第38話 告白《死者は語る》
こんにちは、連休中に更新するつもりでしたができませんでした。
気持ち的にはまだ連休を引きずっているので、なんとか間に合ったといえるかもしれません。
では、皆さん五月病には気をつけてください。
今回も読んでくれるあなたに感謝を……
ありがとうございます。
「カナリア、そいつを縛ってくれ。質問のたびに自殺されては話が進まん」
幼女は呆れ顔で黒猫に指示を出す。
女は幼女が名前を尋ねると同時に、隠し持っていた刃物で自らの喉を切り裂いた。
放っておけば致命傷になるであろう深い傷だったが、当然、幼女によってすぐに治され、今は細い首にわずかな血の跡が残るのみである。
「もうやらない方がいいよ。無駄だし……痛いでしょ」
カナリアが女の手足を縛りつつ、労りの声をかける。
「まったくだ。余計な手間をかけさせるなよ」
芋虫のように転がる女を見下ろし、幼女は思う。これだから余裕のない連中というのはイヤなのだと。
もう殺すしかない、もう死ぬしかない……彼らの思考はあまりにも極端すぎる。その口は一体、なんのために付いているのか、話をして分かり合うためではないのか。
殺と死しか選択肢を持たないなんて、コイツ等は一体、どこのデスゲーム界の住人なのだ。
目の前では、手足を縛られた女が変わらず「殺せ」と喚いている。
幼女はソレを拾った棒キレでつつきながら、内臓ごと吐き出すような大きな大きなため息をついた。
「なにを聞かれても答えるつもりはない……さっさと殺せ、クソガキ」
死を怖れない芋虫の暴言が廃屋に響く。
「状況が理解できていないようだな……言葉を選べ、口の利き方に気をつけろ。私の気分次第で、貴様の大事なものは全部壊れるぞ」
女の暴言に、幼女はできるだけ感情を抑えて答えた。
正直に言えば、幼女は”アラクラ”に興味を持っている。しかし、その感情をこの女に気取られたくはない。もし気づかれて、駆け引きでもされたら……頭にきて殺してしまいそうだ。
幼女は一度深呼吸をして怒りの感情を抑え込むと、笑顔を作り、女に向き合う。
「では、お嬢さん、とりあえず名前を聞かせてください。はやく言わないとパイオツ揉んじゃうぞ」
そして、幼女のセクハラ尋問が始まる。
「くっ、殺せ!」
幼女の揉み手から逃れようと、女は身をよじり大声で叫ぶ。
「プー! それホントに言う人いるんだ! くっころ、くっころ!」
突然の名台詞に、幼女は歓喜した。
「何が可笑しいっ!」
「すんまそん……真面目に話しマッスル」
ふざけ過ぎました、と頭を下げて、幼女は話を始める。
「あのですね、お嬢さん。ここクローナ村は、ハーンズ北部の防衛拠点、軍事基地なのです。そして、獣人達はハーンズの正規兵……ハーンズ北部守備隊の隊員です」
あなた、知らなかったでしょう、と笑う幼女の視線の先には、ドヤ顔でウサギの腕章を見せつけるカナリアの姿がある。
「ちなみに私、ハルートちゃんが隊長です。領主とはレオン君、ハルートちゃん、と呼び合う仲です」
「デタラメを……」
「事実だよ。そうでなければ、獣人ばかりが住む村など成り立つものか、きちんとした後ろ盾と、それを得るだけの信頼……それが我々にはあるのだよ」
「それが事実だとして、だからどうした。辺境の領主など恐ろしくも何ともない」
「本気で言っているのか? ハーンズ卿はローデンの貴族だぞ。そしてお前達は、その拠点に対して攻撃を仕掛けたのだ。責任者の暗殺……紛うことなきテロリズムだ」
本当に分かっているのか? と幼女は念を押すように女に尋ねる。
その言葉に女の顔色が僅かに変わる。それを見た幼女はニヤリと笑い、口を開く。
「勇者を擁するローデンに、先代勇者に滅ぼされたはずの”アラクラの民”……魔人族が――」
「アラクラなど知らんと言っている!」
「ククク、ムキになっちゃって……バレバレでしゅよ、ヘケケ」
幼女は芋虫状態の女を棒で突っつき、邪悪な笑い声をあげている。
「ハルート様、性格悪いよ……」
それを見ていたカナリアが、幼女の悪行を非難する。その黒い瞳には、女に対する憐憫の情が見受けられる。
「黙れ小僧! お前にサンが……あっそういえば、カナリアは何故コイツ等がアラクラだと思ったのだ?」
山犬系幼女が黒猫に尋ねる。
「アラクラの民の事はね、おじいちゃんに聞いて色々知ってたの。あとは、捕まえる前にそこの死体とお姉さんが話してるのを聞いて――」
「私は何も言ってない!」
「怒鳴らないでよ……お姉さんは私みたいな亜人種じゃないでしょ。それがあんな話してたらおかしいと思うよ。私はアラクラが滅んでないって知ってたし……普通の人間は、あんな顔でファルティナの悪口は言わないもの」
「ふむふむ」
ジジイによる英才教育の賜物か……カナリアは思った以上に優秀らしい。知識もちゃんと受け継いでいるようだし、もう少し落ち着いてくれれば、素晴らしい戦士になるだろう。
それに比べて……
「お嬢さんが身内じゃなくて本当に良かったよ。こんな無能がいたら、ワンニャン達も滅んでいたかもしれん。悪いが君達には、我々の手柄になって貰おう。先頃の大侵攻はアラクラの仕業だった、ということにすれば、王国中の貴族もこぞってアラクラ狩りに励むだろう。これは、王様から褒美の一つも貰えそうだな」
「そんな話……誰も信じやしない」
