。祈りを捨てた少年達は世界を汚した人間が死に絶える事を望んでいる。
そして目的が果たされた時、世界はその姿を保つだろう。
*****
一つの争いの終わりは次の争いへと繋がった。
世界各地に点在する都市の跡には兵器が転がり、資源が満ちていた。
無人兵器から逃れる為に人間は都市の地下にあるコロニーへ姿を隠し、資源が足りなくなれば都市からそれを持ち出した。人間の敵は人間だ。隣り合うコロニーの住人達が鉢合わせになり殺し会うことなんて日常茶飯事だ。
だが、人間にはもう一つの敵がいた。それが無人兵器。あれらの兵器は人間大の物から都市よりも巨大な物まであり、生身ではとても太刀打ち出来ない。
それに対抗すべく人間は自らを滅ぼす一因となった有人兵器を駆る。
有人兵器は4mもの巨駆でそのまま人を巨大化したような姿をしていた。あらゆる装備を自在に使いこなし無人兵器を破壊出来るその力は何時しかなくてはならない物へとなっていった。
*****
今は人のいない都市を有人兵器がトラック二台を連れて歩いていく。
有人兵器は全身の装甲の多くが取り外され内部構造が露出し徹底的に軽量化が施されたことが分かるだろう。その右腕にはかつての戦争の時に鍛えられ今もなおその切れ味を損なわないブレードと左腕にはハンドガンのような射程の短い単発砲を装備していることから近接戦闘を主眼に置いていることも分かる。
「ここは汚染濃度が高い。物資貯蔵庫に到着したら防毒マスクを装着してくれ」
有人兵器管制ユニット内のディスプレイに表示された大気環境測定計がこの都市の重金属濃度が高い事を示し、また非常に毒性の強い生物兵器が以前使用されたことも示した。
長い間進み続けやっとビル群を抜けた彼らの前には戦争時に建設された物資貯蔵庫がある。貯蔵庫内には大量の保存食や日用品が貯蔵されていて、ここにある物資の幾らかををコロニーへ持ち帰れば後一年は生きていける。
だが物資貯蔵庫に辿り着いた彼らは素直に手放しで喜ぶ事が出来なかった。
軽量近接特化型がブレードを構え、トラックから防毒マスクを装着した屈強な男達が数名対物ライフルを担いで降りてきた。
眼前には無人兵器の群れ。前面に大型シールドを装備し速射砲を構えた重装甲のフロート型の4m級が5機、六角柱の胴体下部に機銃を備えた四脚型の2m級が20機だ。
正直に言えば彼らにはきつい相手だろう。重装甲を持つ機体は軽量近接特化型の単発砲で正面から撃ち抜くことは出来ず、四脚型の動きは機敏だ。
しかし、彼らは引く事は許されない。ここでコロニーまで逃げてしまってはコロニーで彼らのことを待つ人々は後一週間もしないうちに食料を切らして飢えで死んでしまうだろう。だから彼らは絶対に引く事は許されない。
前進する2m級の脚部に男達は横一列に並び一斉に対物ライフルを放つ。
その弾丸に被弾した無人兵器はバランスを崩し転倒した。だが依然として無人兵器の数は減らずに前進を続け機銃から弾丸を吐き出し続ける。
軽量近接特化型はスラスターから炎を噴射し地面を削り2m級の無人兵器を轢き潰しながら4m級へ突撃する。
それに対し4m級は速射砲を放つも軽量近接特化型は機体の特性と自身の経験を生かしながらそれを見事に避けていき、まずは1機目。
振りかぶったブレードが無人兵器に直撃し脚部フロートユニットと胴体を切り離し、崩れ落ちる無人兵器の向こうに次なる目標の側面が見えた。
軽量近接特化型はすかさずそれに単発砲を三発撃ち込んだ。その砲弾は敵の速射砲の弾倉に直撃し爆発を起こしたが、内部構造を露出させるだだった。
その時、軽量近接特化型の管制ユニット内部に警報音が鳴り響く。ロックオン警報だ。
近接特化型はそれに対応すべく急いで左側へブースト移動をしたが2m級に足を取られ、多くの無人兵器を巻き込みながら転倒する。
倒れる瞬間に軽量近接特化型の搭乗者が目にしたのは自分を狙っていた無人兵器が放った速射砲の砲弾が内部構造の露出した無人兵器に止めを刺す瞬間だった。
