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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
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第41話 虎と獅子《タイガーアンドライオン》

こんにちは、最近では珍しく二日ぶりの更新です。


夜中に書いたので、すごく眠いです。


今回の話は、前半と後半で少し感じが違います。

後半は、会話主体です。


本当はもう少し長くなる予定でしたが、あまりの眠さにここを区切りにしました。


では、今日も読んでくれるであろう、あなたに感謝を……


ありがとうございます。


 レナード領の中心都市、リンギットの酒場で、女は酒を飲んでいた。


 美しい女である。

 金色の瞳にブロンドの髪、鍛えられた体は引き締まり、しなやかに伸びた手足は、まるで野性の獣を思わせる。


 酒場には多くの人間が集まっていた。そのほとんどが男である。しかし、彼らの目は彼女に向いてはいない。たまにチラチラと視線を送るものもいるが、その目に宿る感情は、決して好意的なものではなかった。


 間違いなく、美しい女である。


 胸はそこそこに大きく、引き締まったお尻には美しい毛並みの尻尾、艶のある金髪には獅子のような丸めの耳が生えている。


 彼女、レベッカは獣人だった。


「イラつく場所だ」

 レベッカは怒りのこもった声で呟く。

 獣人である彼女は、人間の集まる場所を好まない。彼女にとっての人の集団は、敵の群れと同義なのだ。

 それでも彼女は、ここを出て行こうとはしなかった。

 周囲からは、彼女に対するさげすみの声がきこえてくる。普段なら斬り殺してしまいそうなその声にも、彼女は黙って耳を澄ましていた。


「虎が、また出たらしい……」

 カウンターから聞こえる声に、レベッカの獣耳が反応する。

 思わず立ち上がりそうになるのを抑えて、彼女は男達の会話に意識を集中させた。


「金貸しの屋敷だろう、貯め込んでたのをゴッソリやられたって聞いたぜ」


「そういや、大通りの材木商が用心棒を集めてるらしい。次はあそこだって噂だからな」


「行くのか?」


「いや、俺はハーンズ攻めだ。あっちの方が稼げる」


 会話の内容からするに、彼らは傭兵なのだろう。

 街を騒がしている盗賊の噂話に始まり、今は目前に迫った燐領との戦の話に花を咲かせている。


「材木商か……」

 レベッカは呟き、席を立つ。

 目的の情報が得られた以上、不快な場所に長居する理由などない。

 支払いを済ませて店を出ると、彼女は大通りの方角へと歩きだした。


 リンギットの街には、不穏な空気が満ちていた。

 外から流れてきた傭兵や行商人、彼らを相手にする娼婦達……戦を前にした不安と高揚が、街全体を包んでいた。


 レベッカは、その中を黙然もくぜんと歩いていく。

 彼女はハンターだが、同時に傭兵でもある。しかし、今の彼女にはレナードとハーンズの戦争など心底どうでもよかった。


 レベッカはすでに、戦う理由を失っていた。


 彼女はこれまで、「故郷を救う」という思いのために、腕を磨き、金を稼いできた。そのためだけに、危険な魔物を狩り、命がけで戦場を渡り歩いてきたのだ。


 けれど、その故郷はもう存在しない。

「カロッツァの獣人狩り」によって、彼女の故郷は失われていた。


 もう少し早くもどっていたら……焼け落ちた故郷を前に、レベッカは悔やみ、嘆き悲しんだ。

 

 彼女がカロッツァを離れたのは、領主の代替わりによって、獣人への迫害が強まり始めた頃だった。

 血を絶やさぬようにと、よその領地に逃がされた者の一人がレベッカだったのだ。


「もうここには戻ってくるな。お前は、外の世界で幸せになれ」

 兄のように慕った人の言葉が、レベッカの胸をよぎる。


「ガラード、私は……」

 レベッカは、わずかに残った淡い思いを封じ込め、使命を果たす覚悟を決める。


 子をなし、獣人の血を残す……

 それが、レベッカが己に課した使命だった。

 そのために彼女は、このレナードの地を訪れたのだ。


 その虎は……悪辣あくらつな貴族や商人の財を奪い、貧しき者に分け与えるという……


 その話を聞いた時、レベッカの胸は高鳴った。


 そして、彼女は思ったのだ。

 気高き虎よ、まだ見ぬ同胞よ……お前こそが、我が夫に相応しい。


 この時はまだ、レベッカはそれを知らなかった。


『義賊マスクドタイガー』

 かつて、モミアゲと呼ばれた男、彼はもちろん……獣人ではない。




 アラクラの泣き虫娘を追い払った幼女は、獣人達の待つ広場へと向かっていた。

 その表情は明るく、足取りは軽い。ご機嫌に鼻歌など歌いながら、幼女は今日一日を振り返る。


 元々、近隣の村との親睦を目的とした「クローナ村感謝祭」だったが、想定外の収穫がいくつもあった。

 教会の聖女、シャロンからもたらされた情報、アラクラの民との接触、カナリアの有能さも、思わぬ収穫と言えるだろう。人格的には大いに問題があるが、彼女を育てたハーマンの育成力は、大したものだと言わざるを得ない。


「あいつは、隠し事が多いのが問題だな」

 

