第42話 レナード《野心と未来》
皆さんお久しぶりです。
約一ヶ月振りの更新となりました。
放置してすみません。
今後はあまり間が空かないように更新していきたいと思いますので、どうか見捨てないで下さい。
お願いします。
今回の話は、お待たせした分少しだけ長めです。
では、久しぶりに読んでくれるあなたに感謝を……
ありがとうございます。
アイザック・レナードはハーンズ侵攻の意志を隠そうとはしなかった。
ハーンズとの境を流れるメネストレイル川の水利権を巡って、ハーンズとレナード、領境の村の間で争いが起きた。その調停のためにとハーンズ側が数人の兵を派遣した結果、アイザックはそれを侵略行為だと指摘して、報復を理由に兵を集めだしたのだ。
「理由は何でもよかったからな」
もっとマシな口実があるのではないか、と疑問を述べるジーンに向かって、アイザックは不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
メネストレイル川などと大層な名前が付いているが、実のところ、ただの小川に過ぎない。村同士の争いというのも、死人もでていない数人の殴り合いだ。ハーンズの兵士が派遣されたのは、大事になる前に話をつける為であるし、水利権についての調停も彼らのおかげで上手くいっていた。
「確かに、本当の理由がわからぬ者などいないでしょうが……」
ジーンが半ば呆れた感じで呟く。
「そうだ、皆、知っている。これが侵略だということを……強者たる我らレナードが、弱者であるハーンズから奪うのだ。土地を民を冨を……そのすべてをな」
その双眸に野心の光を宿し、アイザックはさらに笑みを深めた。
「むしろ、隠さぬ方がいいのだ。利に聡い連中は、勝ち馬に乗れる機会を常に探している。連中が求めているのは御立派な大義名分や名誉ではない。確実な報酬だ」
その言葉の通り、領内だけでなく領外からも多くの傭兵や支援者達がリンギットの街に集まり始めていた。
レナードがハーンズから奪うであろう、多くのもの……そのおこぼれに与るために。
「兵も戦費も十分に集まりそうですね」
少しばかり多すぎる気もしますが、とジーンが冗談めかして笑う。
「多いに越したことはない。ハーンズは手始めに過ぎんのだからな」
その笑顔に釣られて、アイザックもまた表情を緩めた。
「ええ、それに……戦力差が圧倒的になれば、血を流すことなくハーンズを手に入れることも出来るやも知れません。レオン殿はそういう判断が出来る方ではないでしょうか?」
「いや……」
ジーンの問いにアイザックはゆっくりと首を横に振った。
「レオンは優れた内政家だ。傑物と言ってもいい……東域の中でも最も小さく魔物も多いハーンズの地を、奴は見事に治めている。ハーンズの治安と財政がこれまでにないほど安定しているのがその証拠だ」
ジーンが頷き、アイザックの意見に同意する。
レオンが領主になって、ハーンズは確かに豊かになった。だからこそ手に入れる価値があるというのだから、レオンにとっては随分と皮肉な話である。
「彼は柔軟な思考を持った領主です。なればこそ、降伏し領地を明け渡すなら身の安全は保障する、という条件ならば応じると思うのですが……勝ち目の無い戦いで土地を荒らし、命を散らすよりは――」
「領地というのはな……重いのだ」
アイザックの声がジーンの言葉を遮る。
「“先祖から受け継いだもの”というのもあるが、それだけではない。その地を侵されれば、妻や娘を犯されるほどの怒りを感じ、その地を守るためならば、悪魔に魂を売っても構わないとさえ思う。理屈ではない……領主にとっての領地とはそういうものなのだ。少なくとも私にとってはそうだ。そして、おそらくはレオンも……そうでなければ、自領に対してあれほどの情熱は注げまい」
