第45話 軍議は踊る《されど進まず》
今回の話ですが、時系列的に言えば、前話の幼女パートの少し前になります。
それなりに偉い人達が、言うことを聞くようになった経緯といったところでしょうか。
私は一話、四千文字を目安にしているのですが、手前で切ると短い、先まで入れると長い、といった状況によくなります。
今回もそんな感じで、少し長めになりました。
とはいえ、そんなに長くはありませんので、暇潰しにでも読んでくれたら嬉しいです。
では、読んでくれるあなたに感謝を……
ありがとうございます。
「領主レオンをレナードに降るよう説得せよ。成功した暁には、レナード統治後も貴公の身分は保証する」
自身の元に届いた密書の内容に、パトリックの心はわずかに揺れた。
パトリックが当主を務めるルーベン家は、領主より代々、ハーンズ南部の管理を任されてきた。現在の当主パトリックが父から家督を継いだのは二年前、彼がちょうど二十歳の時だ。
それ以来この若き当主は、デュラン領に面する難しい土地を苦労しながらも何とか治めていた。
「ハーンズは滅ぶだろうな」
眉間に深い皺を寄せ、パトリックは天を仰ぐ。
この密書が、ハーンズの分裂を誘う為の策略であることは分かっている。分かっていながらも彼の心は揺れていた。
誇りと忠義を持ったまま、沈むと分かっている船に乗り続けるか、主を偽りの言葉で説き伏せ、レナードの臣として生きる可能性を得るか。
「つまりは、格好良く死ぬか、無様に生きようとするかだ」
そう零す彼の目の前には、先代領主から贈られた家宝の大剣が飾ってある。パトリックはそれを手に取り、鞘から抜き放つと、テーブルの上に置かれた密書めがけて、力任せに振り下ろした。
激しい衝突音が屋敷中に響き渡り、密書はテーブルごと真っ二つになった。
「刃こぼれ一つないか」
曲がることも欠けることもない、輝きを保ったままの剣身を見つめて、パトリックは呟く。
「我が忠義も、この剣の如くあるべきだ」
彼の顔からは、もう迷いは消えていた。
「待っていろレナード、一発喰らわしてやる」
若者は手勢を集め、ディルハムへと発つ。
その胸に、宝剣のように輝く誇りと忠義を抱いて……
レナード侵攻に際して、レオンは領内の貴族達に招集をかけた。
魔物の脅威のあるこの世界では、小さな町や村を治める少貴族達が、単独で領地を守っていくことは難しい。それ故、彼らは強い力を持つ貴族に忠誠を誓い、その庇護下に入ることで、自らの土地や財産を守っている。
無論、それは相互に利益を与え合う互恵的な関係であり、主に危機が迫れば、彼らもまた、ダッシュで駆け付けなければならない。
所謂“御恩と奉公”、“いざ、ディルハム”である。
そうして、レオンの呼びかけのもと開かれた軍議は、大いに荒れていた。集まった領内の貴族達は、降伏派と抗戦派に別れて互いを口汚く罵り合っている。
レオンは、軍議の体をなしていないその状況を放置して、部屋の中に男の尻しかないことを嘆いていた。
「勝ち目などない! すぐに降伏の使者をだすべきだ! ハーンズ卿、よもや領地惜しさに、兵を無駄死にさせるつもりではないでしょうな!」
尻欠乏症に陥ったレオンが「マチルダを呼ぼうかな」と思案していると、尻みたいな頭をしたハゲ……バース男爵が、屁のような声でレオンに詰め寄ってきた。
「降伏か……」
レオンはポツリと呟くと、小さなため息を吐いて黙り込む。
「ああ、降伏で思い出したが……」
二人の会話に割り込むようにして、若い貴族が口を開いた。
「実は先日、レナードのクソから密書が届きましてな。内容は確か『ハーンズ卿をレナードに降るよう説得すれば、レナード統治後も身分は保証する』だったかな」
声の主、ルーベン家の当主パトリックは、降伏派に対して疑いの視線を向けている。
「それなら儂のところにも届いたぞ、わざわざ言うこともないと黙っていたが……」
まさか乗せられた阿呆はいまいな、と老貴族が笑う。
彼らの言葉に、降伏派の何人かが表情を歪ませた。
「待て、密約云々は別にして、私は戦には反対だ。戦で荒れた土地は簡単には元に戻らない。それに、人の殺意と血の臭いは魔物を引き寄せる。勝算の無い戦いに、民を巻き込むべきではない」
