第46話 三角砦《あの砦は今……》
お久しぶりでございます。
およそ一ヶ月ぶりの更新となりました。
途中、3話、4話の大幅な訂正などはしていましたが、さすがに間が空きすぎたと反省しております。
今後はもう少しペースを上げていきますので、どうかよろしくお願いします。
それと、前述した3話、4話の件ですが、特に4話は内容が結構変わっていますので、一度読んだ方も、もう一度読んで頂けたらなと思います。
もちろん、話の大筋に変更はありません。
放置している間もブックマークを外さずにいてくれた皆様、更新が途絶えているにもかかわらず、新たにブックマークして下さった皆様、本当にありがとうございます。
では、久しぶりの46話、読んでくれる皆さんに感謝を込めて……
サンキューベリマッチ。
幼女の登場により軍議の空気は大きく変わった。
抗戦派は活気づき、降伏派の中からも「戦う以上は負けられない」と前向きな意見が出始める。その中でレオンは、改めて「レナードとの徹底抗戦」を宣言した。
「あのような子供にハーンズの命運を託すのか……」
バース男爵の人形化により、事実上の解散に追い込まれた降伏実現党の党員が、非難の言葉を漏らす。
「メレディス、言いたいことがあるなら、はっきりと言え」
消え入るような声でぼやく党員を、レオンは強い口調で咎めた。
視線の先では、美しい顔をした若い貴族がニヤついている。
“金で爵位を買った男”、この商人上がりの新参貴族をそう軽侮する者も多い。だがレオンは、彼の手腕と人柄を高く評価していた。
メレディス・ウェルズはレナードと繋がっている……その情報を耳にするまでは。
「独り言ですよ。しかしハーンズ卿、いくら優れた術者とは言え、子供に戦争が出来るのですか?」
メレディスの視線は幼女へと向いている。
その幼女は、バース男爵の股間に花瓶を被せて「ほらサラ、こわいチ○コは、カワイイお花になったよ」と、狐娘を慰めている。
「問題ない。彼女は特別だ」
「そうですか……まあ、あなたが戦うと決めたのなら、私は従うだけですが」
そう言うメレディスの声は平坦で、そこには不安も怖れも感じられない。
「負ければすべてを奪われるのだ。決死の覚悟で挑んでくれ」
「もちろんですよ。ハーンズの勝利のため、私も命を懸けましょう」
軍議の場に、感情のこもらない軽薄な声が響く。情報の漏洩どころではない。戦場での裏切りさえあるのではないか、レオンは最悪の事態を想像し、危機感を募らせる。
「命を懸けるか……」
ならば、いっそ見せしめに首でも刎ねるか……薄ら笑いを浮かべるメレディスを前にして、レオンの胸裏にほの暗い殺意が芽生える。横目に見た視界の端で、腹心の騎士ディーノも頷いた。
「メレディス、お前に聞きたいことが――」
「ハーンズ卿、それはコウモリではないぞ」
メレディスへの追求を、幼女の澄んだ声が遮る。
「よほど余裕がないようだな。目が曇っているぞ、ハーンズ卿」
バース男爵を部屋の隅に放り投げると、幼女はゆっくりと席に座った。
「ハルート嬢、それは一体どういうことだ? それとサラ、ちょっと後ろを向いてくれ」
幼女の後ろに立つサラが、レオンに言われるまま黙って後ろを振り向く。大きく丸いお尻に、女狐の尻尾がフリフリと揺れている。
「尻尾がチャーミングだ……90点」
レオンはボソリと呟き、平静を取り戻した。
「ではハルート嬢、話の続きを――」
「なるほど、あの格好は趣味ではなく偽装か……」
「ハルート嬢?」
「ん、何でもない。それより、ハーンズ卿には反省が必要だな。まず大事な話し合いをするときは、あの尻のでかいメイドを横に置いておけ。ハーンズ卿は、女の尻がないと能力が半減するんだから」
「……あの、ハルートさんは心とか読めるのかな? もしそうなら、こういう場所でお尻のことを言うのはやめて下さい。立場とかあるので……」
否定する気力もなくしたレオンは、ハルートさんにお願いする。彼女の後ろでは、チンコを見せられ、尻を見られたサラが、絶望の表情で立ち尽くしている。
「心を読んだりは出来ないさ。そこのコウモリもどきの感情くらいはわかるがな」
「それは――」
「それはどういう意味だ?」
レオンが声を発するよりはやく、メレディスが幼女に尋ねた。
「言っていいの?」
その一言にメレディスはわずかな動揺を見せる。幼女はニヤリと微笑み、席を離れて彼の後ろに立つと、まるで口づけをするように、若い貴族の耳元に顔を寄せた。
「なんで……」
幼女が囁いた言葉に、メレディスの美しい顔が歪む。
彼は力なく俯くと、ただ一言「魔女め……」と呟いた。
幼女の、涼やかな青眼がメレディスを見つめている。
「ハーンズ卿、後でいいから、こいつの話を聞いてやってくれ。もちろん二人きりでな」
その眼差しは優しげで、彼を気遣っているようにも見える。
メレディスはコウモリではない、レオンは幼女の言葉を思い出し、冷静に思考を巡らせる。
メレディスがレナードと繋がっているのは間違いない。レナードに何度も使者を送り、彼自身もアイザックの元を訪ねている。
金の流れも、人の動きも簡単に掴むことができた。
そう、不自然なほど簡単に。
「分かった。私も彼には聞きたいことがある」
