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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
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第9話 母親《シーナ》

 あの子がいなくなって、もうすぐ一年になる。


 何の意味も無い時間だった。

 何の価値も無い時間だった。


 そして、これから私が生きていく時間も同じように過ぎていくのだろう。


 だから、終わりにしようと思う。


 このからっぽの人生を……あの子のいない人生を。



 その日マルティナは、シリングタウンの教会を訪れていた。

 例の噂の調査の為だ。


 一月ほど前、このシリングタウンに一人の聖女が降臨したという。


「降臨てなによ、天使じゃあるまいし」

 マルティナは胸にさげたメダルを弄りながら呟く。


 彼女の胸に輝く白銀のメダル……女神ファルティナの紋章が刻まれたそれは、女神が加護を与えた証、教会が聖者に対して授ける物だ。


「また一人、憐れな聖女が生まれるのね……」

 まだ見ぬ聖女と自分の境遇を重ね合わせて、マルティナは深いため息を吐く。


 彼女、マルティナは商人の娘として生まれた。


 そして七つの時に、彼女は女神の声を聞き、その加護を授かることになる。

 ほとんどの場合、聖者には十歳以下の子供が選ばれる。

 『賢者ニカイド』という例外を除けば、すべての者が幼い子供のうちに聖者に選ばれ、その義務を負わされていた。


 マルティナが加護を授かった時、家族だけでなく町中が大きな騒ぎになった。

 小さな町である。聖女様なんて誰も見たことはない。

 彼女の元には連日、大勢の怪我人や病人が集まり、挙げ句の果てには、子供を生き返らせて欲しいと、腐乱死体を持った母親が尋ねてきたりもした。


 当然、そんな事できるはずがない。


 マルティナにできるのは、少し切った指の傷を治すくらいのことだ。すぐに皆がマルティナに失望した。

 何より彼女自身が自分に失望した。


 私は聖女の落ちこぼれなんだ……


 あまり良い子ではなかったから、ちゃんとした聖女になれなかったのだろう。

 女神様に一生懸命お仕えすれば、立派な聖女になれるかもしれない。


 しかし、教会に仕えるようになった彼女は、そこで聖女の現実を知る事になる。


 マルティナは思う。


 このシリングタウンの聖女も、自分と同じ道を辿るのだろうと。




 シーナは森を歩いていた。


 シーナは薬師である。


 かつては『ディナール』という街に住んでいたが、結婚を境に『ペンス村』という小村で薬師をつとめている。


 母が若くして亡くなったため、薬師としての知識や技術は、祖母によって仕込まれた。

 しかし、その技術も、シーナの代で途絶えることになるだろう。


 後を継いでくれるはずだった娘は、もうこの世にはいない。


 結婚して半年ほどの頃だ。

 領主の命令で、西の森の魔物の駆除が行われる事になった。

 甲冑イノシシの数が増えすぎて、領内の街や村に被害がでているという。兵士だけでは数が足りず、近隣の住民も義勇兵として駆り出された。


 そして、多くの人間が命を落とした。その中には、シーナの夫も含まれていた。

 立ち直ることが出来たのは、お腹の中に彼との子供がいたからだ。


 シーナは、今は亡き愛しい一人娘を思う。


 ソーニャは私のすべてだった。すべての時間が、すべての感情が、彼女の為にあった。

 なのに、ソーニャは死んだ。

 流行病はやりやまいだった。

 病の元になるからと、遺体だけでなく家も彼女の持ち物も全部燃やされた。

 それ以来、私は村の外れに一人で住んでいる。


 シーナは死ぬつもりだった。

 