「それは、誰のことでしょうか、ハルート様」

 幼女がわざとらしい独り言を口にすると、繁みの中からハーマンがひょいと顔をだした。


「お前だよ、ウンコ爺。それで……そっちはどうだった?」


「カロッツァのネズミでしたよ。少しおしゃべりをして、あとは帰しました……あの世にね」

 そう言うと、老獣は邪悪な笑みを見せる。


「収穫は?」


「連中、面白いことを言っていましたな。領主様の呪いを解くために、白い魔女を殺すと」

 ハルート様は呪いも使えるのですか、とハーマンは笑う。


「誰が魔女だ。さすがの私も呪いは使えんぞ」


「我らがカロッツァを脱出した日、アントニオが倒れたそうです。そして今も、意識は戻っていません」


「それで呪いか、とんだ言いがかりだな。しかし、そのまま簡単に死なれるのも、お前達としては面白くないんじゃないか?」


おっしゃる通りです。あの男には、もっと苦しんで死んでもらいたいのですが、こればかりは……」


「私が治してみるか? 原因が脳みそならちょっと自信がないが、試してみよう」


「治して、殺すと?」


 ハーマンの問いに、幼女は「そうそう」と笑顔で答える。


「ハハ、やはり、ハルート様は鬼子ですな。ですが、それは少し待った方が良いかもしれません」


「どゆこと」


「カロッツァが二つに割れそうなのです。詳しいことは後で話しますが、うまくいけば、カロッツァの血が途絶えます。アントニオを治すのは、跡目争いが泥沼化した後の方がよろしいでしょう」


「お前さ、ホント獣人ぽくないよな。性格悪いよ」


「ハルート様には、言われたくありません。ところで、カナリアはちゃんと仕事をしましたか?」

 

「ああ、あいつは使える。それとな、あの二人……アラクラだったぞ」

 幼女の言葉に、ハーマンの顔色がわずかに変わる。


「それで……」


「一人は死んだが、女の方は帰した」

 そう言うと幼女は、リンとのやり取りを大まかにハーマンに説明する。


「そうでしたか、おそらくは若い連中の暴走でしょう。古株は、私と面識がありますので……」

 ハーマンは悲痛な面持ちで、残念です、と呟いた。


「なんていうか、お馬鹿ちゃんだったからな。でな、ハーマンよ、アラクラの魔人には子供がいるのか?」


 幼女が尋ねると、ハーマンはウンチを漏らした子供のような顔をして「それ、言っちゃったの?」と答えた。


「いや、あいつは言ってない。私の推測だ。しかし、それは本当に、アラクラ・デンエモンの子供なのか? 母親は人間だろう、普通はあり得ないことだぞ」


「ハルート様、彼らのことは……」

 幼女の問いにハーマンが口を濁す。


「安心しろ、こちらからは干渉しないと約束している。だが、このまま放っておけば、連中……間違いなく滅ぶぞ」

 

「そう思いますか」


「ああ、今回うちに絡んできた二人、アラクラの中で、彼らが特別過激というわけではあるまい。おそらく、アラクラ全体がああいう考え方なのだ。世界のすべてを憎んで、世界のすべてを敵にまわして、あれではもうどうしようもない。魔人の子に、私ほどの力があれば別だがな」


「彼女が、我らにとってのハルート様のような存在になればいいのですが……」


「彼女……娘か」

 幼女が零した言葉に、ハーマンは静かに頷いた。


「命を持たずに生まれたモノに、ルスムの遺跡が命を与えたと聞いています。私よりも年上ですが、初めて会った時は、幼子のようでした」

 三十才を超えていたはずですが、とハーマンが付け足す。


「遺跡? ああ、なるほどね」


「ハルート様には分かるのですか?」


「古の神の遺物だよ。ファルティナに敗れた連中の置き土産だ。それなら、遺伝子の操作くらいできるかもな」

 幼女は納得顔でウンウンと頷く。


「ハルート様の知識は、底が知れませんな」


「そう大したもんじゃない。生まれ持った知識に、先祖から引き継いだ記憶が合わさったものだ。大まかなことは分かっても、専門的な知識があるわけじゃない。その遺跡を使えるか、と言われたら、それはたぶん無理だ。記憶も曖昧だしな」

 

 幼女が言うと、ハーマンは「やっぱり、あなたはおかしい」と呟いた。


「しかしハーマン、そのアラクラの娘は、なかなか素敵でドラマチックな存在じゃないか。愛と奇跡から生まれた者が、世界を呪うなんて馬鹿げているぞ」


「その言葉を、彼女の周りの者が言ってくれれば良いのですが、ハルート様、出来るなら、彼らを救って下さいませんか?」

 ハーマンが珍しく、真剣な表情を見せる。


「気が向いたらな」


 幼女は軽く答えると、広場のアーチを潜った。

 ステージの上では、どういうわけか、シャロンがギターをかき鳴らして熱唱している。


「あいつは、なにをやっているんだ……」

 獣人達に手を振る聖女を見て、幼女は首をかしげた。


「なにやってんの?」


「あ、ごめんなさい。勝手に借りて……」

 幼女の姿を見つけたシャロンが、申し訳なさそうに頭を下げる。


「それは構わんが、聖女的に大丈夫なのか? ワンニャン達とフレンドリー過ぎない?」


「まあ、それはお酒の席ということで、ね」

 シャロンは微笑み、軽くウインクする。


「そうか、私は飲み食いに集中したいから、それは勝手に使っていいぞ」

 幼女がギターを指さし、そう言うと、シャロンは喜びステージに戻っていった。


「うまいもんだな」

 どこかで弾いたことがあったのだろうか、シャロンはいくつかのコードを使い、こっちの世界の曲をアレンジして歌っていた。


 歌声と歓声が広場に響いている。幼女はそれを子守歌がわりにして、ゆっくりと眠りの世界へ落ちていった。

 

 

今回久しぶりに登場した虎マスクは15話と27話に、カロッツァ領主アントニオは16話に出ています。


よかったら確認してみて下さい。


次回からは展開が変わる予定ですが、まだ全然書いてませんので、実際どうなるかは分かりません。


では、皆さんありがとうございました。

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