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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
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第7話 聖女《ポスターガール》

 ナイジェルは、自宅の鏡の前で表情を作っていた。


「ああ、アランよ、なぜ死んでしまったのだ! 私はお前を実の弟のように思っていたのに、悲しみで胸がはり裂けそうだ!」


 少し、わざとらしすぎるだろうか……


「アラン、勝手に死にやがって、この馬鹿野郎が!」


 うん、こっちの方がハンター達にはウケがよさそうだ。


「後は、傷心のミカを口説くだけだな」

 これで”アラン死亡後シミュレーション”は完璧だ。ナイジェルは鏡の前で、愛しいベイビーとの未来を夢想する。


 しかし、アランのクソにも困ったものだ。

 俺の女(予定)に手を出すなんて、死んで当然、地獄に落ちてしかるべき重罪だ。

 アランといいミハエルといい、最近の若い奴は年長者へのリスペクトがまるで足りていない。


 ミハエルは俺を裏切って他所よそのパーティーに移ろうとした。それも、よりにもよって”紅い一角獣ユニコーン”のクソ処女厨どもの所にだ。


 大体、処女バージンの女ハンターなんているわけが無いだろう……ミカ以外。


 あのクソ共と違って、アイルトンは少しだけ気の毒だった。


 アイツは優秀な男だった。

 腕は立ったし、人望もあった、そのうえ顔も良かった。


 つまり、優秀すぎた。


 俺達”神速の狼”は、全員が兄弟みたいなものだ。

 ボスである俺が長男だ。

 弟が兄を裏切るなどあってはならないし、兄の女(未定)に手を出すなど以てのほかだ。


 そして……兄より優れた弟など存在しない!


 ちなみにミカは、血の繋がらないおれに密かに想いを寄せる可愛い妹という設定だ。


「そろそろ吉報が届く頃だろう」

 呟くと、ナイジェルは”神速の狼”の詰所へと向かう。


 ご機嫌に、鼻歌を歌いながら。




 黒の樹海……この人外魔境を悠々と歩く者がいる。


 加山○三ではない。


 色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。


 ダッフル幼女である。


 左手には剣を、右手にはニンゲン(ジェンソン)を装備している。

 時折、吸血ネズミや剛腕ウサギといった小振りな魔物が襲ってくるが、なぜか剣ではなくニンゲンで倒している。


「やめてあげてよ、ジェンソン死んじゃうだろ」

 使用される度にうめき声をあげるジェンソンの姿に、アランは同情の声をあげる。


「フハハ、我が二刀流に死角はない!」

 幼女はアランを無視して、右手重視の二刀流を振るい続けている。


 どうやら、装備を変えるつもりはないようだ。


「まったく、なんて幼女だ」

 アランは諦めの溜息を吐くと、この得体の知れない幼女について考える。

 見た目は人間の子供のようだが……この出鱈目でたらめな強さ、それに樹海にいたことを考えれば、やはり魔物だろうか。言葉は通じないが、知力は高いような気がする。


 そういえば、名前も聞いてなかったな。


「なあ、俺はアランというんだが、君の名前は?」

 アランはジェスチャー付きで幼女に尋ねた。


 幼女はアランの問いかけに首を横に振って答える。


「ないのか?」


 幼女が頷く。


「そいつは不便だな、仮の名前でもいいからつけたらどうだ?」


「名前か、魔物相手には名乗る必要もなかったが、人の世界ではそうもいくまいな」


 以心伝心、拈華微笑とでもいうのか……この二人、言葉が通じなくとも、完璧な意思疎通ぶりである。


「そうだな、母譲りの見た目を考慮すれば、青眼ブルーアイズ白竜ホワイトドラゴンとか……」


「は?」

 幼女の言葉に、アランはなに言ってんのコイツって顔をする。


「では……デューク・○郷、偽名といえばこれだろう」

 自分で自分に名前をつけるという行為に、幼女は少し照れているようだ。

 

「すまん、もう一回言ってくれ、よく分からなかった」


「え? デュ、デューク……トウ…ゴ…ウです……」

 よほど恥ずかしいのだろう、幼女の雪見だいふくみたいなほっぺは、真っ赤に染まっている。

 

「くそ! もういい、貴様が決めろ!」

 羞恥心にまみれた表情で、幼女がアランを指さし叫ぶ。 

 

「俺が決めろってのか? うーん……じゃあ、ハルートとかどうだい?」

 昔、家で飼ってた白豚の名前だ、色がよく似ている。


「ハルート……確か、堕天使の名だったか。貴様、背中がゾワッとするセンスをしているな」

 アランの提案に幼女は考え込むような表情の後、ニヤリと微笑んだ。

  

