第43話 涙《戦う理由》
今回は、おさらいみたいな内容になってしまいました。
もう少し長めにしようか悩んだのですが、良い区切りが見つからずにここで切っています。
次は週末あたりに更新しようと思っています。
では、今回も読んでくれるあなたに感謝を……
ありがとうございます。
レナードとの戦争が、彼女にとってどういう意味を持つのか、獣人達はもちろんそれを知っている。
彼らが敬愛する女神……ハルートの母を殺したのが、他ならぬレナードなのだ。
酔いつぶれていたのが噓のように、彼らはその表情を精悍な戦士のものに戻して、幼女の元へと集う。身体から漲る溢れんばかりの闘志は、彼らの内にある獣性を限界まで高めていた。
「女神ハルートよ……あなたは約束通り、我らを楽園へと導いてくれた。今度は、俺達が誓いを果たす番だ」
ガラードは幼女の前に跪き、その決意を彼女に告げる。
「ああ、頼りにしている。その爪牙を以て、レナードの愚か者どもを血に染めてくれ」
幼女は儚げな笑みを浮かべ、ガラードの獣耳をそっと撫でた。
その懐かしい感触に、ガラードは初めて彼女と出会った日のことを思い出す。
「あの日、あなたに会わなければ、俺達に未来はなかった。世界を恨み、自分達の運命を呪って死んでいただろう」
カロッツァに追われ、絶望の淵にあったガラード達は、突然現れた白い幼女……ハルートによって救われた。
「あの日から今日まで、あなたと共にあった日々は幸福に満ちていた。ハルート様……我らの愛しき女神よ、この恩を、少しでもあなたに返したい。あなたが望むなら、俺達はこの世界のどんなものとでも戦ってみせる」
幼女を見つめるガラードの瞳に迷いはない。そしてそれは、他の獣人達も同じだった。
「最初、お前達に目をつけたのは、良い手駒になると思ったからなんだけどな……」
幼女は少し困ったような顔をして、獣人達に笑いかける。
「すっかり情が移ってしまったよ。今では、お前達がかわいくて仕方がない」
そう言うと幼女は、ガラードの頭を乱暴に撫でまわした。
「小っこくて可愛いのは、ハルート様の方だろ」
ガラードは笑って幼女を抱き上げると、自分の肩の上にひょいと乗せる。
「さあ、ハルート様命じてくれ、俺達はハルート様の役に立ちたいんだ」
ガラードの言葉に幼女は笑顔で頷き、彼の肩の上から獣人達に向かって呼びかける。
「皆、聞いてくれ……レナードはかつて、私の母をその手にかけた。奴らは、ただ静かに暮らしていた我が母の命を、理不尽な理由で奪ったのだ」
幼女の声は穏やかだった。その穏やかさが、尚更に獣人達の怒りと悲しみを誘う。
「私はレナードが憎い……奴らは、私と母の穏やかな暮らしを破壊した。そして今度は、私とお前達の楽園をも壊さんとしている。奴らはその薄汚い野心の為に、私から二度も故郷を奪おうというのだ」
幼女の悲しげな声が響き、その青く澄んだ瞳から一筋の涙が零れた。
その様子に、獣人達は激しく動揺する。
「レナードの野郎、ハルート様を泣かしやがった!」
ウッドが叫ぶ。
「マジ、許すまじ……!」
ケンが怒りに身を震わせる。いつもの冷静さを失い、言葉が駄洒落っぽくなっている。
「おのれレナード! 女神に仇為す害虫め! 皆殺しにしてくれる!」
サラが怒り狂って、なぜかハーマンを殴る。
「ウギャッ! なぜ……私を……殴るのだ?」
「その痛みはハルート様の心の痛みだ! 恨むならレナードを恨め!」
「え?」
ハーマンは色々と言いたい事があったが、言えばどうせ殴られるのだろうと口をつぐんだ。
「ベイビー達よ……」
囁くような幼女の声に獣達は、はっと我に返る。
「この戦いは、きっと厳しいものになる。それでもどうか、私と一緒に戦って欲しい」
幼女はガラードの肩から降りて、獣人達に頭を下げた。
「女神よ、あなたの怒りは我らの怒り、あなたの悲しみは我らの悲しみだ。我らの運命はあなたと共にあり、この命はすでにあなたに捧げている」
ガラードは右手を左の胸にあて、メリケン人の「忠誠の誓い」のようなポーズで幼女への忠心を示す。
「それにな、ハルート様……このクローナは俺達にとってもかけがえのない故郷なんだぜ」
ガラードが笑って言うと、他の獣人達からも次々に同意の声があがった。
「そうか、ならば……」
幼女の顔に獰猛な笑みが浮かぶ、冷たさを含んだ風がダークネイビーのコートをたなびかせる。
「聞け、戦士達よ! 我が仇敵レナードは、すでにハーンズ侵攻の準備を終えている! あの悪逆無道の侵略者どもは、すぐにでも我らの安寧の地に攻め込んでくるだろう! 誇り高き獣の戦士達よ! その正義の牙を以て、レナードとそれに与する全ての者に裁きの鉄槌を下すのだ!」
蒼眼に憎悪の炎を揺らめかせ、幼女は叫ぶ。
「我が愛し子よ! 不死の獣軍よ! あのゴミ共に、この世の地獄を見せてやれ!」
幼女の叫びに応えるように、獣人達は雄叫びをあげた。雷鳴のような咆哮が響き渡り、大気を激しく震わせる。
「同胞達よ! 今こそ女神の大恩に報いる時だ! レナードの軍勢を食い破り、その屍をハルート様への供物とするのだ!」
テンションが上がりまくったガラードが、邪神崇拝者みたいな発言をする。
「クク、さすがは人形愛好家、マッドな言葉がよく似合う。死体は……いらんけどな」
獣達の叫声の中、幼女はポツリと呟いた。
