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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
40/47

第40話 リベンジャー《復讐者》

記念すべき40話ですが、特別な内容ではありません。


若干、文章の雰囲気が変わっている気もしますが、そう大した変化ではないでしょう。


40話以降もつづけていきたいと思っていますので、どうかよろしくお願いします。


では、今日も読んでくれるであろう皆さんに感謝を……


ありがとうございます。

 女神は言う、あなたは罪だと。 

 勇者が言う、お前は悪だと。

 それでも君は……私を友と呼べるのか。


 朦朧もうろうとする意識の中、リンの脳裏に懐かしい言葉が浮かんでくる。


「当然だ……」

 かすれた声で呟くと、リンは喉に溜まった血を吐き出した。口の中がわずかに痺れているが、痛みはない。噛み切った舌は完全に元にもどっている。体を縛っていた縄もいつの間にか解かれていた。


「起きたか……」

 壁に寄りかかり、呼吸を整えていたリンに、雪の妖精のような白い幼女が声をかける。


「これが最後だ。今度やったら、本気でアラクラ狩りを仕掛ける」

 愛らしい見かけに似合わない恫喝どうかつの言葉に、リンの体はかすかに震えた。

 リンは体に力を込め、震えを抑え込むと、自らに暗示をかけるように心の中で「怯えるな」と呟く。


「ああ、分かっている。もう逃げない」

 そうして告げた幼女への返答は、リンにとっての覚悟の言葉でもあった。



 獣人の娘に礼を言い、彼女が運んできた水を受け取ると、リンはそれを一気に飲み干す。乾いた喉が潤い、口の中の血生臭ささがなくなっていく。


「おかわり、いる?」

 飲み終わるまで待っていた猫娘が、笑顔でリンに尋ねる。

「頼む」と申し訳なさげに答えると、少女は空のコップを受け取り、リンの耳元でささやいた。


「怖がらないで、ハルート様はあなたの敵じゃない」

 少女の言葉にリンは目を見開く。

 

「それと、シンエモンさんのこと……ゴメンね」

 猫耳の付いた頭を下げて、少女は小さく呟いた。


「先に仕掛けたこちらが悪い。だから、恨んだりはしないよ。色々ありがとう、カナリア……」

 リンは微笑み、彼女の名前を呼んだ。

 カナリアはニッコリと笑い、廃屋の出口へと駆けていく。その背中に向かって幼女が「私には酒をもってくるのだ」と叫んでいた。


 二人きりになった室内で、リンは小さな怪物と対峙たいじする。冬の湖面のような瞳に見据えられると、思わず心がすくんでしまう。この幼女の前に立つ、ただそれだけが、今までくぐったどんな修羅場よりも怖ろしかった。


「アラクラは今も生きているのか?」

 幼女の言葉は率直だった。

 リンはその問いかけの意味に気付き、戦慄する。

 幼女が求める答え……それは、ルスムの民が、教会や勇者を怖れ続けている理由にほかならない。


「ハルート様はあなたの敵じゃない」

 苦悩の中、カナリアの言葉がリンの頭をよぎる。目を向けた先には、幼女の不敵な笑みがあった。

 リンは思う。たとえ敵じゃなくとも、コレを味方とは思えない。

 

「あの方……アラクラ様は、六十年以上前に勇者率いる討伐隊に殺されている」

 リンは幼女の青い瞳を見つめ、はっきりと答えた。

 その言葉に嘘はない。未だ覚悟は定まらないが、嘘をつくのは得策ではないと判断したのだ。

 

「アラクラ様ね、付き合いは長かったのか?」


「二百年以上だと聞いている。山に轟雷鳥ごうらいちょうが大量発生して、集落が壊滅しそうになったところを助けられたのが、交流の始まりらしい」

 

「二百七十年、あるいはもっと前……江戸時代の人間か? 魔物の寿命はいい加減だから、いつからこっちにいたかは分らんな」

 幼女は何やらブツブツと呟き、考え込んでいる。


「エドジダ? 何を言っている」


「ああ、気にするな。それよりアラクラの本名はなんだ。アラクラ何エモンだ?」


「……アラクラ・デンエモン様だ」

 