「いいだろう、翼を持たない竜には似合いの名かもしれん」

 アランの提案した家畜系ネームに、幼女は満足そうに頷く。


「本当にいいのか……」

 どうしよう、豚の名前に決まってしまった。この由来は知られる訳にはいかない、間違いなくサツガイされる。


 アランは、自分の軽率な命名を深く悔やんだ。


 幼女の名前が決まり、ジェンソンの寿命が尽きそうになった頃、彼らの視界の先に明るい光が見えてきた。


 ついに、樹海の終わりが近づいてきたのだ。


「ここから先は、一人でも何とかなるが……」

 どうする、とアランは幼女に尋ねる。


 幼女……ハルートは自分を指さした後、樹海の外を指さす。


 自分も行くと。


「心強いな、じゃあこれからもよろしく頼むよ。ハルート……」

 アランは右手を差し出し握手を求める。


「痛い……助け……て」

 ハルートはジェンソンを人形のように後ろから操ると、彼の折れた右手を差し出した。


 そして、アランとジェンソンが固い握手をかわす。


 森が終わり、景色が変わる。


「グッバイ……樹海」

 幼女は、少し寂しそうに呟いた。


 


「ハルート! ジェンソンが死んじゃう、どうしよう!」

 アランは叫び、ハルートの元へと駆け寄る。


 色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。

 ダッフルコート……ではない、全裸である。


 全裸の幼女がそこにいた。


 樹海を抜けた後、街へと向かう途中の広野で、一行いっこうは野営を行うことにした。そこでアランは、酷使された武器ジェンソンの手入れ(看病)を、ハルートは念願であったコートの手直しを行っていた。


「ああ、ジェンソンが天に召される!」

 アランが叫ぶ。


 ジェンソンは奇声をあげて、嘔吐と痙攣を繰り返していた。


「騒がしい連中め」

 ハルートは億劫そうに立ちあがると、ビクン、ビクンと痙攣しているジェンソンの元へと近づいていく。


「クク……エビみたい、キモイ動きしやがって」

 幼女はニヤニヤと笑い、ジェンソンに向かって左手をかざす。


「さて、雰囲気づくりに呪文でも唱えるか……えーと……エロイムエッサイム……エロいムエタイ戦士」


 いい加減な呪文が唱えられ、幼女の全裸ボディが淡い光を放つ。


「エコエコアザラク、エコノミックアニマル……」


 光は徐々に輝きを増し、白い炎へと姿を変える。


「ではいくぞ、ファルティナの力を借りて、今、必殺の!」


 白炎はハルートの左手からジェンソンに燃え移ると、彼の全身を包みこんだ。

 

「ジェンソンの傷が……治っていく」

 

 アランは目の前の光景に息を飲んだ。


 その美しい少女は瀕死の戦士に優しく微笑みかけると、彼の体にそっと左手をかざした。

 彼女の口からは、聞いたことの無い神秘的な言葉が紡がれ、彼女と彼を聖なる光が包み込む。


 そして死神は……戦士の元から去ったのだ。


 アランは跪き、祈っていた。その目には涙がにじむ。


「ああ、聖女様」

 彼は眼前の奇跡に震えていた。


『聖女』

 この世界において、聖女あるいは聖者と呼ばれる者には明確な定義がある。それは女神の祝福を受け、『女神ファルティナの加護』を得た者達の事である。


 加護の力は二つだけ、傷を癒す力と『神託』を得る力だ。


 ただし、彼らの『癒しの力』は精々がかすり傷を治す程度であり、それだけでもかなりの体力を消耗するという。


 瀕死の人間を簡単に癒やせる者などは存在しない。


 かつて、瀕死の騎士の傷を癒し、自らも三日三晩、生死の境を彷徨った『聖女アレクシア』の話が伝説になっているくらいである。


 しかも、彼らの力は、病に対しては効果がない。

 『癒しの力』は『神託』に信憑性を持たせる為にこそあるのかもしれない。


 所謂、”分かりやすい奇跡”というやつである。


 ちなみに、聖者には容姿の優れた者が多く「女神ファルティナは見た目で聖女を選んでいる」と女神批判をした男には、裁判で有罪の判決が下されている。


 かく言う私も、聖者には美男美女が多いように思うが、健全な魂は美しい肉体に宿るのだろうと納得している。


 なお、肝心の『神託』の内容だが、魔物に関する事柄が多く、魔物の大量発生や、強力な魔物の発生を事前に知らせてくれる為、『緊急魔物速報』とも呼ばれて大変有り難がられている。


 また、『神託』にのせて女神の愚痴や近況報告が聞こえるという噂もあるが、真実は謎である。


 女神書房刊『聖者の存在理由レゾンデートル』より




「いったい、なにが起きた……」

 ジェンソンの傷は、そのほとんどが癒えていた。驚くことに、目も少しだが見えるようになっている。

 