「ならば父上、我らも覚悟を決めねばなりません」
アイザックを見つめるジーンの瞳が冷たい光を放つ。
一瞬の沈黙の後、アイザックはその言葉に応えるように口を開いた。
「ああ、レオンを殺し、ハーンズの血を根絶やしにする」
二人の将は勝利を誓い、酒杯を交わす。
「レナードの栄光のために」
父と子、二つの声が重なった……
ハーンズ領主レオンの命を受けて、闇夜を一人の騎士が駆ける。
ディルハムの周辺はまだしも、クローナ村のあるハーンズの北端は、多くの魔物が跋扈する危険地帯である。
そんな中を、ステインは愛馬と共にひたすらに駆け続けた。
そうして何とかクローナ村へと辿り着いたステインは、目の前の光景に言葉を失った。
「これは、いったい……」
広場には死屍累々の惨状が広がっていた。
獣人達は地面に倒れ、うめき声をあげている。
レナードの先遣隊の攻撃を受けたのか、あるいは魔物の襲撃か……尋常ではないクローナ村の様子に、ステインの心臓が激しく脈打つ。
「か、彼女は……?」
混乱の中、ステインはハルートの姿を探した。
彼女が無事なら獣人達もすぐに治せる。幼女村長の姿を求めて、ステインは広場に視線を巡らす。
「いた!」
広場の奥、ステージの前に一際小柄な少女が倒れていた。
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚めのメルトン生地、フロントにはトグル。
ダッフル幼女が転がっていた。
無事でいてくれ……最悪の想像を振り払い、ステインは幼女に駆け寄る。幼女は目を閉じ、眠るように倒れていた。身体に傷のようなものは見当たらないが、おそらく危険な状態に違いない。
これは多分……呪い的なやつだ!
動揺のせいだろう、ステインは根拠のないオカルティックな結論を導き出した。
「悪霊退散! 悪魔よ去れ!」
ステインは幼女の身体を強く揺さぶると、その人形のような真っ白いほっぺたを力一杯に殴打した。
「ブベッ」
幼女がうめき声をあげる。
「よし! いける!」
その反応に手応えを感じたステインは、幼女のほっぺを更に激しく殴打する。
「イダッ! ヤメロスッ!」
幼女が叫ぶ。
「死ぬな! 生きろ! そなたは美し――イギャッ!」
目覚めた幼女の鉄拳が、インチキエクソシストに炸裂する。
ステインはふっ飛び、地面を転がっていく……薄れゆく意識の中、口の中に感じた砂の味は、まるで人生のように苦かった。
「おい……幼女虐待とは随分立派な騎士道だな、ステロイドよ」
ほっぺをリンゴのように赤く腫らした幼女が、医薬品に絡む。
「ステインです……」
まさか、村人全員が酔い潰れていたとは思わなかった、と幼女に詫びつつ、ステインは名前の間違いを訂正する。
「それで、なぜ私を執拗にビンタする必要があるんだ? え? ステアラミドプロピルジメチルアミンさん?」
「ステインです。その、呪いを解こうと思って……」
「呪い! えぇ? 呪いですって? それは怖ろしい! それで、ステルスマーケティングさんはビンタで呪いを解けるんですか?」
すごいですね、と幼女が皮肉たっぷりにステマを責める。
「もう勘弁して下さい。それよりも、領主レオン様より火急の用件です」
ステインは姿勢を正し、真剣な表情で幼女に告げる。
レナードに動きあり、至急ディルハムまで来られたし、と。
父との会談を終えたジーンは、自室に戻り王城の一室で交わした友との会話を思い返していた。
「ジーン……もう、止められないのか」
そう尋ねる彼の声には、深い悲しみと失望が宿っていた。
大陸では珍しい黒髪と黒い瞳、年齢よりも若く見えるその容貌は、彼を知らぬ者から見れば、城に出入りを始めたばかりの貴族の子弟か、あるいは、騎士団に入団したての若い騎士にでも見えるかもしれない。