殺意の波動に目覚めた獣人達は、まるで遠足を待ちわびる子供のように、楽しげな様子で戦の準備を始めていた。
「ガラード、部隊を二つに分けるぞ。一つは私と共にディルハムへ向かう。残った方は近隣の村に状況を説明した後、周辺の防備の確認だ。厄介そうな魔物の巣なんかを前もって潰しておけ」
「ハルート様、残った方は留守番……てことはないよな?」
「当然だ、今はまだレナード領内に動きがあるだけだが、数日後には、軍勢がハーンズとの領境を越えてくるだろう。それまでに部隊は合流させる」
「了解した! 腕が鳴るな!」
ガラードがウキウキで獣人部隊に駆け寄り、指示を出し始める。
「煽りすぎたかな……」
その様子を見つめる幼女は、嘘泣きはちょっとやり過ぎだったかもしれない、と少しだけ反省をしていた。
レナードのハーンズ侵攻、その報せに最も動揺したのは、教会の聖女シャロンであった。
「戦争になるというのは本当なの?」
「ああ、レナードはそこら中で兵を集めている。今頃はハーンズに対して宣戦布告を行ってる頃じゃないか? 戦の準備は結構前からしていたみたいだからな、別に驚きはしないさ」
シャロンの問いに、幼女が平然と答える。
「なぜこんな時期に……大侵攻の被害は、ハーンズにもレナードにも少なからずあったはずでしょう?」
「その大侵攻が引き金なんだよ。魔王討伐の手柄を盾にして、アイザックはローデンや教会を黙らせたんだ。その上で、息子を英雄に仕立てあげ、領内の有力者達を味方につけやがった。大したやり手だよ、あの親父は……」
まったく忌々しい、と幼女は舌打ちをしている。
「どうしてあなたがそんなことを知っているのよ。それに、なぜあなたや獣人達は、こうも積極的に戦争に加担しようとしているの?」
彼女達は義勇兵として戦争に参加するつもりなのだろう。シャロンは、幼い少女が戦場に立つ姿を想像して心を痛める。
「ワンニャン達とのやりとりを見ていなかったのか?」
「あなたのお母様のことは……でも、あなた達は軍人じゃないでしょう」
「え? 軍人だけど……」
なに言ってんの、と幼女はアホ面を晒すシャロンに、自分達の立場を説明する。
「そんな! ハーンズの領主は、あなたのような子供を軍に……それも、復讐心を利用して取り込むなんて!」
シャロンは領主の非道さに激昂した。確かに彼女の『治癒の力』は軍においても大きな力になるだろう。それに、彼女の容姿や戦う理由は、兵士の士気をあげることにも役立つに違いない。
全部分かったうえで、この幼気な幼女を利用しようというのか……おのれ、人間のクズめ! シャロンは心の中で、お尻大好き領主を罵倒する。
「いや、逆だよ、逆。ハーンズ卿が取り込んだんじゃなくて、私が売り込んだんだ。さすがに全部説明するのは面倒だが……」
幼女は少し考え込むような仕草をすると、憤慨するシャロンに向かって静かに告げる。
「全部私の計画通りなんだよ」と……
彼女は“育ての母”を失った後の行動をシャロンに語った。その内容に、シャロンは眩暈を覚えるほどの衝撃を受ける。
彼女がハーンズにいる理由、カロッツァの獣人達が彼女に従う理由、領主さえも巻き込んで、すべては彼女の復讐のために……
「ま、過程が計画通りなら、結果も推して知るべし……だな」
幼女はニヤリと笑い、予言のように呟いた。
レナードの落日は近い、と。
獣人達がそれぞれに武器を持ち、鎧を着込んで慌ただしく動き回っている。
「彼らも命を落とすかもしれないわ……」
咎めるでも、責めるでもない、平坦な口調でシャロンは言う。
「そうはさせん、これは奪うための戦いだ。この戦争で私が何かを失うことはない」
「そんなこと、出来るはずが無いでしょう。戦争なのよ、いくらあなたの『治癒の力』が凄くても、人には無理なことがあるのよ」
大軍同士が殺し合いをするのだ。いくら彼女でも、すべてを治すことなど出来る訳がない。シャロンは憐れみの目で幼女を見つめる。
「お前は根本的な部分で思い違いをしているな。マルティナちゃんの話をした時も言わなかったか? それ以前に、お前にはちゃんと名乗った筈だがな」
「マルティナ? なんの話よ」
幼女の言葉にシャロンは困惑する。
「私がいつ、自分を人間だと言った」
シャロンは最初、幼女が何を言っているのか分からなかった。
そして、ふと彼女の言葉を思い出した。
「リュウの末裔、女神の横に並ぶもの……」
シャロンは呟く。彼女は確かそう名乗った。酔っぱらっていたから自信はないが、あの時感じた異様な感覚は、今でもシャロンの身体に残っている。
「そうだ、私は竜だ。この世界で最も強く美しい存在、お前達の女神さえも蹂躙した、ファルティナの白き竜……その血族だ」
「女神を……蹂……躙?」
「そういえば、お前からは、なかなか面白い情報をもらっていたな」
幼女は微笑み、シャロンに話しかける。その蒼い瞳は妖しい光を放っている。
「これは、情報料代わりだと思うといい。これでマルティナちゃんに振り回される心配もないし、お前の敬愛する女神のことも今以上に理解出来るはずだ」
「ちょっと待っ――」
「私とファルティナはな……」
そして、シャロンは知る。
幼女と、女神を名乗る者達の関係を……
今回は五日ぶりの更新です。
今後はこれくらいのペースでやっていけたらと思っています。
今後も応援よろしくお願いします。
では、ありがとうございました。