「素直でよろしい。伝衛門か……侍だろうが、聞いたことはないな。お前達はそれにあやかって、シンエモンだのカキエモンだのと名前を付けていたのか? ホント迂闊うかつだな、警戒心低すぎない?」


「我ら以外にアラクラ様の名前を知る者はいない。それに、この名前をおかしいと言ったのはお前が初めてだ。一体どこに違和感を感じたのだ?」


 リンの問いに、幼女は可愛く首をかしげて「分かんない」とのたまう。


「貴様……!」

 また、からかわれている……リンは奥歯を噛み締め、冷静になれと自分に言い聞かせる。


「しかし、せんな」

 幼女が唐突に呟く。

 

「何がだ? 私は噓は言っていないぞ」

 

「それは分かっている。だが、二百年以上放置していたものを、ファルティナはなぜ急に滅ぼそうとした。江戸時代の知識を持った魔物など、さして脅威にはならんだろうに……」

 そう言うと幼女は、ウーンと唸りながら何かを考え始めた。


「人と魔物が関わるのは許されざることだ。だから――」


「それは、人の理屈だ。女神には女神の理屈がある。そして勇者は女神の剣だ。その刃は本来、善良な人間に向けられるものではない。たとえ魔物を友としていたとしてもだ……お前達とアラクラは、人を襲ったりはしなかったのだろう?」


「当たり前だ! アラクラ様は誇り高き武人だぞ! そのようなことをするものか!」

 幼女の言葉にリンは激昂する。

 

「では、お前達は何をした。誇り高き武人の伝右衛門殿と、純朴なルスムの山の民よ……お前達は何をして、ファルティナの逆鱗に触れたのだ」


 幼女の冷たい問いかけに、リンは言葉を失う。それこそがリン達が抱える決して明かせない秘密だった。

 

「女神は言う、あなたは罪だと。勇者が言う、お前は悪だと。それでも君は……私を友と呼べるのか」

 リンの心に、彼女の言葉が響く。


 当然だ……

 あの日、胸を張って答えた言葉は、今でも揺らぐことはない。


「我らの選択は、絶対に間違ってはいない。それを罪だというのなら……そんな女神は必要ない」

 リンは幼女に向き合い、断言する。

 

「分かった……もう帰っていいぞ。シンエモンはその辺に埋めておく、自業自得だ、恨むなよ」


「は? 何のつもりだ。さては逃がして尾行を――」


「しない……というか出来ない。私の手勢てぜいは、ほぼ全てが獣人だ。お前が一度街に入れば、そこから先を追う術はない」


「じゃあ、なんで……」


「知りたいことは大体分かった。この先、私からお前達に接触することはない。それは竜の誇りに賭けて誓ってやる」


 幼女の突然の変化に戸惑い、リンは挙動不審な動きをしてしまう。


「踊ってないで早く行け、気が変わっても知らんぞ。正直に言えば、確証が欲しいという思いがあるんだ。遺伝子的にあり得るのか、とかな」


 イデンシというのは分からないが、おそらくコイツは気付いている……幼女の反応からリンはそれを確信する。


「何を企んでいる……」


「企んでない。ホント腹立つなお前は……安心しろ、お前達の大事なものを害するつもりはない」

 

「……とりあえず信じておく」

 狐につままれたような気持ちのまま、リンは廃屋の扉を開ける。


 視線の先には、両手に大きな骨付きの肉を握ったカナリアがいた。取りに行ったはずの水と酒はどこにも見当たらない。


「あ、お姉さん、よかったね」

 リンに気付いたカナリアが、明るく声をかけてくる。


「ありがとう、どうやら助かったみたいだ。君のおかげだよ」

 口にした言葉は、リンの偽りのない気持ちだった。


「私達は未来を手に入れた。アラクラにもきっと道はあるよ」

 頑張って、と少女が笑顔を見せる。


 その言葉にリンは涙ぐむ。カロッツァの獣人……彼らもまた、滅びの淵に立っていたのだ。


 そして彼らを救ったのは……


「リン……」

 呼び止める声に振り返ると、彼女はそこに立っていた。


「もしお前達が追い詰められ、抱え込んだものが守れなくなった時は、迷わず私の元に来るといい」

 