「あと2機だと言うのに!」
間一髪で先程の無人兵器を仕留めた砲弾を回避出来たのは自分の搭乗する機体が軽量機だったからだろう。しかし今彼が動けないでいるのも搭乗する機体が軽量機であったが為に強い衝撃を受けたことと、2m級無人兵器の残骸を露出した内部構造に巻き込んでしまったからだ。
ディスプレイに映し出された脚部破損の文字と機体のシルエットに表示された幾つもの破損ヵ所。脚部以外にも細かい破損がある。この状態で機体を動かせばさらに破損することは目に見えている。
なんとか機体を起こすも、立ち上がった時には既に無人兵器2機が速射砲を向けていた。
終わったと確信した時、上空から何かが飛来して凄まじい衝突音と共に無人兵器の1機を破壊した。
何かと思いそちらへ視線をやれば、獣脚の有人兵器が右腕に装備された火薬式ノッカーにより射出される鉄の杭を無人兵器に突き刺していた。そして、左腕のアサルトライフルのような形状の突撃砲から砲撃を一発、ニ発、三発、四発と次々と側面に撃ち込んでいくともう1機の無人兵器を無力化した。
下の方を見ると2m級の無人兵器の無力化も終了したようだ。
獣脚型が残骸から降りるとゆっくりと軽量近接特化型に歩み寄る。
軽量近接特化型は何も言わずブレードを構える。
「無人兵器の脅威を減らしてくれて感謝するよ」
獣脚型の搭乗者からふざけたような声の無線が入った。
目の前の相手はどうやら自分達と同じ目的でここにやって来た。そして無人兵器の数を自分達に減らさせた後に自分達も始末して物資を持ち帰ろうとしていたのだ。以前にもこのようなことはあった。これがこの世界の普通なのだ。
自分の返答を待たぬまま相手は続ける。
「俺達も生活がかかっているんだ。死んでもらうぞ」
突如として突撃砲を構えた獣脚型の体が宙に浮いた。
突然の事に困惑しながら軽量近接特化型の搭乗者は目の前の新たな脅威と対峙した。
鳥の羽のような形状の装甲の先端を前面に向け、鳥のような形状の脚を持つ8mの無人兵器が機体後部に取り付けられた伸縮自在の人工筋肉を使ったケーブルの先端にあるブレードで獣脚型を貫き持ち上げていたのだ。
前進の黒い装甲がまるで死がやって来たと告げるように鈍く輝いている。
搭乗者は直感する。ここに留まってはいけないと。
「ここに居ては危険だ!トラックは速く下がれ!」
機体の外部スピーカーから力強い声が響き無人の都市にこだました。
「奴は俺が何とかする。脅威が去った後にまた連絡をするから急げいでくれ!」
男達はトラックに急いで飛び乗りその場から迅速に離れていく。それでいい。
相棒に鞭打ち単発砲の銃口を無人兵器へと向けた。弱点は恐らく頭部や脚部、機体の様々なパーツの中心部。そこに動力があるのだろう。その一点だけやけに守りが固そうだ。
「来い化け物!」
軽量近接特化型は左腕の単発砲から砲弾を放ちながらブーストを使った右へのスライドで無人兵器の背後に回り込もうとする。
無人兵器は羽のような形状の装甲の下に備付けられた機関砲を連射するも、横移動する機体を捉えられない。
管制ユニット内の照明が通常灯から危険を知らせる黄色へと変わり、ディスプレイに機体の破損ヶ所が次々に表示され、その度に警告音が鳴り響く。
真後ろに回り込む事が出来た。
その場でブーストで跳躍しブレードを振りかぶって無人兵器へ突撃する。
8m級は獣脚型の残骸を投げ捨て素早く振り返り、視界へ捉えた軽量近接特化型へ向けブレードを突き出す。
突き出されたブレードは軽量近接特化型の胴体と左腕の連結部を抉り取り、管制ユニットの左側面すらも抉る。
露出した管制ユニット内部で搭乗者は風を感じながらブレードを無人兵器に突き立てる。
ブレードは無人兵器の心臓部とも呼べる場所へ突き立てられた。
それでもその巨駆故か心臓部の装甲は分厚く、刃が中心部には到達せず突き刺さったままとなった。
「クソッタレ!」
怒りに震える拳をコンソールに叩きつけた。
