第4話 山羊魔人《バフォメット》(改訂版)
第4話、改訂版です。
初めて読む人は、気にせずお読み下さい。
もし、あなたが二度目なら、結構中身が変わっていると思いますので、良かったら読んでみて下さい。
もちろん、話の本筋には変更ありません。
では、読んでくれるあなたに感謝を……
ありがとうございます。
「早まったかもしれないな……」
幼女は後悔の言葉を洩らした。
「さくらももこ、どこでもドア、それにこの姿、コイツはおそらく……」
幼女は呟き、ゆっくりとかぶりを振る。
もう遅い、と。
その体は、まるで血のように赤く染まっている。この人形は二度と動き出すことはないだろう。そして、言葉を話すこともない。幼女はそう思い、再び後悔の念に駆られる。
「おそらくこれを作ったのは……アニメとかが好きな人だ」
所謂オタク、引きこもり……幼女の頭の中に、メガネで小太りの男が思い浮かぶ。
「コレは、外部と接触するためのコミュニケーションツール、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース……」
幼女の頭の中では、一人の男の物語が展開されていた。
恋人も友人もなく、家族からも見放された孤独な男……彼が暗い自室でせっせと組み立てた、ウォーズマン型のお喋り人形。
あの姿にした理由は、強い超人の姿を真似ることで、気弱な自分を隠そうとしたのだろう。引きこもりの男は、外の世界と触れ合うために、長い時間をかけてあの人形を作り上げたのだ。
幼女の妄想は翼を広げ、今……羽ばたこうとしていた。
「謎は全て解けた……」
やはり、コミュニケーションを取ろうとしたのだ。この森の中で、お話しできそうな女子を見つけて、ウッキウキで話しかけてきたのだ。
そして、浮かれていたからモノマネを……
幼女はそう考え、ふと矛盾に気づく。
「確かに女子ではあるが、私は幼女だ。しかも全裸の……」
その気づきは光となって、闇の中に隠された真相を暴き出す。
「これは……声かけ事案!」
幼女は真実に打ちのめされ、地面に膝をついた。
引きこもりから立ち直ろうとする、ピュアな小太りなど存在しなかったのだ。そこにいたのは、裸の幼女にイタズラしようとする、ただの変態だったのだ。
ならば、彼の死は必然。「事案・即・斬」、それは、社会が定めた鉄の掟なのだから。
「なんてな……」
ひとしきり妄想遊びを愉しんだあとで、幼女は思う。
あれはおそらく、識別だったのだろうと。
「つまり、私の他にもいるのだな」
幼女は呟き、鍋がわりにしていた亀の甲羅を背中に背負う。
そして彼女は、樹海の果てを目指して歩き出した。
カッパのような、亀仙人のような格好で、外の世界に思いを馳せながら……
幼女が亀仙流の入門者と化していた頃、一匹の魔物が彼女の元へと近づいていた。
『山羊魔人』
人の体に、山羊の頭を持つ魔物。
典型的な悪魔のような姿で、ほぼバフォメット。
魔物のなかでは知能が高く、好奇心旺盛で人里での目撃例も多い。人間の持ち物を好み、服や武器、装飾品などを身に付けている者もいるという。
山羊魔人はキョロキョロと辺りを見回し、耳をすます。彼の目指す方向からは、木の折れる音や岩の砕ける音、そして、何かがぶつかり合うような音が聞こえてくる。
「マジコワイ……」
山羊魔人は、凶悪な魔物同士の争いを想像して身を竦める。
「カレラハ、サワルモノミナ、キズツケル」
争い、殺し、喰らう。魔物達は皆、尖ったナイフのような生き方をしていた。
「チガウイキカタモアルノニ……」
山羊魔人は横長の瞳孔に憂いを滲ませ、殺伐とした世界を嘆く。ほとんどの魔物が、戦いや殺戮に喜びを見出す中で、彼はまったく別の価値観を手に入れていた。
きっかけは、人間が落とした只の布きれ……それを拾った彼は、何の気なしに首に巻いてみた。
その時、ヤギに電流走る――!
あの日の衝撃を、彼は一生忘れないだろう。
「コレガ、オシャレ……」
彼はその時知ったのだ。世界には、こんなに素敵なものがあるということを。
「ユコウ……スベテハ、オシャレノタメダ」
山羊魔人は怖れの感情を押さえ込むと、目的地を目指して歩き始める。彼には、たとえ危険を冒してでも為さねばならないことがあった。
あの美しい泉で、今日のコーディネートを確認する。
オシャレ道を行く者として、それをサボタージュすることは許されないのだ。
泉の近くまで来たところで、鳴り続けていた衝突音はおさまり、辺りは静けさを取り戻した。山羊魔人は安堵し、その山羊面に笑みを浮かべる。
「ヨシ、イソゴウ。タノシミダナ」
浮かれる彼は、今日のファッションに大きな自信があった。
大きさの合っていないピチピチのコートは、かろうじて乳首を隠している。
左右で色の違う靴下は、今流行の「ネガティブ履き」を意識したものだ。
顔がうっ血するほど締め付けているネックレスも、オシャレに対する意識の高さを表していてグッド。
そして、忘れてはいけないのはパンツ。これは今回、何も履かないことにした。
もちろん、履き忘れたわけでも、オシャレを怠けた訳でもない。
むき出しの下半身で、オスのワイルドさをアピールしようという狙いなのだ。
まさしくオシャレ上級者のみに許された、冒険的ファッションである。
「フフ、アイツラ、キットオドロクゾ……」
山羊魔人は、最近知り合ったオシャレフレンズ、四色猿達の驚く顔を想像してほくそ笑む。
「アア! モウ! マチキレナイヨ!」
一刻も早く、オシャレな自分を確認したい。山羊魔人は興奮状態に陥り、泉に向かって走りだした。
その時である。
ギリシャ文字のシータのような目が、地面に転がる幾つもの赤い物体を捉えた。
「アレハ、ヨン……ショクザル」
それは、ペ・ヨンジュンでも、チョー・ヨンピルでもなかった。
そこには、ヨン・ショクザルが転がっていた。赤一色にその身を染めて。
「イッタイダレガ……」
想像が、さっきまでの衝突音と重なる。
あれは、ヨン・ショクザルを殺す音だったのか、山羊魔人はそう考え、自分が危険な場所にいることに気付く。
「ニ、ニゲナイト」
ファッションチェックに未練を残しつつも、山羊魔人はその場を離れようとする。その時……彼の背後から、死神の囁きのような、冷たい声が響いた。
「ダッフル山羊……」
ざわ……
ヤギに電流走る――!