「助けるというのか?」

 幼女の言葉にリンは驚愕する。

 アラクラに手を貸す……それは、女神への反逆だ。彼女にその意味が分からないはずがない。


「助けるのではない、利用するのだ。ファルティナと結んだ約定やくじょうのせいで、私は勇者にも女神にも手が出せない。ファルティナが先に動けば、不可侵の約定は破られ、私は容赦なく奴らを潰すことができる。そのための餌に、アラクラを使ってやろうというのだ」


「なにを言って――」


「一度、我ら一族の前にひざまずいたあの女が、女神を気どるなど気分が悪い。この世界の頂点が誰なのか、敗北の味と一緒に思い出させてやる」

 

 幼女の青い瞳が炎のように揺らめいている。

 押しつぶされそうな圧迫感とおののきの中、リンは絞り出すような声で呟いた。


 魔王……と。



 教会の鐘が鳴り響き、少女は顔をしかめる。鏡に映った顔は、彼女の年齢から考えれば驚くほどに幼い。


「エルフも似たようなものだと聞くが……」

 少女は呟き、不機嫌に頬を膨らませる。そういう仕草が余計に幼さを引き立たせることに、彼女はまだ気付いていない。


 自分の成長の遅さにウンザリしながら、少女は椅子に座り書物を開く。ルスムの遺跡に浮かんでいた文字を、彼女の父が書き写したものだ。何十年も読み続けているが、実はまったく理解できていない。


 それでも少女は読みつづける。そこには奇跡があるはずだから……


 少女は奇跡を求めていた。彼女の目的にはそれほどの力が必要だからだ。ゆえに少女はその本にすがる。自分に命を与えた、その奇跡のすべを得るために。


 かつて少女は、命のないモノだった。母から生まれたソレは、父とも母とも似ていないただの肉だった。心優しき彼女の父は、その物体を大層憐れむと、ルスム遺跡の中でも一番綺麗な箱に埋葬した。

 そして三月みつき後、ソレは少女になっていた。正確には、いずれ少女になるナニカになっていたのだ。

 父と母、そして同胞達は、その奇跡に歓喜して、三日三晩踊り狂ったという。


 その間の育児をどうしたのかは定かではない。

 

 その話を聞いたとき、少女はそれを信じなかった。

 彼女の顔は父にはあまり似ていない。体はとても小さく、大きな父とは全然違う。

 そして何より不満だったのは、腕の数が違うことだ。父の便利な四本の腕が、彼女はとても羨ましかった。


 自分は本当に父の娘なのだろうか……少女はそれを疑っていた。

 けれど、その疑いはすぐに晴れた。現実が彼女に教えたのだ。人よりずっと成長の遅い体、いまいち賢くない頭……いや、こっちは関係ないかもしれない。

 何より、ヤツらの吐いた呪いの言葉が、少女と父の繋がりを証明した。


 どれくらい時がたっただろうか、少女の耳に、再び教会の鐘が聞こえてくる。


「ファルティナ……勇者!」

 苛立ちの声と共に、少女は石の壁を殴りつける。壁には穴が開き、その右手は手首までめり込んでいた。

 あの日……父は死に、母は死に、同胞達の多くが命を落とした。

 少女の愛したものは、女神の名の下に滅ぼされたのだ。


 彼女を生み出した……その罪の代償に。

 

「消えなさい、あなたの存在が罪なのです」


「悪魔の子よ、お前の存在が悪なのだ」


 少女の頭に呪いの言葉が響く。

 あの地獄の中で、彼女が生き残ったのは偶然ではない。父、デンエモンが仕組んだ遺跡の仕掛け、勇者と聖騎士が焼いたのは、少女の姿をした幻影だった。あの日以来、ルスムの山は教会の物になっている。


 いつか取り戻す……

 そして、遺跡の力をもって、勇者と女神を殺すのだ。


 少女は部屋の窓から空をにらむ、鳴りやんだはずの鐘の音が、頭の中で鳴り響いていた。

 



ようやくこの話に区切りをつけることが出来ました。


前話は必要なかったのではないか、という思いも少しありますが、これは、もう仕方ありません。


次話もあまり間をあけずに更新したいと思いますので、よければ読んで下さい。


では、ありがとうございました。

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