第5話 狩人《ハンター》
「アイツら、いつかウンコ食わせてやる!」
アランは、怨言を吐きながら、必死に走った。
彼の右肩には、矢が刺さったままになっている。倒れずに走り続けていられるのは、強い怒りのためだろう。
「裏切り者どもめ!」
矢に貫かれた右肩のワッペンを睨んで叫ぶ。元々灰色だった紋章は、彼の血で赤く染まっていた。
彼――アランはハンターである。
ハンターといっても、彼らが狩るのは普通の獣ではない。
魔物と呼ばれる凶悪な生き物だ。
この世界における『ハンター』とは、魔物専門の狩人を指す呼称である。
そして、アランを追っている者達、彼らもまたハンターである。彼らの右肩には、アランと同じ、狼のワッペンが縫い付けられている。
灰色の狼の紋章――それは『シリングタウン』を拠点とするパーティ『神速の狼』のメンバーの証。つまり、アランを追っているのは、同じパーティの仲間ということになる。
彼はなぜ、仲間に追われているのか、話は少し前に遡る。
この大陸でハンターを生業とする者は、ユニオンという組織に所属する義務がある。
ユニオンの主な業務は、ハンターの認定、魔物から得た素材の売買、そして依頼の仲介である。
今回、ユニオンから依頼をうけた『神速の狼』のリーダーは、アランを含む五人のハンターを黒の樹海へと派遣した。
依頼の内容は、桃色パンサーの討伐と毛皮の採取である。
幸いアラン達は一人の負傷者を出すこともなく、桃色パンサーの討伐に成功する。
そして、後は毛皮を持ち帰るだけだと、アランがそのピンクの毛皮を剥ごうとした――その時である。
パーティの一人、ジェンソンが突然アランへと斬りかかった。
その一撃をかろうじて躱したアランだったが、続けて放たれたネルソンの矢が、彼の肩口をとらえた。
「お前ら、なんのつもりだ!」
アランは叫ぶ。
アランは今、ジェンソンに金を借りている。
しかも、返済をのらりくらりと先延ばしにしていた。それに、今使っているナイフはネルソンから借りパクしたものだ。
今のところ、どちらも返す予定はない。
でも、殺すことはないだろう。
謝るから……
「金は来月返すから!」
アランは真剣な表情をつくると、ジェンソンに向かって叫んだ。
「何を言っている」
「え? 借金のこと怒ってんじゃないの?」
「これは、リーダーの……ナイジェルの指示だ。恨むならアイツを恨め、借金はお前の報酬分から回収しておく」
ジェンソンの言葉にアランの表情が固まる。
「どういうことだ? なぜ、ナイジェルが俺を……」
困惑の中、アランは別の仲間に助けを求めた。
「ルイス! コイツ等を止めてくれ!」
「お前さ、ミカにちょっかいかけたろ。それでナイジェル、キレちゃったんだよ。もう諦めろ」
ルイスが半笑いで言う。
「あの二人、できてたのか?」
アランは縋るような目でゲルハルトに尋ねた。
「いや、ナイジェルが一方的に……あと何度か振られてるみたい」
「俺、悪くないじゃん!」
「……ナイジェルに睨まれたら、ウチじゃやっていけないんだよ。アイルトンやミハエルが死んだのもそういうことだ。済まないが、お前も死んでくれ」
そう言うと、ジェンソンはアランに剣を突きつけた。
「ふざけるな! この外道ども、てめえらの血は何色だ!」
アランはジェンソンを睨みつけ、怒りの形相で叫ぶ。
その時、一頭の桃色パンサーが茂みから飛び出し、ジェンソンに襲いかかった。
「くっ!」
突然の襲撃にジェンソンの体勢が崩れる。アランはその隙をついてジェンソンを蹴り飛ばす。
「このクソ野郎ども! 魔物に喰われて死んじまえ!」
借りパクナイフをジェンソンに投げつけると、アランは樹海の奥へと全速力で駆けだした。
どれくらい走っただろうか、アランは肩の痛みに耐えて樹海の中を進んでいた。ジェンソン達の姿は見えないが、ナイジェルの命令なら諦めはしないだろう。
「あの桃パン……」
アランはふと、おそらくはもう生きていないであろう魔物のことを考える。
自分達が殺したヤツの身内だろうか。家族か、友人か、恋人かもしれない。きっと仲間思いのヤツだろう。
「ウチの連中とは大違いだ」
呟くアランの背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
目の前には、樹海の闇が広がっている。
「死んでたまるか……」
アランは呼吸を整えると、その闇の中へと飛び込んでいった。
彼女はもう全裸ではない。
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。
ダッフルコートである。
「むう、さすがに大きすぎるな」
幼女のコート姿はまるで着ぐるみみたいになっていた。
「手直しが必要だ。針はともかく、糸はどうするか……」
幼女が思案に耽っていると、どこからか叫び声がきこえてきた。
「怒声のようにも聞こえるが……」
揉め事はご免だ、と幼女は思う。
せっかく手に入れた服が汚れてはたまらないし、もしそんなことになったら、怒りで国の一つくらい滅ぼしてしまいそうだ。
「とりあえず様子を見るか」