異様な気配を感じて後ろを振り返ると、そこには小さな白い生き物が立っていた。
「ニンゲン……?」
山羊魔人は首を傾げ、その生物を見つめた。
ヒトの子供らしきソレは、服を着ていなかった。正確には、裸に亀の甲羅だけを背負っていた。それを見た山羊魔人の顔に、侮蔑と嘲笑が浮かぶ。
ああ、なんてダサいんだ……と。
「ハア、ダサイ……ダサスギル。ハダカニコウラ、ハダカニカメ! 裸に亀の甲羅なんて、センスなさ過ぎ、変態じゃあるまいし……」
そして、コートと靴下だけの変態は、上から目線のファッションチェックを始める。
今までにないほどの、素晴らしい発音で……
「あのね……ガール。個性的なのはいいけど、人を不快にさせちゃいけないよ。独りよがりのオシャレは罪なの。わかる? それとあなた、そのファッションにちゃんと誇りを持ってる? 例えば今日、死んでしまうとして……その甲羅が最期の衣装で後悔は――あれ?」
山羊魔人が饒舌に亀少女のファッションにダメ出ししていると、目の前で白い閃光が走り、少女の姿が忽然と消えた。
「いったいドン――コニシッ!」
突然の激痛と共に、山羊魔人は弾け飛んだ。
「イタイ……タスケテ、オス……ギィィィ!」
気がつけば、山羊魔人は亀娘に踏みつけられていた。彼を見下ろす青い瞳からは、強い怒りと殺意が感じられる。
何故だ……痛みと恐怖の中、山羊魔人は思った。親切にもファッションアドバイスをした自分に、何故こんな酷いことをするのかと。
「コレヲ……アゲルカラユルシ――」
靴下に手を伸ばし、そこまで言いかけたところで、山羊魔人は口を噤んだ。
そして彼は、覚悟の笑みを浮かべて言い放つ。
オシャレ道とは、死ぬことと見つけたり、と。
「ククク……」
ダサい子供は、倒れた山羊魔人の上にのしかかると不穏な笑みを見せる。小さい体に見合わぬ剛力に、山羊魔人はまったく動けない。
「ふん! やはり、どこから見てもダサいな」
震える声で言った言葉は、彼の精一杯の強がりだった。
「私は、自分のファッションに誇りをもっている!」
叫ぶ山羊魔人の眼前に、ダサい子供の小さい拳が迫る。
「故に! このオシャレスタイルで死ぬことに後悔はない!」
言い終わると同時に、山羊魔人の顔面に白いおててがめり込んだ。
視界が赤く染まり、薄れていく意識の中で……彼は思った。
たとえナウい靴下をあげたとしても、このダサい子供に価値は分かるまい。ならば、パーフェクトなオシャレスタイルのまま死ぬべきだ。
「我が……オシャレ…人生に……一片の……悔いなし……」
その言葉を最期に、山羊魔人の意識は途切れた。
「きたないぜ、ヌルリと……」
幼女は、血塗れの手をヤギの靴下で拭った。
コートを脱がされ、靴下を手ぬぐい代わりにされたヤギ男は、片方の靴下だけを履いた状態で放置されている。
「ぐあ、手がクサイ!」
当然の結果に幼女は憤慨するが、せっかく手に入れた服を血で汚す訳にもいかないと、臭い靴下で念入りにおててを拭き続ける。
「しかし、なんだったんだコイツは」
幼女はヤギの格好に衝撃を覚えていた。
「あまりにも変態的過ぎて、つい殺してしまったが……」
ピッチピチのコートを着た、ちん○丸出しのヤギ男……ウォーズマンなど比較にならない案件である。
「まあ、いいや。それより、服だ、コートだ!」
幼女はウキウキでヤギ男のコートを羽織る。
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。名前の由来はベルギーの地方名らしい。
「ダッフルコート……」
幼女の声は感動に満ちていた。
「フフ、悪くない」
幼女はご機嫌な様子でポーズを決める。ダボダボのコートを着て微笑む姿は何とも言えず可愛らしい。
「よし、貴様にはこれをやろう……礼はいいぞ、交換だからな」
そう言うと幼女は、ヤギの股間に亀の甲羅を被せた。
「ククク、まるで白痴だな……ヤギさん」
幼女が笑う。
その日、彼女は服を手に入れた。
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。
その、ダッフルコートは血の匂いがした。
ヤギに電流走る――!
これをやりたくて、山羊の魔物にしました。
英語でゴートなのでコートを着せました。
コートを着るということは、オシャレだということです。
そして、私の中のオシャレな人はああいうイメージなのです。
それと、ヨン・ショクザルの下りは、魔物がヨンジュンやヨンピルを知ってたらおかしい、とか言わないでください。
だって、悪ふざけだもん。