「ジェンソン……」


 声がする。目はまだはっきり見えないが、アランのようだ。


「俺は生きているのか? これは一体どういうことだ」

 訳が分からない、とジェンソンは呟く。


「落ち着けジェンソン、落ち着いたら俺の話を聞け」

 そういうとアランは、水と食事をジェンソンに手渡し、話を始めた。


「まず、ルイス達は死んだ。連中の死体は樹海に置いてきたから、今頃は魔物の餌だろう」

 アランは続ける。


「お前を生かしたのは、ナイジェルを潰すためだ。今回の件、それとミハエルとアイルトンの件、その証言をお前にしてもらう」


「無茶だ……そんなことをすれば俺も終わりだ。どのみち生きてはいられない」

 話にならない、ジェンソンはかぶりを振る。


「ナイジェルとお前達以外に、事情を知っている奴はいるのか?」


「大抵の人間が察してはいるさ。ミハエルは一角獣ユニコーンから引き抜きの話がきていたし、ナイジェルはアイルトンを妬んでいた……殺したいくらいにな」

 

「ナイジェルのクソ野郎め。だがなジェンソン、俺が言ってるのはそういう意味じゃない。直接関わった人間、もしくは確実な証拠を持っている奴がいるかどうかだ」


「それは……」

 アランの言葉に、ジェンソンは考え込んだ。


 それはいないだろう……汚れ仕事は俺達の役目だった。

 もちろんそれだけの報酬は要求していたが……なんにしても、ナイジェルがいる以上意味の無い話だ。ナイジェルを売れば、俺も一緒に地獄に落ちる。俺に奴は裏切れない。


「ナイジェルは……殺す」

 アランの冷たい声が、ジェンソンの思考を断ち切る。


「お前が証言をするのは、ナイジェルが死んだ後でいい」

 アランは一気に捲し立てる。


「お前は俺を殺すよう指示を受けたが、良心の呵責かしゃくに耐えかねて俺を助けた。ミハエル達の話は、今回の件に関わる事になったときに初めてナイジェルから聞いた事にすればいい」


 語りかけるアランの目には、強い覚悟が感じられる。


「信じないやつもいるだろうが、証拠が無いなら問題ない。ハンターの内輪揉めなんて、役人も真面目に調べやしないさ。ナイジェルのことだ、他にも悪事がクソほどでてくるだろうしな」


 だが、とジェンソンは割って入る。


「どうやってナイジェルを殺す? 憎いから殺しました……じゃあ、お前が監獄行きだぞ」

 それにナイジェルは強い。あの性格の悪い男がボスなのは、奴が誰よりも強いからだ。


 しかも、自分が犯人だとバレないように殺す……不可能だ。


「ハルートにやってもらう、本人は了承済みだ」

 ジェンソンの考えが分かったのか、アランがそう答える。


「ハルート?」

 誰だ? あれ、目が痛くなってきたぞ。


「あ、あの化け物か」


「化け物? 失礼なことを言うなよ。お前の怪我を治したのはあの聖女様だぞ」

 一瞬でな、とアランが言う。


「聖女?」

 いわれてみれば、なぜ俺の怪我は治っている。目は潰れていたし……骨も折れていたはずだ。


「お前に選択肢はないと思うぞ。お前の目、ほとんど見えないだろう。お前がナイジェルについたとしてもその目じゃハンターは続けられない。役立たずの上に、余計な秘密を知っているお前を、ナイジェルが生かしておく訳が無い。俺に罪を着せることができたら、次はお前だよ。それに、この話にはハルートものっている。俺を処分できたとして、アレをどうする。ナイジェルなんかとは格が違うぞ。お前、もう一回人間メイスやってみるか?」


「勘弁してくれ……」

 あれと揉めるのは嫌だ、ジェンソンは震える声で答えた。


「お前への報酬はその目だ。ちゃんと見えるようにしてやる」

 成功報酬だがな、とアランが言う。


「治せるのか?」


「一瞬だったと言っただろう。時間をかければ元に戻せるそうだ。さあ、細かい打ち合わせをするぞ」

 そう言うと、アランはジェンソンの肩を叩く。


「そうか、治るのか……」

 呟くジェンソンの瞳から、一筋の涙がこぼれた。




 ジェンソンとの打ち合わせを終えた後、アランは一人、眠れぬ夜を過ごしていた。


「うーん、どうやってハルートを説得しようか」

 ジェンソンには悪いが、あの幼女はコートの手直しに夢中で、俺の話など聞きもしなかった。


 コートができたら、すぐに寝ちゃったし。

 言葉も通じないし。


「まあ、なんとかなるだろ」

 とりあえず、明日の朝飯は腕を振るうとしよう。幼女のゴキゲンを取るのだ。


 そう誓うアランの視線の先では、コートを毛布の代わりにした幼女が、スヤスヤと眠っていた。





タイトルの”ポスターガール”ですが、ここでは広告塔といった感じの意味で使っています。


神速の狼の人たちの名前は、F1の人たちを参考にしてますが、

F1の方のジェンソンさんは、かなりの男前です。


このいつも痙攣してる人とは何の関係もありません。


当然です。


では、サンクスベリマッチオ


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