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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
39/47

第39話 魔人《アラクラの民》

お久しぶりです。


随分と更新が遅れてしまい、大変申し訳なく思います。


今回の話は書いているうちに五千文字を超えてしまいまして、さすがに長すぎるので2話に分けることにしました。


続きは早めに更新できると思います。


では、今日も読んでくれるあなたに良い週末を……


ありがとうございます。






「シンエモン……」


 アゴにキン〇マのありそうな名前をボソリと呟くと、幼女は目を閉じ記憶を辿る。

 彼女がアラクラの名を初めて目にしたのは、ペンス村でシーナと一緒に暮らし始めて間もない頃だった。この世界の言葉や文字を知らないハルートのために、シーナが用意した数冊の絵本、その内の一冊にその名はあった。


『じゃあくなアラクラのまじんたちは、ゆうしゃアズマにたおされて、せかいはへいわになりました』


『ゆうしゃアズマのぼうけん』と題されたその本の中で、アラクラ族は、四本の腕を持つ巨人の姿で描かれていた。

 邪教徒、魔物に魂を売った異形の民、その本に限らず、勇者アズマの英雄譚に登場するアラクラの民……魔人族は、常に人間ではない怪物の姿で表現される。

 しかし、幼女の前にいるリンも、廃屋の隅に転がっている死体シンエモンも、見た目は普通の人間となんら変わりがない。


「魔人族と言うが、お前達は人間にしか見えんな」

 ゆっくりと目を開け、シンエモンの遺体に視線を送ると、幼女はリンに尋ねた。

 

「……そうだ」

 幼女の問いにリンは頷き、言葉を続ける。


「我らは魔物でも魔人でもない。ただの人間、元はルスム山地に住んでいた山岳民族だ。それを教会と勇者が……」

 そこまで言ったところで、リンは不意に口を閉ざした。


 幼女は視線を移し、縛られたままの彼女を見つめて黙考する。


 今からおよそ七十年前、黒の樹海への大規模遠征の失敗――通称『ディラルマの悲劇』によって、勇者アズマの名声は地に落ちた。

 しかしその五年後、彼は魔人族を討ち滅ぼし、かつての栄光を取り戻す。結果的にアズマは、歴代の勇者と並んで、大陸の英雄史にその名を残すこととなった。

 

 だが、アラクラがただの人間で、勇者の権威を守るための生け贄に使われたのだとしたら……幼女は考え、すぐさまそれを否定する。「ないな」と。

 人間同士ならばともかく、勇者が関わる以上、そのやり方はあり得ない。

 この世界の神、人の社会に干渉しまくるあの女神は、勇者のそういった行為を決して許しはしない。つまり、アラクラには滅ぶだけの理由があったのだ。少なくとも、ファルティナが納得するだけの理由がそこにはあったはずなのだ。

 そこまで考えると、幼女は思考を断ち切り、リンに話しかける。


「なあ、おりんちゃん。あいつの名前、なんでシンエモンなの?」

 

「誰がおりんちゃんだ、この鬼童子おにわらしめ、シンエモンはシンエモンだ。人の名前の由来などいちいち知るか」

 別に珍しい名前でもないだろうが、とリンが悪態交じりに答える。

 

「いや、かなり珍しい名前だよ、シンエモンさん。それにそのエモン系の名前、アラクラ特有のものだろ」


「え? な、何を言っている。そんなわけないだろう。私は他に何人も知っているぞ、カキエモンとか、エドモンドホンダとか……」

 

「お前、それ身内だろ……エドモンドは知らんけど」

 相撲系ストリートファイターみたいな名前に、幼女は呆れ顔で溜め息をつく。


「なぜそう思う……」

 リンはのどをゴクリとならし、真顔で幼女に尋ねる。


「特徴的だからな。お前達には分からないかもしれないが、聞く者が聞けばすぐに気付く……例えば、勇者とかな。今更言っても仕方が無いが、迂闊うかつすぎるぞ、アラクラは」

 これでよく生き残れたものだ……彼女達の間抜けさに、幼女は少しばかりウンザリする。


「お前は一体なんだ? どこまで私達のことを知っている?」

 

「何も知らんさ、ただ、ある程度の予想はついている」

 幼女がそう言うと、リンは縛られたままの身体を僅かに強張らせた。幼女を見つめる瞳には涙が浮かび、その表情はまるで、神に赦しを乞う罪人つみびとのようにも見える。


「さっきも言ったが、私はただの人間だ。疑うなら、腹でも頭でも切り開いて調べればいい。魔人族という呼び名は、教会が私達を貶め、勇者に手柄を与えるために作ったもの……それ以外の意味はない」