何とも無かったように無人兵器が軽量近接特化型を振り払い、機体はそのまま物資貯蔵庫の巨大な扉を突き破り倒れ伏せる。
管制ユニット内の照明は危険を知らせる黄色から直ちに脱出しなければいけないと警告する赤色に変わり、ディスプレイに表示された破損ヶ所は全身になり、内部スピーカーからは耳障りな警告音が鳴り続ける。
操縦桿をどう引いても機体はもう動かず、乗降用ハッチも衝撃で歪み開かない。
ディスプレイの破損ヶ所表示の裏で無人兵器がこちらに向いている事に気付いた。さらにブレードを突き出そうとしていることも分かる。
これはまずいと搭乗者は左側に開いた穴から防毒マスクも身に着けずに無理矢理這い出た。尖った破片が脚に突き刺さり肉を抉る。
脱出し地面に着地した瞬間、抉られた肉の痛みに悶えながら軽量近接特化型の管制ユニットがブレードに貫かれたのを見た。
あんなものを目の前で見ると脱出出来て本当に良かったと思う。でも安心はしていられない。無人兵器は優先して人を狙うのだ。このままでは自分も危ない。
無人兵器が次に狙ったのは彼ではなかった。
ここから無人兵器は東の方向にあるビルの屋上を見上げていた。
その視線の方向に何が有るのか。気になった彼もまたそこを見上げる。
ビルの屋上の上、そこには1機の有人兵器の姿があった。先程の獣脚型のように横取りに来たのだろうか。それでも一人であの無人兵器を相手にするのはきついはずだ。
その機体が土煙を上げて大地に舞い降りた瞬間、彼はあの機体が何なのか気付いた。噂に聞いた事があったのだ。
全身のまるで炎に焦がしたような黒い装甲を持つ重量型機体。両脚の前面にはスパイクが取り付けられたシールド、後面にはスラスター。胴体は角張って突き出た形状にボロボロの鉄板が装甲として取り付けられ、まるで胴体に埋まっているような頭部にはセンサーを覆うように被せられた装甲のゴーグル。肩は大型化していてその側面に取り付けられた担架システムには機関砲がマウントされ、両腕側面に火薬式ノッカーのパイルバンカーを装備した機体。
そう、それはまさしく噂に聞いた無人兵器狩りの姿そのものだった。
担架システムにマウントされた機関砲を前面に展開し、機体を左右に降る。
無人兵器はそれをブレードで追い、刀身を叩きつけようとするもどれも避けられてしまう。だが機関砲は羽のような装甲で防がれている。
無人兵器はブレードでの攻撃を諦め機関砲の弾をばら撒くが、重量級の機体からは想像できない生身の人間であるかのような滑らかな動きで回避されてしまう。その身のこなしは猛牛に立ち向かう闘牛士のようであった。
無人兵器の機関砲の銃口が焼け付き煙を上げ、砲撃が一瞬止まる。
無人兵器狩りはこの瞬間を逃さなかった。
一気にブーストで跳躍し、無人兵器の頭部に脚部後面のスラスターで加速したスパイクシールドの蹴りをお見舞いする。
無人兵器はのけ反り、背面を上に向けて倒れるようにもう一度蹴りをぶつける。
衝撃を受けた無人兵器が狙い通りに背面を上に向け倒れた。無人兵器狩りはそこに飛び乗ると心臓部に到達せず突き刺さったままのブレードを引き抜き、背後へ投げ捨てる。そしてその引き抜いた穴にまずは左腕のパイルバンカーを打ち込み引き抜くと穴はさらに深くなり、今度は止めと右腕のパイルバンカーも打ち込んだ。
すると杭を撃ち込んだ穴から煙が吹き出し、無人兵器は悲鳴を上げるように機体の軋む音を上げて倒れ、そのまま動かなくなった。
残骸から無人兵器狩りが飛び降り、物資貯蔵庫の方を一瞥した。
その時、軽量近接特化型の搭乗者は無人兵器狩りの左肩に書かれた「Canopus」と「83」を見た。
無人兵器狩りは彼に背を向けそして、都市の方向へ飛び立った。
服の腕に取り付けられた小型通信機からトラックの彼らに連絡をした。
「危機は去った。回収に来てくれ」
物資貯蔵庫の中で一人残された彼は無人兵器狩りの去っていった方向を見つめ、彼はいつか自分もあのようにならなければならないと誓い、咳込んだ。