第37話 招かれざる者《暗殺者》
ご無沙汰しております。
GWを利用して、なんとか更新できました。
連休中にもう一話くらいはいけるんじゃないかと思います。
では、今回も読んでくださるであろう、あなたに感謝を……
ありがとうございます。
シャロンの姿が見えなくなったのを確認して、幼女は広場の獣人達へと視線を移す。
日が沈み、辺りは随分と暗くなってきたが、篝火のたかれた広場は思いのほか明るく、ステージの上から「ハルート様がもどるまでは飲むな!」と大声で怒鳴っているサラの姿をはっきりと見ることができた。
さすがにもう限界だろう……
騒ぐのが大好きな連中が、もてなし役に徹してきたのだ。幼女は酒樽を担いできた若い獣人を呼び止めると「あとで合流するから、先に始めておけ」と一言告げ、足早に広場を後にした。
「私もお酒飲みたい……」
ぼやくように呟く幼女の視線の先には小さな廃屋が見える。その廃屋へと続く道には何かを引きずったような跡が残り、それは入り口まで続いている。
「さて、どこのネズミかな」
幼女はニヤリと口の端に笑みを浮かべると、荒れ家の扉を小さなおててでノックした。
「ヤマ……」
幼女のノックに応えて、扉の向こうから若い女の声が返ってくる。
「カワユタカ」
その声に対して、幼女がおっさん臭い合言葉を答える。
優れた五感を持つ獣人達や、エスパーじみた感覚を持つ幼女にはまったく必要のない段取りなのだが、雰囲気を重視する幼女にとっては、これも大事な儀式なのだ。
「合言葉を確認しました。少々お待ちください……」
囁くような女の声と共に、ゆっくりと扉が開く。
開いた扉の奥からは、鉄サビのような匂いが漂ってくる。
「やあ、ハルートちゃんだよ!」
子供らしい可愛く元気な声をあげて、幼女は血生臭い闇の中へと足を踏み入れた。
廃屋の中には、幼女も含めて四人の男女の姿がある。女が三人に男が一人、その言葉だけならば”羨ましきハーレム空間”とも思えるのだが、残念なことに唯一の男性である彼は、すでに物言わぬ屍である。
「ご苦労さん、カナリア」
幼女は目の前の獣人の娘に労いの言葉をかけると、床に横たわる二人の人間に目をやる。
服装だけをみれば素朴な村の若夫婦にも見えるが、シャロンと話をしていた時に向けられた殺気、それがこの二人から発せられたのは間違いない。
「しかし、よく気付いたな」
ネズミに対する対応は予め指示していたが、それにしても良い動きだった。
「おじいちゃんから言われたのです。あの連中から絶対に目を離すなって」
そう答える少女の頭には、黒猫のような獣耳が生えている。
「なるほど、助かったよ」
もしカナリアが動かなければ、私が対応するしかなかった。捕らえるのは容易いが、それをシャロンの前でやるのはあまりよろしくない。可能性は低いが、この二人が教会の人間ということもあり得るのだから。
「ハルート様、イケドリが望ましいって言ってたでしょう。だからトドメは刺さなかったの、ちゃんと死なないようにしたんですよ」
カナリアが胸を張って、人間の男だったモノを指さす。
「……死んでるけど」
血だまりの中に転がる男はピクリとも動かない。念のために股間を踏んづけてみるが、なんの反応もない。インポテンツでもないのなら、やはり死んでいるのだろう。
「あれ? おかしいな? でも、女はまだ息してるよ。ほらビクビクって動いてる。これは言いつけ通りイケドリに出来たということです。すごいでしょう」
カナリアは尻尾を振りながら、エヘヘと笑っている。
「ウン、スゴイネ」
確かに生きてはいるが、この様子では長く持ちそうもない。見事に急所をやられてるし、生きているのが不思議なくらいだ。何より、会話ができる状態じゃない。
まったく、心臓が動いてればいいってわけじゃないんだぞ、カナリアちゃんよ。
「まあ、治せばいいんだけどね……」
幼女は倒れている女に手をかざし、その傷を癒す。口さえ利ければいいのだから、完全に治す必要もない。
しかし、向いてないな……自分の仕事に満足そうに微笑んでいるカナリアを見て、幼女は思う。
これでもカナリアは適性がある方なのだ。感情を抑制することはできるし、尾行や暗殺の技術はかなり高い。ただ、性格があまりにも無邪気すぎる。そして、困ったことにその性質は獣人全体の特徴ともいえるのだ。
例外はあのクソ爺だけか……
やはり、クローナ諜報部隊の設立は難しいか、などと幼女が考えているうちに、倒れていた女が小さな呻き声をあげて、意識を取り戻す。
「やあ、お嬢さん、おはヨーグルト……お体の具合はどないですか?」
目を開けた女に向かって幼女は二コリと微笑み、優しく言葉をかける。
女は眼前の幼女の姿に一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに平静を取り戻しゆっくりと口を開く。
「聖女様、私は一体……」
「ククク、この状況でその大根芝居には付き合えんよ。そこに転がってる死体……見えないか?」
幼女は男の死体を指さしニヤリと笑う。
「貴様……」
女は幼女を睨みつけ、右手を背中側にさりげなくまわす。
「やめておけ……毒も刃物も私には通じない。お前たち二人を倒したヤツが、護衛もせずに後ろでボーとしているだろう。つまりは、そういうことだ」
幼女はちょっと格好つけた言い回しをすると、後ろを振り向きカナリアを瞥見する。
その振り向いた先で……カナリアは口をモグモグさせていた。
「……え?」
ひょっとしてアイツ、この状況でなんか食ってるの?