 リンは静かな、それでいて強い意志を感じさせる声で語り続ける。


「私達は今でも教会と勇者を憎んでいる。しかし、お前を殺そうとしたのは我らの過ち……大罪だ。もちろん許してくれと言うつもりはない。死ねというのなら、今この場で自ら命を断とう。気が済まないのなら嬲り殺しにしても構わない。だから……どうかここで終わりにして欲しい……頼む……お願いします」

 女は縛られたまま床に頭を擦りつけた。美しい顔は涙に濡れ、固く結んだ唇からは嗚咽の声が漏れている。


 なんて面倒臭い女だ……


 幼女は眼前のメソメソ芋虫に、心の底からゲンナリしていた。


「なあ、おりんちゃん。お前は何を隠してる?」

 芋虫ちゃんの精一杯の誠意ドゲザを無視して、幼女が再び追求を始める。


「隠してない! もういいだろう! 早く殺せよ、この糞ガキ!」

 幼女の心無い対応に、芋虫ちゃんは激怒した。


「ホント生意気だなお前……もう怒ったぞ。見た目は幼女、頭脳は大人、この名探偵ハルートちゃんが、貴様らのたった一つの真実を見抜いてやる。じっちゃんの名にかけてな」


 そして……幼女の推理ショーが幕を開ける。


「まず最初に、君とシンエモンさんは確かに普通の人間だ。これは間違いない」

 幼女は確認するようにウンウンと頷きながら、リンの周りをウロウロと歩き回る。


「では次に、アラクラの魔人とは何か? 君は教会による陰謀説を主張していたが、これはまあ、半分くらい本当だろう」

 リンは何かを言い返そうとするが、言葉にならずに口をつぐむ。


「私はね、アラクラの魔人は実在していたと思うんだ。しかしそれは、集団ではなく個だ。高い知能と戦闘力を持った一匹の魔物……つまり魔王種だな」

 リンの顔は真っ青になっていた。それを見た幼女は、ニヤリと笑みを浮かべて話を続ける。


「アラクラ族とアラクラの魔人……世間では同一視されているが、実際は別物、アラクラの魔人という魔物がいて、それと友好関係にあった人間の少数部族がお前達、アラクラの民――」


「ま、魔物と人間が友誼など結べるはずがないだろう! 魔王種に知恵があると言っても、人と魔物が共に生きることなど出来はしないんだ! 戦い、殺し、喰らう、それだけが彼らの在り方なんだから!」

 

「普通はそうだな。しかし、アラクラの魔人……いや、アラクラ何とか右衛門さんは違ったんだろ?」


「な……」

 幼女の言葉にリンは絶句する。


「理性的で教養もある。文化や芸術を理解し、それどころか、誰も知らないような知識までも持っている。普通の魔王種とは一線を画す存在……ヒトの心を持った魔物、それがアラクラの魔人だ」

 

「なんなんだお前は! 怖い! 怖いよ!」

 芋虫はゴロゴロ転がり、号泣した。


「また泣いちゃった。ハルート様、もう少し優しくしてあげて……」

 情が移ったのだろうか、カナリアはリンの涙を優しく拭って、幼女探偵に非難の眼差しを向けている。


「黙れ仔猫! お前にリンを……まあいいや、ちょうど今からクライマックス、サスペンス的には崖の上と言ったところだからな。カナリアも盛り上げ役やってくれよ」

 学芸会気分のフナコシ系幼女が、絶望顔の芋虫ちゃんに近づいていく。


「クク、もう全部吐いちまえよ。悪いようにはしないからさ」

 幼女取調官の言葉が、リンをさらに追い詰める。


「知らない! 知らない! じばばぃ!」

 

「あ! また自殺した!」

 リンが舌を噛み切り、カナリアが叫ぶ。芋虫は激しく吐血し、廃屋に血の臭いが満ちていく。


「ハルート様……推理で犯人を追い詰めて、みすみす自殺させるような探偵は、殺人者と変わらないと思うよ」

 カナリアが、どこかで聞いたような台詞を幼女に向けて放つ。


 幼女は「ぐぬぬ」と顔をしかめ、ゴルゴ13のような顔をすると、リンの口に無理矢理指を突っ込んで、千切れかけの舌をくっつける。


「見ろカナリア、死んでない。私は悪くない……それと、私は幼女だからそういう難しい言葉は分からない」

 

 幼い見た目を利用して、責任から逃れようとする幼女……彼女を見つめるカナリアの瞳は、まるでハシビロコウのように無感情だった。

 

 

 

まったく進展がない39話です。

まさか、この話が3話も続くとは思いませんでした。

次話はもう半分くらい書いてるので、何日かで更新出来ると思います。


では皆さん、ありがとうございました。

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