確かに彼は、国王陛下から称号を賜った騎士でもあるのだが……
しかし、彼のことを騎士と呼ぶ者はこの世界には誰もいない。
彼には今現在の大陸において、彼にのみ許された呼び名がある。
『勇者』
女神により導かれし異界の戦士、神の力を授かった人の世の守護者。その力は万軍に値し、あらゆる魔を討ち滅ぼす。
「すまないキリュー、レナードには今以上の力が必要なのだ」
レナードによるハーンズ侵攻、彼がそれに心を痛めていることは知っている。
すべての人間を護るための存在、勇者たる彼にとって、人間同士の争いは最も憎むべき行為なのだろう。
「レナード領は豊かじゃないか」
責めるような口調でキリューはジーンに詰め寄る。
「足りない……」
勇者の黒い瞳に向き合い、ジーンは呟く。
「確かに我が領地は豊かだ。かろうじて飢える者も無く、かろうじて魔物の侵攻を防ぎ、かろうじて王国の中での立場を保っている。なるほど豊かだな……」
他の領地に比べれば、とジーンは苦笑する。
「この世界は、君のいた世界とは違う。魔物が溢れ、人の暮らせる領域は限られている。君の言うレナードの豊かさも、ぎりぎりの均衡の中で保たれているだけだ」
わずかに魔物が増えれば、数年凶作が続けば、その均衡は簡単に崩れてしまうだろう。
「だからこそ、協力し合うべきじゃないのか。女神もそう望んでいる。陛下を、ローデンを中心として――」
「キリュー……」
勇者の言葉を遮るように、ジーンは彼の名を呼んだ。
「私は君を友人……いや、親友だと思っている」
「俺もそう思っているよ」
キリューが力強く頷き、ジーンの言葉に応える。
「ならば友よ、親愛なる勇者よ、君にレナードが力を求める一番の理由を教えよう」
誰にも言うなよ、とジーンは悪戯っぽく笑い、勇者に心の内を告げる。
「ローデンは信用出来ない。我らが力を求めるのは、何より国王が怖ろしいからだ」
ジーンの顔にもう笑顔はない。その表情が彼の言葉に偽りがないことを示していた。
「ジーン……それは」
「ここは、クソみたいな世界だってことさ」
普段よりも砕けた口調で呟き、ジーンは苦笑いを浮かべる。
「だからなキリュー、君には今のままでいて欲しいんだ。人を愛し、世界を愛し、甘ちゃんで女好きで……」
「おい!」
「ハハ、いつかまた、君の世界の話を聞かせてくれ」
ジーンは笑って勇者に背を向ける。
部屋を後にする彼の背中からは「俺は女好きじゃない」と叫ぶキリューの声が響いていた。
自室の窓辺に寄りかかり、ジーンはキリューから貰った異世界の道具、『ケータイ』を眺めていた。
『デンチ』がないからもう使えない、という彼から貰い受けたものだ。
その構造は、領内のどんな技術者に見せても「まったく理解出来ない」と言われるほど複雑で難解なものだった。
「異世界か……」
キリューから聞く故郷の話、それはまるで楽園の物語だった。魔物のいない世界を、人が叡智によって支配する。それはまさにジーンの理想とする世界の姿だった。
「この世界もいつかは……」
ジーンは呟き、遠い未来に思いを馳せる。
そして、その未来を導くのは自分でありたいと願った。
彼は未だ知らない。
近い未来、彼の前に立ちふさがる非情な運命を……
彼が憧れる異世界の記憶と知識を持った「ハルートちゃん」という恐るべき運命を……
少しばかり仕事が忙しく、というか肉体的にしんどい作業が増えて、更新が滞ってしまいました。
しかし、もう大丈夫です。
この一ヶ月で筋肉が発達して、ムキムキになりました。
私の腹筋は割れまくりです。
そういう訳で、今後も更新を続けていきますのでよろしくお願いします。
では、ありがとうございました。