足元に死体転がってるし、今もけっこう真面目な話してるんだけど……ちがうよね。
「カナリア? なんか食べてる?」
「……いえ、モグモグ、食べて…モグ…んよ、モグート様……モグモグ」
こいつ……誰がモグートだ!
「おいカナリア! お前アレだな! ジジイそっくりだよな! ホント似てるよ、マジクリソツ!」
「なっ! 似てませんよ! 耳とか全然ちがうし、尻尾だって――」
「中身が同じなんだよ! 中身が! さすが孫だな!」
「ハルート様、ひどい……モグモグ」
酷いのはどっちだよ……幼女は跪き、天を仰いだ。
「くそ、余計に酒が飲みたくなってきた」
質の悪いアル中のような言葉を呟くと、幼女は壁際に座り込んでいる女の方へと向き直る。
カナリアとのやり取りの間、所在なげにキョロキョロとしていた女は、今は何かを探るような目で幼女を見つめている。
「おいネズミ、貴様はどこからきたんだ。カロッツァか、レナードか、それとも教会か、はやく言えよ、ぶっ殺すぞ」
そんな女に向かって、イライラ系幼女がオラオラ系チンピラのような口調で詰め寄る。
「……えは……なのか?」
「あ? 聞こえないんだけど?」
「お前は本当に聖女なのかと聞いているんだ」
「またそれか……いいか死にぞこない、よく聞け。治癒の力なんてのはな、別に聖者の……いや、ファルティナの特権という訳じゃないんだ。大体な、私がいつ自分を聖女だと名乗った。適当なこと言ってるとサツガイするぞ」
「だが、お前はファリスの……」
「ファリス? 貴様、教会の人間なのか?」
「ふざけるな……!」
「貴様……本当に何者だ?」
コイツは何かおかしい……幼女は目の前の女に対して違和感を覚えていた。
正直なところ、あの状況で自分を狙うのはカロッツァ以外にはないだろうと幼女は考えていた。ファリスならば、シャロンがいたあのタイミングは避けるはずだし、レナードが自分をそこまで危険視しているとは思えない。
だが、それにしてはどうにも会話がかみ合わない。この女からは、カロッツァの気配がまるで感じられないのだ。
それにさっきの反応、あれは、否定というよりもむしろ……
「私は教会の人間ではない。それだけは言っておく」
「暗殺者が、自分の立場や思想を推測させるような発言をするのか? それに、関係者ではないという割に、聖女や教会に特別なこだわりがあるように見えるが……なにかあったのか?」
「黙れ、その言葉自体が正体を隠すためのブラフかもしれないだろう。大体お前こそ何者だ。見た目は小娘だが、言動も行動もまるで子供らしくないではないか、その幼児の体の中身には、一体何が入っているんだ。この化け物め」
「クク、急にお喋りになったな、大丈夫か? あまりしゃべり過ぎると正体が透け――」
「ねえハルート様、この人、アラクラの民なんじゃないの?」
幼女の言葉を遮って、カナリアが言葉を発する。
その瞬間――幼女は女の顔を両手で掴むと、自分の顔の数センチ手前まで一気に引き寄せた。
そして、幼女の青眼が女の両目をジッと覗き込む……。
「はな……せ」
女が震える声で呻く。
「そうか、アラクラか……」
「なにを言って――」
「無駄だよ、もう確信してるから……」
女の反論を幼女の冷たい声がさえぎる。
「それと、自害なんてするなよ。舌を噛み切ろうが、毒をあおろうが、すぐに治すからな」
幼女はニヤリと笑い、女の耳元で囁く。
「うああ……ああ」
幼女が告げた絶望の言葉の前に、女は倒れ伏し涙を流した。
読んでくれた皆さんが、良い連休を過ごすことができるよう祈っています。
では、ありがとうございました。