「信じるさ、お前も見ていただろう、私の起こした奇跡を……その私が言うのだぞ」
幼女はニヤリと笑い、「オホン」と咳払いをした後、両手を広げて歌うように言葉を発した。
「アラクラの魔人達は生きています。そして、彼らは再び世界に災いをもたらそうとしているのです。さあ、女神の使途達よ、勇者と共に――」
「やめろ! でたらめ言うな! 私達は……」
そこまで言って、女は言葉を詰まらせる。その碧眼には大粒の涙が浮かんでいる。
「さあ、続きをどうぞ、私達はなんですか? お嬢さん」
ああ、なんてチョロいんだろう……幼女は微笑み、芋虫の頭を優しく撫でた。
蝋燭の光しかない廃屋の暗がりの中で、幼女と女が向き合って座っている。幼女の後ろでは少し退屈そうな黒猫が、死体のポケットを漁り始めていた。
「私達は、アラクラ最後の生き残りだ……そこの兄が死んだ今、私が唯一の生き残――」
「そういうのいいから……」
神妙な面持ちで語り始めた女の言葉を、幼女が容赦なく断ち切る。
「他にもいるの分かってるからな。お前、今度嘘ついたらしばくぞ」
幼女の凍てつく青眼が女……リンを睨みつける。
少し前のやり取りで、女の心が折れたと判断したハルートは、彼女に自分達の置かれている状況を説明した。自分は聖女ではないということ、レオンや獣人達との関係、そしてレナードやカロッツァとの因縁についてもだ。
それに対して女は「自分の名前はリンだ」とだけ答えていた。
もちろん本名かどうかは、不明である。
そのリンは、気まずそうに俯き、幼女の視線から目を逸らすと、下を向いたままボソボソと話し出した。
「今のは、その、可能性の話で……もしかしたら私がラストウーマンになっていることもあり得るかな、と思った次第で……」
「いい加減にしろよ、お前、こっちは腹割って話してるんだ。『私はリンです』なんていう自己紹介だけで済むと思っているのか」
政治家の答弁みたいな話し方しやがって、と幼女は舌打ちをする。
「しかし! 一族のことは……そう簡単には話せない。隠れ里の場所などはもっての外だ」
「ふん、何が隠れ里だ、白々しい。お前ら隠れてなんかいないだろうが……全員かどうかは知らんが、少なくともお前とそこのお兄ちゃん、他にもそれなりの数が、表で普通に暮らしてるんじゃないのか?」
「な、なに……いって」
「まあ、それは別にいいよ。私はお前達の居場所などには興味はないからな。私が知りたいのは、お前達が私を狙った理由と、あとは……アラクラが潰された理由だ。その二つ以外は聞かないでやるから、さっさと話せ」
幼女の意外な言葉にリンは少し驚いた顔をして、「本当にそれだけでいいんだな」と確認をとる。
「うむ、幼女に二言はない……」
幼女が頷く。
「分かった、ならば正直に話そう……まず、お前を殺そうとしたのは、私達の独断だ。正確には、あそこで死んでいる男がその判断をした。暗殺に関してアラクラは関係ない。都合よく聞こえるかもしれんが、これは本当だ。信じて欲しい」
リンはもう一度「本当だ」と言い、幼女に視線を合わせる。
「……続けろ」
「元々の目的は偵察だった、アレクシアの後継者がどういう人物か見定める。それが私達に与えられた任務だったんだ」
「アレクシアの後継者? 私が? それは、どこの情報だ」
「シリングタウン……の教会、そこの人間が言っていた。ハルート様はいずれ聖者達を率いると……」
「シリング……電マか!」
そういえば聖職者になったとか言っていたな。あの野郎、今度会ったらブルベリアイッの刑にしてくれる。
「それで、私達はお前を調べようと、この村の祭りに潜り込んだんだ……」
「それが何故、私を殺そうとした? 言っておくがな、なんの罪もない幼女をいきなりサツガイするなんて、貴様ら相当なひとでなしだぞ」
かつて、公然わいせつ、公務執行妨害、傷害、放火、殺人、そして器物損壊罪を犯した、自称なんの罪もない幼女が、珍しく常識的な意見を口にする。
「理由はお前の力だ……この勇者がいる時代に、あんなデタラメな力を持ったヤツがファリスを率いることになったら……そう考えると、怖ろしくなったんだ」
そこまで言って、リンは「すまない」と幼女に頭を下げた。
「愚か者め、私が獣人達と暮らしている意味を考えなかったのか?」
「あの聖女とお前が話しているところを見たのが決め手になった……それで、こんなチャンスはもう無いと、シンエモンが――」
「ちょっと待て!」
リンの話にあらわれた単語に、幼女が素早く反応する。
「え? なに? その、悪かったと思ってるよ、身勝手なのは分かってるんだ」
「いや、そうじゃなくて、シンエモンて……なんだ?」
「ああ、それはアレの……名前だ」
リンが目線で、カナリアの足元の死体を示す。
「お前の兄だったか……」
「いや、実は従兄妹だ」
リンが今さら、小さな嘘を告白する。
「シンエモンか……」
「シンエモンだ」
「荒倉……新倉……新右衛門さん。ああ、こいつはきっと面倒くさい話だ」
幼女は倒れこみ、うめき声をあげた。
今回、思った以上に話が進みませんでした。
この絡みは一話で終わらせるつもりだったのですが、無駄な文が多かったのかもしれません。
気が向いたら修正するかもしれません。
では、ありがとうございました。