降伏派の一人が、強い口調で主張する。貴族の見栄に民衆を付き合わせるべきではないと。
「その通り! 我ら貴族は何よりまず民を――」
「バース男爵、私は戦を望まぬが、レナードに屈するつもりもないぞ。もし降伏ということになれば、貴族の身分は返上し、一人の平民としてレナードを殺しに行くが……貴公も一緒に来るか?」
「えっ! 頭大丈夫? じゃなくて……その、前向きに……検討しよう」
予想外のお誘いだったのだろう、バース男爵は動揺し、歯切れの悪い返答を返した。
その様子に、抗戦派ばかりでなく、降伏派からも冷たい視線が注がれる。
レナードを迎え撃つ方策どころか、意思の統一さえできないまま、時間ばかりが過ぎていく。貴族達の顔には苛立ちと焦りの色が浮かんでいた。
「ハーンズ卿、貴方の考えをお聞かせ願いたい」
重苦しい空気の中、パトリックがレオンに意見を求める。
「そうだ! 先ほどからずっと黙っているが、早くしないと間に合わなくなるぞ! どうするのだ! 降伏するんだよね!」
それに便乗して、バース男爵が変な口調でレオンに迫る。
「降伏はしない」
レオンは尻アタマを見据えたまま、静かに答えた。
「ま、待たれよ! 我ら、降伏実現党は――」
何か危ういことを言おうとしているバース男爵を手で制し、レオンは言葉を続ける。
「降伏はしない。我々ハーンズは侵略者を迎え撃ち、これを撃滅する」
その言葉に、抗戦派は「おお……」と沸き立ち、降伏実現党員は眉をひそめた。
「レナードとの戦力差は歴然だ! いかな奇策を用いたとしても、この差を埋めることなど出来はしないぞ!」
「バース男爵、貴公はまるでレナードの人間のように話すな」
「ば、馬鹿なことを、私はハーンズのことを思ってだな……」
「分かっている。だが、もしこの中に、レナードにつこうと考えている者がいるのなら……悪い事は言わん、やめておけ」
レオンは言う「レナードに未来はない」と。
「ハーンズ卿、そこまで言う根拠はなんだ……ハーンズがどうやってレナードに勝つというのだ」
全員の思いを代弁するかのように、バース男爵がレオンに尋ねる。
「根拠か、それは――」
レオンが口を開くと同時に、室内に扉をノックする音が響いた。
そして館の老執事、ノーマンが告げる。
レオンが言う、その幼女の到来を。
「ボンジュール人間ども、ご機嫌いかが?」
多くの者が困惑の表情を浮かべる中、それは姿を現した。
黒い人狼のような、鋭い目つきをした獣人と、銀色の髪をした美しい女の獣人を引き連れて。
「あれは、妖精か?」
その人間離れした容姿に、貴族達は目を見張った。
煌めく白銀の髪に、透き通るような白い肌、青く輝く双眸は波のように揺らめいている。
「白い魔女……実在していたのか」
誰かが囁く。
「遅くなってすまんハーンズ卿、ちょっと寄り道をしていてな」
彼女はざわつく貴族達を気にも留めずに、気さくな様子で領主に声を掛けた。
「いや、ちょうど良いタイミングだ。それでハルート嬢、今の状況なんだが……」
「レナードの動きについてはステテコから聞いている。敵の数は、予想より少し多いみたいだな」
「ああ、領地の外からも随分集まっている。傭兵だけでなく、他の領地からの援軍までいるらしい。本当にうんざりするよ。ところでハルート嬢、ステテコって誰? ひょっとしてステインのことかな」
「フフ、アイツはステテコで十分――」
「ハーンズ卿!」
幼女の美しい声を塗りつぶすようにして、大きな怒号が部屋中に響き渡った。
「この緊急時にそんな幼児と何を話している! それに、神聖な軍議の場に薄汚い獣人を入れるなど、どういうつもりだ!」
禿げあがった頭を真っ赤に染めて、バース男爵が二人に食ってかかる。
「薄汚い……だと?」
幼女の冷たい声に、室内の空気が一変する。
背筋に悪寒と緊張が走り、貴族達は無意識に、佩剣している腰の辺りに手をやった。
「なんだ、これは!」
貴族達から叫声があがり、突然現れた炎が、彼らの視界を埋め尽くしていく。
「人間風情が私の眷属を侮辱するか。虫けらめ、三途の川の水質でも調べてこい」