レオンがそう答えると、下を向いたままのメレディスの肩がピクリと動いた。
長めの髪が顔を隠し、彼の表情を伺うことは出来ない。
「よかったね、ちゃんとレオン君に言いたいこと言うんだぞ」
幼女は笑顔で、ウンウンと頷いている。
「よし皆、そろそろ具体的な対策を考えようか。レナードが泣いて帰りたくなるような、すごいアイデアを期待する」
「コウモリ」という単語とメレディスの変貌は、貴族達の間に微妙な緊張をもたらした。
レオンは重苦しい空気を振り払おうと、出来るだけ明るい声で彼らに呼びかける。
「そのようなもの、あるわけがない。レナードの兵は一万近くまで膨れあがっているのだぞ」
降伏派の一人が呟く。
「一万……それは確かなのか?」
「正直、信じられんが」
「事実ですよ、常備兵や傭兵だけじゃない。多くの農民兵にトルティエからの援軍までいます」
数人が動揺を示すなか、今まで黙っていたメレディスが口を開く。
「それに、数の問題だけではありません。レナードの先鋒はジーン・レナード率いるレナード騎士団です」
「魔王殺しか……」
数々の武勇を誇る騎士団の名に、貴族達は息を飲んだ。
「やはり、降伏しかないのではないか? こちらの兵数は三千にも満たないのだぞ」
「何を今さら……」
軍議は再び振り出しに戻ろうとしていた。焦りを感じたレオンは助けを求めて幼女を見る。
幼女は、部屋の隅を見つめて震えていた。
顔を手で押さえ、肩を震わせていた。その姿はまるで、恐怖に震える小さな子兎のようだった。
「ハルート嬢……大丈夫か?」
彼女にとっても、人間同士の争いは怖ろしいのかもしれない。レオンはそう思い、出来るだけ優しく幼女に声をかけた。
「フヒヒ、ハーンズ卿、あれ見てアレ! ほら、尻アタマがビクビクして亀頭みたいだろ!」
幼女は、痙攣するバース男爵を見て笑っていた。
「あっ! またビクッてなった! ほらサラも見てみろ、チンコ人間だぞ! なんて卑猥な生き物なんだ!」
幼女は赤面するサラに向かって、男性器の名前を連呼している。
「ねえハルート嬢、今までの話……聞いてた?」
「え? いや、すみません。アレがあんまり面白くて……」
幼女はテヘヘと照れ笑いを浮かべている。
その様子にレオンは「心配は無用だな」と安堵のため息を漏らした。
「さすがに不真面目すぎるぞ、ハルート様」
レオンやサラだけではなく、幼女はガラードからも小言を言われていた。
「ちっ、うるさいな。あんなモノ見て笑わずにいられるか、ペニスマンだぞ、ペニスマン、頭に尿道口があるんだぞ」
「ハルート様……」
「わかってる。ちゃんと反省してるから……そんな目で見るんじゃない」
軽蔑の視線から逃げるように、幼女はガラードから目を逸らす。
「ハルート嬢、敵は一万だ。どう戦う?」
そんな幼女に、レオンが深刻そうな声で尋ねてくる。
「どうもこうもないよ。一万だろうが、十万だろうが、結果は同じだ。人間の兵士など、私からすれば虫ケラと変わらん。問題は、一方的な虐殺をどうやって戦争らしく演出するかだ」
幼女の発言に、その場にいる全員が理解できないといった反応を示す。
「まあ心配無用だ、ちゃんと策は用意してある。ここに来る前に現場も確認してきたから問題ない」
「現場?」
「向こうの方に三角の砦があるだろう……あそこだ」
幼女はニヤリと笑い、西の窓を指差した。
「三角……ムーディ砦か?」
ムーディ砦はハーンズ西部の平原、『赤の平野』にたつ塁砦である。内部には大きな円柱型の石塔が一つあり、その周囲には三つの望楼が立っている。構造はシンプルで、規模もそう大きくはないが、周囲を取り囲む三角型の塁壁は、分厚く頑強で高さもある。
「そう、上空からみたら、梅干し入りのおにぎりみたいだった。なかなかのグッドデザインだね」
幼女は小さな両手で三角形を作り、ニッコリと笑う。
「『三角砦』は特定の魔物用の要砦……というより壁だ。人間相手の拠点にするには色々と欠陥もある。立て籠もるにしても、もっと良い場所があると思うが……」
幼女の提案に、レオンから否定的な意見が返ってくる。
「あそこの構造も、造られた経緯も理解しているよ。確か、魔物の群れを“右から左に受け流す”ための防壁だったな」
繁殖期になると、決まったルートを通って移動する、ネズミの体にカエルの手足が生えた魔物「ビッキーマウス」
ムーディ砦は、その大群による行進「ビッキーマウスマーチ」を受け止め、その向きを都市の方角から逸らすために造られた要砦である。
「そうだ、十年くらい前までは大活躍だったんだが、ビッキーマウスの数が減った今では、忘れ去られた存在になっている」
レオンは言う、ブームは去ったのだ、と。
「“右から左に受け流す”しか能がないんじゃ仕方がないな……」
幼女は、世の中の厳しさを噛み締めるように呟いた。
今回の砦のモチーフは、ムード歌謡ネタで一世を風靡したあの人です。
ビッキーマウスは、偶然、あのネズミに名前が似ただけであって、意図的なものは一切ありません。本当です。
それと、3話、4話と同様に、5話以降も少し書き直したいな、と思っています。
その際は、更新の時の前書きか、活動報告にでも書いて伝えますので、よかったら読んで下さい。
では、今回も読んでくれてありがとうございました。