幼女は手頃な木を素早く登り、辺りをぐるりと見回した。
「あれは……ホモサピエンス!」
幼女の目に、人間らしき生物が映る。
人間ならば、糸やハサミを持っているかもしれない。幼女はそう考え、ニヤリとほくそ笑む。
「あっ増えた……」
走る人間の後を、複数の人間が追っているようだ。手にはいずれも武器を持ち、殺気立った様子にみえる。
「これは、穏やかではないな」
まあ、いつの時代も、どんな場所でも、人の世が穏やかであった事などないのだろうが……しかし、こんな森の中でも同族で殺し合うか。
彼らの様子を見て、幼女は思う。
あれは確かに、自分のよく知る人間という生き物に違いないと。
アランは体力の限界を感じていた。傷の痛みと疲労で倒れてしまいそうになる。
「くそ! こんなところで終わってたまるか!」
アランには夢があった。
いずれ大きな手柄を立てて、騎士になりたい。
彼の英雄、スヴァングレイのように。
「まて! アラン!」
叫び声と共に飛んできた矢が、足をかすめる。アランは勢いよく倒れると、地面を激しく転がった。
「足が……」
傷は浅いが、走るのは難しいようだ。それ以前に、アランにはもう立ち上がる体力さえ残ってはいなかった。
しかし、アランは諦めない。
「ゴキブリアラン」そのしぶとさゆえに付けられた異名である。
悪口ではない……はずだ。
「こいつを使うか」
ゴキブリアランは懐から笛とガラス瓶を取り出す。
魔物寄せの笛と、魔物の好物アイズの実を浸けた液体……どちらも街の怪しい錬金術師から買ったものだ。
「心中覚悟だな……」
ゴキブリは苦笑し、一枚の布を取り出した。追っ手との距離はもうほとんどない。
「女神よ! 俺を守ってくれ!」
アラン(ゴキブリ)は瓶を投げ割ると、思い切り笛を吹いた。
「ソラシ~ラソ、ソラシラソラ~」
笛の音が辺りに響く。
チャル○ラである。
そして、すぐさま布をかぶる。布には岩っぽい絵が描かれている。
擬態である。
「……ふざけているのか?」
アランに追いついたジェンソンが、呆れたように呟く。
ネルソンは必死に笑いを堪えていた。おかげで弓が打てないでいる。
敬虔なファルティナ教徒であるゲルハルトは、己の罪を女神に懺悔していた。
足の遅いルイスは、まだ追いついていない。
魔物は……来なかった。
インチキ錬金術師め!
アランは心の中で叫んだ。
その時である……
「ギュルルルルゥーーギュルーン!」
暴走族仕様のバイクの様な音が辺りに響き渡る。
「なんの音だ!」
ジェンソンが叫ぶ。
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。
ダッフル幼女である。
「あんな音を聞かせられては……腹も鳴るさ」
幼女が呟く。
「子供? なぜこんな場所にいる」
「チャ○メラが聞こえたのだが、ラーメンは……無いか。では、ハサミと糸を持っていないかな?」
困惑気味のジェンソンに、幼女が優しく語りかける。
「何を言っている! コイツ、魔物の類いか!」
ジェンソンは、幼女に剣を向け叫んだ。
「やはり言葉は分らんな。まあ、落ち着け……糸と」
幼女が両手を横にピーと広げ、糸を表すジェスチャーをする。
「ハサミだ」
そして両手をチョキにして、バルタン星人のポーズをとる。
「フォフォフォ……」
サービスでモノマネもしてやる。
服を手に入れたからか、今日の幼女は随分とご機嫌らしい。
「ヒィッ! 魔術か!」
幼女のジェスチャーとモノマネがよほど怪しかったのか、ジェンソンは悲鳴をあげて幼女に斬りかかってきた。
「交渉決裂か……仕方がないな」
ため息まじりの幼女バルタンのハサミが、ジェンソンの両目を貫く。
「アァ-! 目が、目が!」
「ジェンソン! おのれ、化け物め!」
ネルソンが矢を放つ。
「北斗○拳奥義、二指○空把」
幼女の二本の指で掴まれた矢が、ネルソンに投げ返され、彼の額を貫いた。
「女神の裁きを受けよ!」
ゲルハルトがメイスを振りまわす。
「スローすぎてあくびがでるな」
幼女はそれを片手で受け止めると、ゲルハルトの顔面に膝蹴りを入れる。
ゲルハルトの顔面が、グチャリと潰れる。
ルイスは、まだ追いつかない。
「なんだ……これは」
アランは目を疑った。
今回の依頼、表層とはいえ樹海に潜る必要があった。
そのため、メンバーには『神速の狼』の中でも、特に腕の立つものが選ばれていた。
それが……一人の幼女に瞬殺である。
現実離れした光景の中、アランはその恐るべき幼女を見た。
「糸と……」
幼女は両手を横にピーと広げる。
「ハサミだ…」
両手をチョキにして、謎のポーズをとる。
「フォフォフォ……」
そして、不気味に笑いだす。
「よく分からないが……糸とハサミなら……あるぞ」
アランは、ゲルハルトの鞄から糸とハサミを取り出した。
幼女は驚愕の表情で叫ぶ。
「コイツ、使える!」と。
今回のハンターの人たちの名前の元ネタは、F1ドライバーです。
性格や扱いについては、一切他意はありません。
言うまでも無い事です。
では、サンクスアンドサンクス。