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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
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第8話 異界の街《ソドム》

 私は、夢をみていた。


 巨大なビル群、私はそれを眺めている。

 あの戦争も、経済の崩壊も、私を殺すことはできなかった。


 私より金を持った者はいた、私より権力を持った者もいた。

 しかし、私より自由な者はいなかった。


 思うままに生き、思うままに死んだ。

 いかなる時も退かず、何者にも媚びず、何事も省みなかった。


 邪魔するものは叩き潰した、潰せぬ相手ならば噛みついた。

 何度も、何度も、相手が私を怖れるまで牙を剥きつづけた。


 やがて人は、私を竜と呼ぶようになった。


 ひとでなしの狂い竜と。


 そして、幼女は目を覚ます。


「夢か……」

 かつて自分であった者、その記憶は殆ど無い。しかし、確かに自分であると思える。

 記憶や知識が理由ではない。もっと根本的な、生き物としての根源……そう、魂が同じなのだ。


 幼女は起き上がり、毛布代わりにしていたコートを羽織る。


 色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。


 ダッフルコートである。


 サイズは少し大きめ、背が伸びたときのために袖や裾は織り込んである。大きくなっても大丈夫な仕様だ。


「起きたか?」

 アランの声がする。


「朝飯作ったから食えよ」


「ほう、なかなか美味そうではないか……では、いただきマンモス」

 幼女はまず、ジェンソンの分の朝食を平らげると、続いて自分の分にとりかかる。


「まったく……その体のどこにそんなに入るんだ」

 アランはため息を吐くと、幼女に向かって話しを始めた。


「俺達はこれから街に戻り、俺を殺そうとした男にケジメをつける。その為には……うんたらかんたら」


「もぐもぐ……」

 くだらん、話の細部までは分からんが、自分を殺そうとした人間を殺すのにグダグダと……この小者が。


「まず殺せ……策など弄すな」

 幼女が呟く。


 悪を断ずるのに大義名分などいらん。状況を作る必要などない。死んで当然、殺して当然、地獄に落ちてしかるべきなのだ。それを許さぬものがあるなら、それもまた敵だ。


 そして敵は、徹底的に叩き潰さねばならない。

 それが人であろうと、社会であろうと。


 幼女のプレッシャーにアランが怯む。


「……怒っているのか? そうか、お前もナイジェルの非道が許せないんだな」

 

 今まで優秀だった翻訳ソフト(アラン)が怪しい挙動を見せ始める。


「ん? ああ、美味いよ。コレ」

 幼女が笑顔で頷く。


 この翻訳ソフト(ver.幼女)に至っては、機能すらしていない。


「やってくれるのか? 命を助けてくれた上にこんな厄介事まで引き受けてくれるなんて……本当にありがとう」

 アランは涙を浮かべて、ハルートに頭を下げる。


「この鶏肉が特に美味いな。まるで、お肉と野菜とタレの騎馬戦や~」

 そんなアランに、幼女は彦摩呂のモノマネで応える。

 

