第6話 相棒《パートナー》
一見、冴えない男である。
しかし、幼女は目の前の男の才能を瞬時に見抜く。
この男、存外鋭い、と。
彼らの間に起こった諍い。おそらくは仲間割れだったのだろう。そして、その最悪の状況のなかに現れた、私というイレギュラー。
混乱していたはずだ……
言葉は間違いなく通じていなかった。
ジェスチャーも少し難しかった可能性がある。
もしかしたら、モノマネも余計だったかもしれない。
いや、それはないか……すごく似ていたし。
なんにせよ、あの男は私の求める答えにたどり着いた。
しかも、あの速さでだ。
恐るべき洞察力である。
「たいしたものだ」
幼女は感嘆する。
そして思う、コイツは使えると。
一方アランは、混乱の極致にあった。
絶体絶命の状況で使った切り札は、不発に終わった。
嫌がらせにウンコでも投げつけてやろうと、踏ん張っていたところに現れたのは、魔物ではなく……
幼女であった。
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、厚手の生地、フロントにはトグル。
ダボダボのコートを着た幼女である。
そして、その幼女の手で、かつての仲間達は蹂躙された。
白い髪に、白い肌、青く透き通った瞳は、恐ろしく冷たく見えた。
「リーリィの妖精……」
アランは呟く。
北の地方に伝わる子供の妖精。冬の終わり頃に民家を訪れ、食べ物をせがむ。
食料を与えてもてなせば、その家には幸運が訪れる。
食料を与えず追い返そうとすると、家の年長者を執拗に殴りつけ、稼ぎの少なさを罵った後、唾を吐いて去っていく。
癇癪持ちのワガママフェアリー……
だが、この幼女は『リーリィ』ではない。彼女が欲しているのは食料ではないのだ。
アランは、幼女のジェスチャーを即時に見抜く。
「よく分からないが、糸とハサミなら……あるぞ」
実際はゲルハルトのものだが、死んでいるからいいだろう。
そして、二人の心が繋がる。
E.Tと、エリオット少年……二人の人さし指が触れあう。
その瞬間にも似た感動が、二人を包んでいた。
アランがハサミと糸を幼女に渡そうとしたその瞬間、第4の男が姿を現す。
ルイスである。
「マジ疲れた。水とか持ってない?」
ルイスはジェンソンに話しかける。
「目が、目が!」
ジェンソンはこればっかり言っている。
「いや、メガシャキじゃなくて水、ウォーター! うわ! なにその目! 血の涙流してんじゃん! てかアラン、生きてるし!」
「生きてて悪かったな……」
アランはルイスを無視して、自分の置かれた状況を考える。
このままコイツ等を皆殺しにして帰ったとして、ナイジェルにどう報告する。桃色パンサーに四人ともやられて、自分だけは生き残ったと伝えるか。
いや駄目だ、きっと仲間殺しの罪を着せられる。
なら逃げるか……誰も帰らなければ、全滅したと思われるだろう。
樹海ならあり得ることだ。
「気に食わない……」
何故、逃げなきゃならない。
それじゃあ結局、ナイジェルの思いどおりじゃないか。
それにミカはどうなる、こんな手を使うヤツだ。言うことを聞かせるためなら、何をするか分かったもんじゃない。
「敵は、潰さねばならない……徹底的に」
幼女の声がする。
言葉は分からないが、言ってる事は分かる……いや感じる。
「ナイジェルを……潰す」
アランは覚悟を決めた。
「なにこれ、ネルソン死んでんじゃん! これゲルハルト? 顔グチャグチャでわかんねー!」
ルイスが、五月蝿く騒いでいる。
「これ、アランがやったの? 一人で? どうやって? 眠っていた力が覚醒したの? 伝説のスーパーアラン人とかになっちゃったの?」
「五月蠅い奴だな、舌かんで死ねばいいのに……」
しかし、どうする……アランは、ルイスを無視して再び思案する。
目の見えないジェンソンを連れて樹海を抜けるのは難しい。
なら、ルイスを生け捕りにしてナイジェルの悪事を吐かせるか。
その為には……
「頼む! 力を貸してくれ! ハサミと糸はあげるからっ!」
アランは幼女に向かって叫んだ。
五月蠅いし馬鹿だが、ルイスは手強い。
一人で生け捕りは無理だ。肩に矢が刺さってすごい痛いし……
「殺さない感じでお願いします! 食料とかもあげるから!」
頼む、通じてくれ……アランは女神に祈った。
「……なるほど」
目の前の状況を元に、幼女は一つの仮説を立てる。
放っておいても、あの男とは戦闘になる。
そうなれば必然、奴は死ぬだろう……にも関わらず、あの必死の懇願。
つまり、殺さずに倒して欲しいということか……
思考の末、エスパー系幼女は正解にたどり着いた。
「不殺か……苦手でござるな」
幼女の口調が突然、流浪人っぽくなる。
「は……? なんで幼女がいんの? 迷子的な奴?」
幼女の存在に気づいたルイスが、無防備に近づいていく。
「峰打ち不殺、かつて殺生を望まぬ剣士が編み出した不殺の剣法。相手に刃があたる直前、手の中で剣を半回転させ、峰で打つ」
幼女が呟く。
その手には、ジェンソンの剣が握られている。
「参る!」
幼女は踏み込み、一瞬でルイスとの間合いを詰める。
そして、凄まじい速さで剣を振り抜いた。
「安心しろ、峰打ちだ」
しかし……ジェンソンの剣は両刃である。
ルイスの体は真っ二つになった。
「ああ! 全然通じてない!」
アランは悲痛な叫びをあげた。
いや、通じてはいたのだ。
ただ、少しだけ幼女がオッチョコチョイだっただけである。
幼女は「ふぇぇ……」と呻き声をあげると、近くにいたジェンソンを素早く絞め落とす。
「コイツでも構わないだろう?」
幼女は誤魔化すように笑い、アランに向けてサムズアップをする。
「見た目は可愛らしいが、恐ろしい幼女だな」
アランは苦笑いを浮かべたまま、親指を立てて幼女に応える。
「その男、樹海の外まで運びたいんだが……」
ハサミと糸、そしていくらかの食料を渡し、アランは幼女にジェスチャーを送る。
「交渉成立だ」
幼女は頷き、手を差し出す。
その小さい手を、アランの手が強く握った。
そして二人は、樹海の外を目指して歩き出す。
瀕死のジェンソンを引きずりながら。
Q. メガシャキを知っているルイスは転生者でしょうか?
A.いいえ違います。ただの悪ふざけです。
では、さんくちゅ