威力を強めていく炎の中、幼女の声が響いた。
そして爆炎は、巨大な紅蓮の竜巻へと姿を変えて、空へと昇っていく。
天井を突き破り、バース男爵を巻き込んで……
「見ろハーンズ卿! こいつ尻が二つあるぞ! 頭がケツみたいに割れてやがる。一体どっちからクソをするんだ?」
幼女はケラケラと笑いながら、床に転がったバース男爵の頭をつついている。
その様子を見つめる全ての者が、言葉を失い、立ち尽くしていた。
貴族も騎士も、レオンでさえも……
炎の竜巻に飲みこまれ、焼け焦げた肉塊となったバース男爵は、幼女の祈りと輝く光の翼に包まれて、黄泉の淵から舞い戻った。
それはまるで、神々しい儀式のようだった。
焼け爛れた身体は瞬く間に再生され、彼は今、傷一つ無い姿で床の上に横たわっている。
全裸で。
幼女曰く、傷は治せるが服は元に戻せないらしい。
「ハーンズ卿、あれは一体……」
パトリックが震える声でレオンに尋ねる。
「彼女こそが根拠だよ。レナードを滅ぼし、ハーンズに勝利をもたらす存在、破壊と再生を司る暴虐の幼女……ハルート嬢だ」
「勝利をもたらす……」
「そうだ、彼女の手を握ったあの日、私は賭けに勝ったのだ。さあパトリック、軍議の続きをするとしよう。随分風通しも良くなったし、きっといい話し合いができる」
レオンは笑って、大きな穴のあいた天井を見た。視界の先には、抜けるような青空が広がっている。
「彼女の瞳と同じ色……我らの希望の色だ」
青空から降り注ぐ陽光が、半壊した席とそこで待つ同士達を照らしている。
レオンはそれを、未来を照らす希望の光だと思った。
バース男爵の頭の形を気に入った幼女は、気を失ったままの彼を人形のように操作して、二人一組で軍議に臨んでいた。
「宇宙の玉者、ニコちゃん大王だがや」
ニヤリと笑って自己紹介をするが「ニコちゃん大王」を知らない異世界の貴族達は、困惑するばかりでクスリともしない。
会心のモノマネをスルーされた幼女は、少しションボリして、全裸のオッサンで人形遊びを始める。
「ゲッツ!」
「プヒッ」
幼女は自分で作ったポーズに一人吹き出すが、貴族達は何かに怯えたように、幼女とバース人形から目を逸らす。
「コマネチ!」
「フヒヒ」
全裸のオッサンがやる「コマネチ」にも、幼女以外は笑っていない。
「信じられん、この世界の貴族は、感情を無くしてしまったのか。なあサラ、なにか面白いポーズはないか? 私は彼らに心を取り戻して欲しいんだ……」
幼女がはた迷惑な使命感を燃やし、バース人形をサラの前に差し出す。
「え、あの、すみません。私には分からない……です」
サラは、目の前にチラつく裸のオッサンに、顔を赤らめてモジモジしていた。
このピュア狐め……サラの羞恥顔が、幼女のセクハラ魂に火を付ける。
「なあサラ、チ○コ見る?」
「見ません……」
ピュア狐は目を逸らしたまま、即答した。
「なんで? 見た方がいいよ。大丈夫、あんまり大きくないから、怖くないよ」
幼女はニヤニヤと笑い、変態のような口調でピュア狐に迫る。
「やめて下さい、ハルート様……」
執拗にオッサンの股ぐらを見せつけてくる幼女に、サラは目を閉じ抵抗する。
「ふう、そんなに嫌なら仕方がない。サラ、もう目を開けていいぞ、パンツ履かせたから大丈夫だ」
「私はその、そういうものには興味がありませんので……」
サラがホッとした様子でゆっくりと目を開く。
「やあ、こんにチンコ! 仲良くしようぜ」
サラの信頼を裏切り、セクハラ幼女がバース男根を見せつける。
ピュア狐は顔を真っ赤にした後、うずくまってシクシクと泣き出した。
「ハルート嬢、頼むから真面目にやってくれ」
そして、幼女はついに怒られた。
彼女は思う。
やはり、この世界の貴族にも心はあったのだと。
今回の話は、タイトル風に言うと、文字数は多め、されど進まず、といった感じです。
あと、前話に続いて終盤が妙なテンションになっています。
きっとこれは、熱さのせいでしょう。
あまり気にしないで下さい。
涼しくなったら、たぶん治りますから……
では、今回もありがとうございました。
ばいばい。