 おかしい……いや、むしろ今までがおかしかったのだ。

 ハルートとアラン、二人の話している言語は異なる。


 アランの察しの良さもあって、今までは奇跡的に意思の疎通が出来ていたのだが、ここにきて、二人の間に決定的な齟齬が生じてしまう。


 アランはハルートに全てを話し協力を仰いだ。

 ハルートはほとんど話を聞かず無関心だった。

 アランはハルートが自分の頼みを聞き入れてくれたと思った。

 彦摩呂ハルートはグルメリポートをしていた。


 つまり……何一つ通じ合っていないのだ。


 致命的な誤解を抱えたまま、一行は『神速の狼』の拠点がある街『シリングタウン』へと向かう。


「ジェンソン、お前はしばらくここに隠れていてくれ」

 顔を隠したアランが、同じような格好をしたジェンソンに言う。


 彼らは、町外れの宿を訪れていた。


「逃げてもかまわんが、ハルートは鼻が利くからな。何処までも追いかけてくるぞ」


「逃げんよ、この目も治してもらいたいからな」


「ん? 目がどうした……」

 単語を覚え始めたハルートが、二人の会話に割り込んでくる。


「そういえば適当に治したままだったか。眼球は少し複雑だから、完治していなかったようだな。おい、電マ!」

 ハルートが声をかけると、ジェンソンはブルブル震えだした。


「ヒッ! なんですか?」 

 そして、敬語である。


「動くな……」

 幼女はジェンマの顔に手をかざし、囁くように呪文を唱える。


「天に星、地に花、人に愛……武者小路の言葉を借りて……今、必殺の」


 白い光が電マを包みこむ……まるで、卑猥な画像のようだ。


「目が……目が見える!」

 電マは濡れていた……涙に。


「えっ! 治しちゃったの? 早いよ!」

 予定外の展開にアランが叫ぶ。


「安心しろアラン……このジェンソン、約束は必ず守る。聖女様、私のような外道をお救いいただきありがとうございます。これからは正義と信仰に生き、今までの罪を少しでも償っていきたいと思います」

 ジェンソンの目は、キモい感じに澄んでいた。


「よくわからんが、私は早く街が見たい。先に行くぞ」

 

「待て、ハルート! お前、ナイジェルの顔知らないだろう!」


「いざ、異世界タウンへ!」

 幼女は叫び、街へと繰り出す。


 アランの言葉など、浮かれた幼女の耳には一つも聞こえてはいなかった。


 

 

「はぐれた……あいつ足速すぎだよ」

 幼女を追いかけ、街に入ったアランは頭を抱えていた。


 ナイジェルはそれなりに名前が知られているが、何の当ても無く見つけるのは難しいだろう。

 ハルートには、何か考えがあるのかも知れないが……まったく困った幼女だ。


「あまり、動き回る訳にもいかないしなあ」

 まだ街に戻ってないはずの自分が目立つのは大いにまずい。

 ナイジェルには、俺達が街にいない間に謎の死を遂げてもらわなければならないのだ。


 そうすることで、俺達は容疑者から外れることが出来る……

 あとは、ジェンソンがナイジェルの罪を告発して終わりだ。


 死んではいても、ナイジェルを犯罪者として裁くことはできる。そうなれば、奴が貯め込んでいた金も、慰謝料としてアイルトンやミハエルの身内に渡るはずだ。あの二人には色々と世話になったから、少しは恩返しになるだろう。


 すべては、ハルートのお陰だ……

 

 彼女に感謝しつつも、アランは思う。

 あんな幼い子供に手を汚させてまで目的を遂げる。そんな自分は、ナイジェルに劣らぬウンコ野郎だ。

 こんな自分に果たしてミカはついてきてくれるのだろうか。


 辺りを見回すが、幼女の姿は見当たらない。ふと見上げた教会の屋根に、白い鳩が数羽とまっているのが見えた。


 なんにしても、まずはナイジェルを殺すことだ。


 そして、すべてがうまくいったなら……


 教会の鐘が鳴り響き、一斉に鳩が飛び立つ。その鐘の音に紛れて、アランは小さな声で呟いた。


「この恩は一生かけても返すよ、ハルート」



 その頃、ナイジェルは荒れに荒れていた。

 ルイス達はまだ戻ってこない。


「あの愚図共、一体なにをやっている!」


 そして、ミカのあの言葉……


「好きな人がいるから、もう誘うのはやめて欲しいの」詰所で、夕食に誘ったときに言われた言葉だ。


「その好きな人は、今ごろ樹海で魔物の腹の中だ……」

 ルイス達が気を利かせて、アランの腕の一本でも持ってくれば、そいつをミカに見せつけてやるんだが……


 通りすがりの人や物に当たり散らしながら、ナイジェルは街の裏通りを歩いていた。


 明るい内から酒を飲み、酒場で暴れて追い出されたのだ。

 もちろん店主から、もらうものはもらっている。


「この金で女でも買うか」

 ミカに似た女を鳴かしてやる。


 下品な笑みを浮かべて、ナイジェルは娼館へと向う。

 