 今日集めていた材料は、娘が死んでから薬を作らなくなった彼女に「ほかの人間が作った薬は飲まん」と村の頑固ジジイが無理矢理作らせたものだ。


「ボリスさんは、もう大丈夫よね」

 彼の病気もこの一年でほとんど回復していた。実際は、もうずっと前から薬は必要なかったように思う。


 彼は私に、もう一度立ち直って欲しかったのだろう。


 最期の仕事くらいはちゃんとしないと……

 シーナは、森の奥へと進んでいく。


 しばらく歩いていると、視線の先に、1メートルくらいの毛玉のようなものが見えた。


「子熊?」

近くに親熊がいるかもしれない……シーナは辺りを見回す。


「魔物じゃないよね」

 この森にはいないはずだ。


 その時、子熊がゴロンと寝返りを打った。


「あれは……」

 違う、熊ではない。


 あれは……幼女だ。


 色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。


 無論、熊の毛皮などではない。


 そして彼女は、ある日の森の中……熊さんならぬ、幼女に出会ったのだ。




 教会の奥の扉が開き、二人の男性が姿を現す。


 二人のうち、ファルティナ教の神父の格好をした穏やかそうな人物が口を開いた。


「お久しぶりです、聖女マルティナ」


「ご無沙汰しております、コルネール神父。そちらの方は?」

 マルティナはもう一人の男性へと目をやる。


 見たことの無い変わった服装をしている。体つきは鍛え上げられた戦士のようだ。


「ジェンソン……」

 神父が男に挨拶を促す。


「お目にかかれて光栄です。私はジェンソンと申します」


 礼儀正しくはあるが、やはり修道士の雰囲気ではない。


「彼はつい最近までハンターをしていたのですよ。今はここで私の手伝いをしてもらっていますがね」

 こちらの気配を察したのか、神父が話を付け足す。


「すべては、聖女ハルートのお導きです」

 ジェンソンと名乗った男は、恍惚とした表情でそう呟いた。


「聖女ハルート?」

 それが例の聖女の名前だろうか。


「はい、破壊の聖女……ハルート様です」

 ジェンソンは小刻みに震えている。


「破壊……ですか?」


 ……おや!?

 ジェンソンのようすが……!


「はい、破壊と再生の聖女です。あのお方はまず卑しく穢らわしい私の心と体を徹底的に破壊しましたそして慈愛の光をもって私を作り直したのです私は一度ハルート様によって両目を潰されましたそれは即ち私の目を作り替えることによって私の目に映る世界の改変を…うんたらかんたら……因みにいま私の着ている服はハルート様の聖衣を参考にしてつくったもので……うんたらかんたら……」


 途中からすごく早口になって意味がよく分からない。

 いや、ゆっくりでもたぶん分からないけど。


「その目、怪我をされていたのですか?」

 そうは見えないが……


「聖女マルティナ……彼は両目を失い瀕死の重傷を負っていたそうです、そして聖女ハルートは、それを一瞬で治した」

 ジェンソンに代わって神父が答える。


「まさか……」

 あり得ない、そんなこと『聖女リアナ』にもできはしない。

 それこそ『聖女アレクシア』くらいにしか……


「街での話を聞きましたか?」


 神父の問いに、マルティナは首を横に振る。


「幼い少女でした。まだほんの五、六歳くらいの、白い髪に、真っ白い肌、瞳は透きとおるような青色で……ああ、本当に美しかった」


 あれれ? 神父がロリコンぽいぞ!


「見たのですか?」


「ええ、大変な騒ぎでしたからね。私も何事かと思って広場の方にいってみたのです」

 神父は話を続ける。


「彼女は広場にいる貧しい者たちに、食事と酒を振る舞っていました。そして彼らと一緒になって肉を食べ、酒を飲み、歌っていたのです」

 神父の言葉に熱がこもる。


「彼らの多くはフランからの難民です。住む場所を追われ、職も無く、この街でも厄介者扱いされている。あの美しい少女は、そんな彼等の手を握り、抱きしめていました。その目には憐れみも同情もなかった。まるで家族や友人と接するように……」