「邪魔だ! クソ餓鬼!」

その道すがら、彼はぶつかった幼女に蹴りを入れた。


 色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。


 その幼女は白かった……肌も、髪も。

 そしてその空色の瞳は怒りに燃えていた。



 アラン達と別れたハルートは、スーパーハイテンションガールと化していた。


 幼女の肉体は、確かに精神に影響を与えているのだろう。普段のクールっぷりは何処へやら、その目に映る人や物、そして街の景色に目を輝かせていた。


「まさしく異世界だな」


 見たことのない物や食材、服装や装飾品も自分の記憶にあるどの国とも微妙に違う。文明はさほど発展していないようだが、街には活気がある。


「素晴らしい……」


 良い街だ、とハルートは思う。


「獣耳や尻尾の生えてるのは見当たらないな」

 山羊人間がいたのだからいると思ったが、残念だ。


 まずは食を楽しむとしよう……

 金は、ルイス達から奪った分がある。ジェンソンからも治療費として財布ごといただいてきた。


 予算は十分だ。


「では、これより異文化コミュニケーションを開始する」


 そして幼女は、肉を喰らい、野菜を喰らい、浴びるように酒を飲んだ。


「さあ飲め! 今日は私の奢りだ!」


 そのへんの汚いおっさん達も巻き込んで、酒瓶を片手に肉を貪り、歌い踊った。

 突如現れた幼女は、街に狂乱を巻き起こした。


 その歌声は天使のように美しく……その踊りは、見た目は子供、頭脳は大人の名探偵のパラパラ以上の狂気をはらんでいた。


 そして、ひとしきり騒いだ後……


 幼女は連行された。


「酒臭っ! もう、子供がお酒なんか飲んで……あなた名前は? 住んでるところは? 親御さんは? なんであんな事したの? なんで服脱いじゃったの?」


 屈辱だ……ハルートは歯ぎしりをした。


 二人の役人に両方から手を繋がれた姿は、さながら「さらわれた宇宙人」のようだ。


 しかも、全裸である。

 酔って、浮かれて、脱いじゃったのだ。


 「おのれ……権力の犬どもめ!」

 ハルートは怒りに震える。


 しかし、このまま警察署的な所に行くのは不味い。

 私は住所不定無職だし、保護者といえば殺人予定者と……電マだ。


 仕方がない……逃げよう。


 ハルートは役人Aをローキックで倒すと、役人Bを手を繋いだ状態から一本背負いで投げ飛ばす。


「コイツは返してもらうぞ」

 そしてコートを奪い返すと、スタコラ逃げた。


 権力の犬達から逃亡した幼女は、街の裏通りを歩いていた。

 そのはらわたは、マグマのように煮えたぎっている。


 なぜだ……!


 異界の文化をゴキゲンで楽しんでいたはずが、今や私は犯罪者だ。

 こんな裏通りをコソコソと歩かねばならんとは……


 ここは最低の街だ。


 天から火と硫黄が降り注いで、すべて焼けてしまえばいいのだ。

 人間は全員、塩の柱になれ!


 幼女が理不尽な怒りを振りまきながら歩いていると、前から酔っ払い風の男が歩いてきた。


「昼間っから飲んだくれるとは、アル中か? クズめ!」

 自分のことはすっかり棚に上げて、幼女が男を罵る。


 そして……男と幼女はすれ違い、二人の体がわずかに触れあう。


「邪魔だ! クソ餓鬼!」

 男の蹴り出した足が、幼女のコートを汚した。


「……ころす」

 幼女の周囲の空気が変わる。


「……私のこの手が真っ赤に燃える!」


 その右手が炎に包まれる。


「アル中殺せと轟き叫ぶ!」

 炎はさらに強さを増していく。


「お前……その手熱くないのか? いや、まさか……魔術か!」

 ナイジェルが、怯えた悲鳴をあげた。


「やめろ! 俺が誰か分かっているのか? 見ろ! この胸の傷を! さあ、俺の名を言ってみろ!!」


「………爆熱!」


「やめ――」


「ドォラゴン! フィンガァァーー!!」


 ナイジェルの体が燃え上がり、吹き飛ぶ。


「ヒート……エンドだ」


「クク、さすがアル中、よく燃える」

 幼女が笑う。


「公然わいせつ、公務執行妨害、傷害、放火」

 それに殺人……か。


「さすがにこの街にはおれんな」


 そして幼女は旅立つ、友人達に別れも告げずに……





今回のタイトル、ソドムは旧約聖書にでてくる天からの火と硫黄で滅ぼされた都市です。


アル中を焼いたのも神の指的な技でした。


ではバーニングサンクス。


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