 涙で言葉が詰まる。


「やがて、その輪の中に街の住民達も加わりだしました。普段は決して関わり合いにならない者同士が……そして彼女の歌声が……」

 そして、神父の目から涙が零れた。


 あんなに美しい歌は聴いたことが無い。まるで天使のようだったと。


「それだけでも奇跡のような光景でした……聖女マルティナ、貴方はこの街に聖女がいると聞いてきたのでしょう?」

 神父が真剣な表情で尋ねる。


「え? はい……そうですが」


「ジェンソンの怪我の話を街の人達は知りません」

 コルネール神父は少しだけ意地の悪い顔をしている。


「難民達は皆、苦しい生活をしています。体に傷を負っている者も少なくない、当然ながら医者などには行けはしない」


「まさか……」


「ええ、まさしく奇跡でした」

 神父は頷き、静かに呟く。


「彼女が歌っている時、その体が光りに包まれていきました。そして、その光が周りにいる者達にも降り注いだのです」


 その場にいた者達の傷はいつの間にか癒えていた。一人や二人ではない、なかには骨折や酷い火傷の者もいたという。


「それで、彼女は何処に?」


「わかりません……騒ぎを聞きつけた役人に連れて行かれましたが、途中で彼等を投げ飛ばして逃げたそうです」

 神父は笑っている。


「それと……同じ日に、もう一つ事件が起きています。ジェンソンは、聖女ハルートの裁きだといっていますが」


 神父の言葉に、ジェンソンは深く頷いている。


 マルティナは思う。


 どうやらこのシリングタウンの聖女は、私などとはまったく違うらしいと。




 幼女が眠っている、森の真ん中でスヤスヤと。


「生きてるよね」

 職業柄、怪我人や病人をみる機会は多い。呼吸は安定しているし、熱も無いようだ。


 それにしても……


「なんて可愛らしい……」

 シーナは幼女の頬を優しく撫でる。

 歳は、五つくらいだろうか……短めの白い髪はサラサラで、肌は雪のように白く、ほっぺたはプニプニだ。


 まるでリーリィの妖精みたい。


「でも、リーリィなら私のところにはこないよね」

 あれは、家族の所に来る妖精だ……

 シーナは呟き、苦笑する。


「キュルリ~キュルリララ~」

 その時、なにかの曲のように幼女のお腹が鳴り響いた。


 そして、その瞳がゆっくりと開く。


「おはヨーグルト……ああ、もう昼か。じゃあ、こんにチワワ」 


「え? なに?」

 シーナは困惑していた。


 幼女がなにか話しかけてくるが、言葉が分からない。


 どこか遠い国の言葉だろうか、見た目も少し変わっているし、外国の生まれなのかもしれない。


 とりあえずあの音は、腹の虫だと思うけど……


「食べる?」

 シーナは昼食用のパンをそっと幼女に差し出す。


「気が利くな、薄幸そうではあるが、なかなかに美しい娘ではないか」

 幼女は何かを呟き、パンを受けとった。


「もぐもぐ」


「かわいい……」

 本当に可愛らしい子。

 ソーニャが生きていたら四歳だから、同じくらいだろうか。ソーニャと同じくらい可愛いし、あの子の生まれ変わりかもしれない。


「きっとそうよ」

 この子の方が年上みたいだけど、そういう事もあり得ないとは言い切れないのではないか。


 娘を失った母の精神は、少しばかり不安定なようだ。


「ソーニャ……」

 シーナの静かな声が響く。


「ん? なんだ、このプレッシャーは?」

 幼女は食事の手を止めて、シーナの様子を伺っている。


「ソーニャ……一緒にお家に帰りましょう。ずっと探してたのよ、お母さん寂しくて頭おかしくなりそうだったんだから……」

 すでにおかしい女は、幼女の捕獲に乗り出した。


「うわ、この人怖い!」

 幼女は叫び、シーナから距離を取る。


「待って……どうして逃げるの?」

 幼女を見つめるシーナの息は荒く、その血走った目は変質者のそれである。


「おのれ……私は竜だ、神の支配さえ撥ねのけた絶対強者だ。貴様のような変態に……」

 

「ソーニャちゃん、一緒にお風呂ジャブジャブしましょうか……ジャブジャブ……ジャブジャブ……」

 幼女の言葉に耳も貸さず、変質者は呪文のようにジャブジャブを繰り返している。 


「黙れ! このジャブ中!」

 幼女がジャブ中を怒鳴りつける。

 

「……ごめんなさい、ソーニャ」

 幼女に叱られたジャブ中が、シュンとして呟く。


「私はハルートだ。そんな殺し屋みたいな名前ではない……」


「ハルート?」


「イエス……名付け親はどこぞのチンピラだ。今頃は殺人犯になってるはずだがな」


「ハルート……ソーニャじゃない……ああ、そうか」

 ソーニャはもういない。あの子は死んだんだ。

 

「ごめんなさい、ハルートちゃん、取り乱してしまって……」

 シーナはうつむき、涙を拭う。

 

「分かればいい……」

 涙を流すシーナに背を向けて、幼女はため息交じりに呟いた。


 その瞬間、一瞬の隙をついてシーナは背後から幼女を抱きかかえる。

 

「は、はなせ、貴様! 何のつもりだ!」


「私の娘になりなさい!」

 シーナは叫び、幼女を抱えたまま走り出す。


「待て! こう見えても私は、公然わいせつ、公務執行妨害、傷害、放火、殺人までやってる凶悪犯なんだからね!」


 混乱しているのか、幼女の叫びはなんかカワイイ感じになっている。


 そして、さらに幼女は叫ぶ。



 器物損壊もだからねっ!





街の名前は、貨幣の名前を参考にしています。

結果的に実在の名前と被ることもあるかもしれませんが…


そんなこと気にしないでいいからねっ!


では、キルミーサンクスベイベー。


アンドメリークリスマス。



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